第2話 スローライフ?

 僕は多くの人類を殺した。

 戦闘力は圧倒的に僕の方が上だった。一方的な殺害、虐殺と言っても良いだろう。


 人類は僕のことを恨むに違いない。


 僕はこのとき、気がついた。

 これで僕は完全に人類の敵となったのだと。



 人類の敵。



 そう認識したとき、僕は恐怖した。

 何億人と存在するであろう人類、その全てから敵意を向けられるということに。

 これから先、それが永遠と続くであろうということに。


 僕は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。


 これから先ずっと全人類からの敵意を受け続け、怯えながら生きていかなければならないのか。

 そんなことに僕は耐えられるのか。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 一体、何が悪かったのか。


 相談する相手は誰もいない。

 僕は一人で考える。


 しばらくして僕は思う。


 ――そうだ、僕は人類と仲良くなろうと頑張ったんだ。


 悪いのは人類、僕が悪いわけではない。

 あのときの僕は、イカ焼きを美味しく頬張り、レモンサワーが欲しいと思っていただけだ。


 僕は何も悪くない。


 悪いのは僕を排除しようとした人類だ。

 僕を殺そうと向かってきた人類だ。


 それなのに一体なんだ?

 これから僕が怯えて生きていく?


 そんなのはおかしいだろう。


 怯えるのは僕ではない。

 人類の方だ。

 人類こそ僕に怯えて生きれば良い。


 僕は何かのリミッターが外れた気がした。

 巨大生物の本能に飲み込まれた瞬間かもしれない。


 これからはこの巨大生物が持つ本能のままに行動する。

 それもまた一興だろう。


 そう思ったとき、僕は身体の内から発生する新たな力を感じた。


 無限とも思える圧倒的な力。

 人間のときには感じたことのない全てを支配できそうな力だ。


 これこそが、この巨大生物が秘めている本当の力なのだろう。

 人間だった僕が無意識のうちに押さえ込んでいたのかもしれない。


 新たに感じる巨大生物が秘めていた無敵の力。


 この力があれば僕を敵視する人類など簡単に殲滅できる。

 僕が怯える理由は何もない。


 僕こそが生態系の頂点。


 僕は楽しくなってきた。

 僕が人類の敵だって?


 上等だ。


 僕は僕に歯向かう敵を殲滅する。



 ◇◇◇



 僕はさっそく多くの人々が住む大陸へと向かった。

 目的地はいつも挨拶をしていた海岸だ。


 その海岸のすぐ近くには都市がある。

 僕が近寄ればすぐさま攻撃を仕掛けてくることだろう。


 僕が浅瀬へ到達したところを人類が発見する。


 ドガァァ! ドガァァ!


 思った通りだ。

 いつものように僕にむけて砲撃が始まった。


 今までの僕は攻撃されても『ゴッゴグアァァァン(こんにちは)』と挨拶をして、愛想良く尻尾振っていた。

 しかし今日は違う。


 今の僕は人類の敵で、人類は僕の敵。


 僕は人類を殲滅したいという巨大生物の本能ままに上陸し、多くの人々が住まう都市へと向かう。


 今までは砲撃によって逃げ帰っていた僕。

 たが、今日の僕は砲撃を受けても前進を止めない。

 今までと様子の違う僕を見て、人々が驚き逃げ惑う。


 そう、これだ。


 僕が逃げたり怯えたりする必要はない。

 人類こそが怯えて逃げるのだ。


 今まで何も反撃をしない僕を見て、舐めていたのだろう。

 僕はパニックに陥り逃げ惑う人々を見て愉悦する。


 僕は気の向くままに都市を破壊した。

 いや、途中からは破壊をしている気すらなくなっていた。


 今の僕にとっては、ただの楽しいピクニック。

 ただし僕が通ったあと、そこには大量の瓦礫の山ができ、無数の人々が死んでいる。それだけだ。


 ここで僕は尻尾から火球を発射してみた。

 最大限に力を溜めて発射した尻尾からの火球。


 火球の着弾点には大きなキノコ雲が発生した。

 その威力は半径数キロメートルに渡り、辺り一面を真っ黒に焼き尽くしていた。


 そうして僕は抑えられない衝動のまま、ひとつの都市を壊滅させた。



 ◇◇◇



 僕は人類から逃げることも隠れることもしなかった。


 楽しいピクニックのあとも暗く深い海の底に戻ることはせず、日差しが眩しい陸上でのんびりと寝転がり昼寝をする。

 ポカポカ陽気が気持ち良い。


 これこそが巨大生物のスローライフだ。


 もう少し休憩したら次の都市へ移動しよう。

 次はどんな都市が待っているのかな。


 巨大生物の本能のままにスローライフを満喫する僕。そんな僕は常に人類から攻撃されている。

 いつだったか、ぼんやりとしていたときに高高度から落とされた大型貫通爆弾は、けっこう痛くて目が覚めた。

 目覚めの悪かったそのときの僕は怒り狂って、いつもより念入りに付近の都市を壊滅させた。



 ◇◇◇



 僕はライフワークのように見知らぬ土地を散策しては、目についた全てを破壊する。一期一会の旅だ。


 そんな僕だが、ぼんやりとしてしまう時間が増えてきた。

 どうやら僕は、ときどき意識を失っているようだ。

 気がついたら都市を半壊させていたこともある。


 僕はひとつの大陸を荒廃させ、そこから海を渡り、別の大陸を彷徨っていた。

 もういくつの都市を壊滅させたのかも分からない。

 どれほどの人類を殺戮したのかも分からない。


 その頃、僕は人間だった僕の意識が急激に薄れていくのを感じていた。

 それでも僕は都市を壊滅させ、人類を殺戮し続けた。


 気がつけば、すでに人類からの攻撃はなくなっていた。

 人類はもう敵ではない。


 まさに平和。

 穏やかに人類を殺戮する日々。


 そうしてどれほどの月日が経ったのだろう。


 僕は意識のない時間の方が多くなっていた。

 最後にイカ焼きを頬張った日がいつだったかを思い出せない。

 僕を怖がらずに近寄ってきた可愛いモフモフたちに会った日を思い出せない。

 視界が真っ白になっていく。


 最期のときを僕は感じた。

 薄れゆく意識の中で、僕は思う。


 この巨大生物の本能とは何なのか。


 ここで人間だった僕の意識は完全に途絶えるだろう。


 巨大生物としてのスローライフ。

 人間だった僕の意識がなくなっても、僕という巨大生物は、のんびりと人類を殺戮し続けていくのだろうか。







 ◇◇◇


 残り付録一話がありますが、本編はこれで完結となります。

 お読み頂き誠にありがとうございました。

 読者選考のあるコンテストに応募しておりますので、星評価など応援して頂けると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る