12 添い寝

 ネリク特製のきのこスープとパンをしっかりと堪能すると、改めてネリクに向き直った。


「ネリク、昨日は助けてくれてありがとう」


 深々と頭を下げると、ネリクはほわりと笑って「ん」とだけ答える。あ、エクボもできてる! かわ……っ。


 ネリクの赤い目は魔物と同じ色をしているけど、問答無用で襲ってくる魔物とは違うみたいだ。耳と目以外は、ちょっと牙は尖っているけど、人間と変わらない。


「ネリクはひとりでここに住んでいるの?」

「ん」


 頷く度に、癖っ毛がぴょこんと跳ねる。もう当然のように可愛い。男の人に可愛いなんて思ったことがなかったから何だか新鮮だけど、アルベルト様のようにキラキラでもマルコのようにビシッとしている訳でもないので、これは紛うことなき可愛さだ。うん。


「……ネリクは人間?」


 ネリクは首を横に振ると、「魔人」と答えた。魔人って何だろう。聞いたことがない。


 それにしても、会話が進まない。訊きたいことは山のようにあるのに、ネリクがあまりにも片言過ぎてどうしたものやら。


 すると、ネリクがズイ、と食卓に身を乗り出してきた。


「ルチアのこと、教えない……」

「え?」


 ネリクは慌てて首を押さえると、頭をブルブルと横に振って一字一句ゆっくりと発音していく。


「ルチアのこと、お……教えて……っ」


 あれ? ちゃんと喋れるじゃない。と思っていたら、ネリクの自分の首を掴んでいる手が、ブルブルと震え始めた。えっ。


「ちょ、ちょっとどうしたの?」


 慌てて顔を覗き込むと、ネリクは「ちょっと待って」とでもいうように手を広げてみせる。はあー、はあー、と肩で息をした後、「……ふうー」と力の抜けた息を吐いた。


「……大丈夫?」

「ん」


 本当かなあと思ったけど、ネリクが訊きたそうな顔をするので、起きたことを説明することにした。



 聖女であることを魔人という謎の存在に話したらやばいかな、とは一瞬考えた。


 魔物を浄化したのも、魔人と魔物の関係性は分からないけど、あまり嬉しくない可能性もある。


 いくら国境近くの人が住んでいると思われてない場所に住んでいるからといって、偽聖女云々の話を知ったら拙いかも。


 そんなことを考えながら恐る恐る説明していったけど、私の心配は杞憂に終わった。ネリクは目をまん丸くして聞いているだけだったのだ。

 

「――ということで血だらけになっていたって訳よ。分かってくれた?」

「ん」

「だから、迷惑でしょうけど体調が戻るまでここに置いてくれると助かる。いいかしら?」

「ん!」


 頭を上下にブンブン振ってくれたので、ホッとした。「じゃあこれで」と追い出されたら、今の私の聖力では魔物は退治できない。多分一瞬で殺される。折角助かった命だから、簡単に手放したくなかった。


 ネリクは少し考えてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出していく。


「ルチアの顔色」と言いながら首を横に振った。顔色が悪いってことを言いたいらしい。


「お腹」と言ってポンポンとお腹を叩く。


「お腹一杯になったってこと?」

「ん」


 今度は目を瞑って寝ている仕草をしてみせた。身振り手振りが一所懸命なのが、可愛い。もう可愛いしか出てこないよこの人。


「あ、お腹一杯になったし寝てろってこと?」

「ん。ルチアは昨日」


 ネリクは自分で自分を抱き締めると、震える仕草をする。あ、寒がってたってことかな?


「そうそう、昨日は本当に死ぬかと思ったわよ。人間、死にかけると寒くなるのね」


 と、ネリクが急に立ち上がった。私の横にやってくると、突然私を横抱きにして持ち上げる。


「えっ! ちょ、ちょっとネリク!」

「ルチアは温めない」

「はっ!? え、いやちょっと意味が分から……っ」


 は? え? と混乱する私をネリクは軽々と寝台に連れて行ってしまった。先程まで私が寝ていた場所に降ろすと、驚いて何も言えないでいる私の肩まで布団を上げる。


 ネリクはひとりが長いのかな。魔人なんて存在は聞いたことがないから、人間の社会に入れずずっとここでひとりで暮らしていたとしたら、うまく喋られないのも理解できる。


 ……その割には服とか調理道具とかがちゃんとした物なんだけど。使い方も分かってるみたいだし、うーん?


 すると、ギシ、と寝台が軋んだ音を立てた。ん?


 振り返ると、何故かネリクがいそいそと私の隣に寝そべろうとしているじゃないか。


 突然、心臓がドドドドドッ! と超高速で高鳴り始めた。えっ! ネリクちょっと待って! 私たちはまだ昨日出会ったばかりで――!


「あ、あのおっ!?」


 裏返った声を出すと、ネリクがにっこりと笑って答える。


「ルチアと一緒に寝ない」

「あ、で、ですよね」


 驚いた。じゃあこれなにしてるんだろうと思っている間に、腕が伸びてきて私の腰を引き寄せてしまった。え? 一緒に寝ないと言った口でこれはどういうことかな?


「ルチアは温めない」

「え、いや、あの、ネリク……?」


 背中からぴったりと抱き締められるこの感覚。あ、昨日私を温めてくれたのは間違いなくネリクだ、とすぐに分かった。やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。


 それにしても、さっきから言っていることと行動が伴ってない。


「ルチアは寝かさない」

「ひえっ!?」


 そ、そんな! 一体何をするつもりなの!?


 とネリクの腕の中で固まっていた私だったけど。


「……すー」


 しばらくして聞こえてきたネリクの非常に気持ちよさそうな寝息を聞いて、思わず脱力してしまった。


「な、なんなの、この人……」


 私のドキドキを返せ。


 どんな顔をして寝てるのか見てやろうと思ったけど、寝てしまったネリクの腕が重くて振り返れない。


「……うう……っ」


 でも考えてみれば、ネリクは私を拾った後、夜中まで私の面倒を見ていた筈だ。寝不足にさせてしまったのは私だし、まあ……何故か全然嫌じゃないし、それに襲われないのも昨日で証明済だから、ここは私が大人になって寝かせてあげるか――。


 なんてちょっぴり上から目線なことを考えてぎりぎり心の平穏を保つことにした私は、仕方なく目を閉じる。


 それでも身体は正直で、まだ全く本調子でなかった私は、しばらくしてネリクの温かい体温によって眠りへといざなわれていったのだった。

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