10 目が覚めるとそこは
瞼の向こうは真っ暗だ。自分が目を開けているかどうかすら分からない、漆黒の闇。
――寒い。
聖力切れを起こすと、何故か底冷えする。あれと似た感じだけど、死ぬと冷たいって聞いたから、私は今死んでいってる最中なのかもしれない。
……あれ。
温かくなってきたかも。
私、魂だけになったのかな。だからもう寒くないのかな。
「駄目だ……お前はもう駄目だ」
……なんか不吉な言葉が聞こえるんだけど。あれ、これってさっきの魔物の声かな。低い男の人の声。何故か聞いていると安心する。
「怖がれ、凍えさせてやる」
温かい大きなものに、身体が包まれる。ぎゅっとされてる……訳はないから、さっきの魔物のお腹の中かな。
「お前は絶対殺してやる、だから絶望しろ」
ええ……。
でも、ぽかぽかしてきたら段々と身体の震えが収まってきたかもしれない。
「お前は悪い子だ、絶対生きちゃ駄目だぞ」
まるで呪詛のような言葉なのに、頭を撫でられているから不思議な感じだ。
「悪い子だ……」
耳元で優しく囁かれる。
困惑の中、私の意識は再び沈んでいった。
◇
ハッと瞼を開く。
途端、目に飛び込んできた眩い日光に視力を奪われた。
暫く瞬きを繰り返す。段々と目が慣れてくると、自分がどこにいるか見えてきた。
丸太が積み上げられた壁。開け放たれた窓の先には、日光に煌めく木々。
窓から入ってくる爽やかな香りの風が、前髪をふわりと揺らす。
――なに、この快適空間。
格子がはめられた窓がある部屋で二年半もの間暮らしてきたから、格子がない窓には違和感しかなかった。
どうも私は、誰かの家の寝台に横向きに寝かされているらしい。触り心地のいい布団が掛けられていて、頭を乗せている枕からも、何かの花の香りか、柔らかくて少し甘い香りがして物凄くいい。
しかも、なにやら美味しそうな匂いも漂ってきている。
ぐうう、とお腹が鳴った。
そこでようやく気付く。
「あれ? もしかして私……生きてる?」
最後の記憶は、赤い目の二本足の男に「殺されたいか」と聞かれたことだった。魔物に食べられて痛い思いをするくらいならいっそ殺せ、と思って「殺して」と答えた筈だったけど……どうして生きてるんだろう?
気を失った後に、誰かが来て助けてくれたのかな?
頭を動かすと、ちゃんと動く。次に手足を動かすと、重いけど動いた。痛む箇所もない。
頬に手を当てると、左頬に布が当てられている。上から押さえるとちょっと痛くて、あ、昨日気絶する寸前に顔をぶつけたやつだ、と思い出した。
誰かが手当てをしてくれたんだ。
――人がいるんだ!
嬉しくなって起き上がると、肩から身体に巻き付いていた布がふぁさりと落ちた。……え? 裸なんだけど。
窓の近くのカゴの中に、血だらけの私の服と血を拭き取ったと思われる手ぬぐいらしき物が置かれている。うん、私血だらけだった。そりゃ全身すごいことになってたよね。
血だらけのまま寝台に寝かせたくなかったんだろう。つまり……誰かが、私の血まみれの服を脱がして、拭いてくれたと。
……誰が?
すると背後で、「あ」という声がした。
ギギギ、と音がしそうな速度でゆっくりと顔を向ける。今の声、聞き覚えある。というか、男の声に聞こえたんだけど。
振り返ると、部屋の入り口に立って私を見て頬を赤く染めていたのは。
茶色い獣の耳が人間の耳がある部分から生えている、赤い目をした黒髪の若い男だった。……魔物? え? なにこの人。
ちょっと垂れ目でまつ毛が可愛い。だけど男らしい顎はしっかりしていて、え、格好いいかも。好み。
緩く癖がついた黒髪は胸あたりまで伸びてあっちこっちに跳ねているのが、柔らかな雰囲気を醸し出していた。
「え? え?」
男の口元が、緩んでいく。ハッとすると、慌てた様子で口元を引き締めた。
魔物にしては、やけに人間くさい。チラチラと私を見ている。あ、口を手で押さえた。でもチラ見したままだ。一体何を見て――。
目線を追うと、素っ裸の私の胸が剥き出しになっているのが見えた。
そろーっと、男を見る。男は顔を真っ赤にしながら、にへら、と笑った後小さく手を振った。
「……ぎゃああああっ!」
人生で初めて異性に裸を見られた瞬間だった。
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