9 聖力枯渇
崖を登ってくる魔物に狙いを定めて、聖力が込められた光の矢を放つ。
闇に浮かび上がる魔物の赤い目のお陰で、狙いやすかった。
「キャンッ」
犬っぽい鳴き声に罪悪感を覚える。でも、私だってこんな所で魔物の餌にはなりたくない。
「ごめん、恨むならマルコを恨んで!」
ハダニエル王国の護衛騎士マルコよ! とここぞとばかりにマルコの名前を連呼しながら魔物を退治していたら、若干だけど恨みが晴れた気がした。若干だけど。
もしも次に会ったら条件反射的に光の矢をマルコに向けて放ちそうなくらいには、ちっとも許してないけど。
朝まで寝られないのは正直きつい。でも、背に腹は代えられない。朝が来て魔物がいなくなったら、一度降りて崖上まで上がれる場所を探してみよう。
聖力の矢を次々に放ちながら、まだ余裕を保ってそんなことを考えていた。
だけど。
「キョエエエエッ!」という奇声と共に上空から目の赤い
「きゃっ!」
咄嗟に矢先を大鴉に向けて放つ。「ガアアッ!」と濁った叫び声を上げながら、大鴉は空中で黒い霧となって文字通り霧散していった。
――やっぱり魔物は瘴気からできているんだ。目の当たりにして、ようやく実感が湧いてくる。少しだけ、殺生をしている罪悪感が薄れた。
だけど、そもそも瘴気って何なんだろう。どうしてなくなることがなくて、祈っても祈っても湧いてくるんだろう。
私の人生は、瘴気の大量発生によって狂ってしまった。だからこそ、その理由を知りたかった。
なのに、神官の誰も、瘴気の正体を知らなかったのだ。だから根本から撲滅ができなくて、発生したら都度対処するしか方法がなかった。
これまで一体、何人が私みたいに拉致の上軟禁されて、聖力を搾取されたんだろう。
たまたま聖力を持って生まれたっていうだけの、ただの人間なのに。
「キョエエエエッ!」
「まだくるのっ!」
星空に、大鴉の翼が複数舞い始める。大鴉に向けて矢を放ち続けていると、今度は崖下から仲間の背中を踏み越えて登ってきた狼が飛びかかってきた。
咄嗟に横に避ける。だけど崖に激突して跳ね返った狼の巨体が私に当たり、足を踏み外してしまった。
「きゃっ!」
狼と一緒に身体が宙に投げ出される。不快な浮遊感の直後、あろうことか狼の群の真上に落ちてしまった。
「ぎゃんっ!」
幸いも、狼の身体が追突の衝撃を和らげてくれる。
下敷きとなった数匹の狼たちと一緒に、地面に投げ出された。ゴロゴロと固い岩場を転がっていく。
「ガウウウッ!」
「うわっ!」
転がった勢いで立ち上がった直後、四方八方から狼が襲いかかってきた!
「きゃああっ!」
咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込む。半ば無意識に、聖力で私の周りに結界を張った。
白く輝く障壁が一瞬で私を包み込み、狼たちの猛攻を何とか防ぐ。
狼たちはガウガウッ! と歯を剥きながら、絶え間なく私に襲いかかる。
牙や爪が障壁に当たる度、キン! キン! と甲高い音を立てながら、光の粒子が撒き散らされた。
「や、やめて!」
当然だけど、魔物は私に襲いかかるのをやめてはくれない。
恐怖に身が竦んだ。攻撃できるだけの気力がなくなってしまい、ただひたすらに猛攻に耐えるだけ。
なんでこんなに敵意を向けられなくちゃいけないのか。
混乱で叫びそうになりながら考えて、すぐに私が彼らを滅することのできる存在だからだと気付いた。
私は瘴気の存在を感じ取れる。だったら反対に、彼らも私の聖力を感じ取れるんじゃないか。――相反する存在として。
「いや……、誰か助けて……!」
誰も助けてなんかくれない。分かり切ったことなのに、叫ばずにはいられなかった。
障壁が、魔物の攻撃で少しずつ薄くなっていく。
「いやだ、死にたくないっ! やだ、お父さん、お母さん!」
まだ恋だってしてないのに。私もいつかお母さんみたいな優しいお母さんになるんだって、聖女なんて辞めて幸せな家庭を築くんだって、ずっと頑張ってきたのに。
このままじゃ、聖力が切れて魔物に食べられる――。
「……やだあっ! まだ死にたくない!」
怖くて、でも逃げられなくて。
腹の底から叫ぶと同時に、聖力が爆発する!
闇夜が、太陽光よりも眩い白一色に染められた。
キャウンッという小さな声が、あちらこちらから聞こえる。恐怖のあまり無計画に発した聖力が、周囲にいた魔物を片っ端から浄化していっていた。
「あ……あ、あ……っ」
でも、このままじゃ拙い。私の中の聖力がぐんぐん失われているのに、もうどう止めたらいいのか分からない!
まだ夜は長いのに、聖力が切れたら、立っていられなくなるのに。
そうしたら、今度こそ私の人生は終わる。
「やだよう……っ! 魔物に食べられて死ぬのなんてやだあっ!」
お願いだから、光よ引いて。
泣き叫びたいのを必死で抑え込むと、深呼吸を始めた。
少しずつ心が落ち着いてくると同時に、光度が下がっていく。
身体から放出されていた光がようやく止まった。
ガクガク震える身体を自分で抱き締めながら、周囲を確認する。
「い、いなくなってる……」
魔物の姿は、消えていた。私が全部、浄化したんだ。
「い、今の内にさっきの所に……っ」
落ちる前にいた場所。あそこなら、多分朝まで過ごせる。
でも、腰が抜けたのか、足が言うことを聞かない。必死で腕で崖に向かって這いずっていった。
と、視界がぐるりと回る。
あれ、と思った時には、岩場に倒れ込んでいた。
ガツンと地面に頬をぶつける。痛いのに身体が動かない。
「あ……うそ……」
急激に視界がぼやけていった。見に覚えのありすぎるこの感覚は、聖力切れだ。
――すると。
森の方から、こちらに近付いてくる足音がある。
こんな所で死ぬの……? 食べられるのって、痛いんだろうなあ……。
足音が、目の前まで来た。……すぐに噛みつかないのかな。
ぐらぐらと揺れ動いて見えにくい視界の先に、薄らぼんやりと二本の足が見える。……二本?
私の前にしゃがみ込む音。ぼやけた顔に見えるのは、赤く発光した一対の瞳だ。
――やっぱり魔物だ。
と、低い声が尋ねてきた。
「……お前」
喋ってる。喋られる魔物もいるんだ。知らなかったなあ――。
「殺されたいか?」
なんてことを聞くんだ。酷いけど、私は聖女だから憎いんだろうなあ。
「……して……」
「……なんだ?」
だってもう、動けない。だったらせめて――。
「殺して……」
一瞬で殺して。
喋る魔物がハッと息を呑む音が聞こえたと同時に、私は意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます