第4話「ギブアップ」
――これは詰んだ。
頭を抱え、思い知る。YouTubeでも解決できないことがあるのだと。
大丈夫そうな気がするかと思いきや、あるところで止まる。そしてそこから抜け出せずにいる。
「んー! 編み物むずい!」
部屋で情けない独り言が出る。
元々私があまり器用ではないというのもあるが、本の言う通りに編むってのが難しい。自分がつまづいているところをクリアしている動画はないかと探してみたものの、ある程度はそれでなんとかなったが、今ぶつかっているところはどんなに探してもなかった。
――壁は初心者レベルのつまづき。クリアできないと話にならないやつ……。
だったらなんとかしてみせると頑張るものの眠気に押し負け、まだ時間があったにも関わらずその日の夜はあっという間に終わった。
翌日。旦那を見送った後の午前は家事に集中。午後はちょっと気分転換しに街の本屋へ。本屋の空間と空気を堪能し、帰りはオープンしたばかりの喫茶店を発見したので入店。落ち着いた店内でハーブティーをお供にリラックスタイムを満喫しまくった。
――そろそろ帰るか。
そう思ったところで旦那からライン。何かと思えば今夜はお酒飲むからお魚がいいと言われた。仕方ないなぁと今晩のおかずである肉じゃがにお魚を追加して豪勢にしてやろうと帰り道にあるスーパーへ立ち寄る。
――お刺身じゃなくて煮魚にしてやるか。
そして煮魚のターゲットはカレイにするかと決めたところで「佐藤さん」と背後から声をかけられる。
「こんにちは」とこちらへ微笑むのはご近所さんCこと竹下優枝さん。
「あ、こんにちはです」
私と同じく夕飯の材料を買いに来ていたようだ。
毛先がふわっとカールした長い髪。穏やかで物静か。私の脳内でおっとり系と勝手に読んでいる彼女は私より二つ年下だが背が高くお姉さん的な見た目のせいか年上に見えてしまう。
彼女は最近ご近所さんになった人だ。地元は私の住んでいる町なんだけど結婚を機に隣町へ移住したのが数年前。そして離婚をきっかけに去年から近所にある彼女のご両親の実家へ戻って来た。
「聞きましたよ。編み物始めたって」
「美里香ちゃんから聞いたでしょー?」
「当たりです」と微笑む竹下さん。こちらに戻ってきてからは波長が合ったらしく美里香ちゃんと立ち話をしている姿をよく目撃する。
「本を買ったことも聞きました。私も編み物やっているのでお仲間ができて嬉しいです」
「え? 竹下さん編み物やってたんですか? 知らなかった」
「周囲にあまり話したことないから。知ってるのは美里香ちゃんと樋ノ内さんぐらいなんですよ」
「そうなんですね。そして続けられてるのがすごいです。残念ながら私センスないみたいで全然進まなくて」
「私も始めたときはそうでしたよ。初心者でもできることが全然できなくて長いこと手が止まっちゃったこと何度もありました」
「丁度今の私がそれです。竹下さんって編み物歴何年なんですか?」
「始めたのが一年ちょっと前です。手袋からスタートしたんですけど、失敗に終わっちゃいました」
「もしかしてミトンタイプ?」
「ええ。失敗してやめて、再挑戦して次はなんとか完成までいけました。そこから編み物が楽しくなって今では定期的にやるようになりました」
「つまづいたところって、竹下さんはどうやって切り抜けました?」
「偶々教えるのが上手な先生と知り合ったおかげでなんとかなったんです。やっぱり直接指導してもらった方がいいんだなーってそのとき思い知りました」
また出た。教えるのが上手な先生。
そして今では一人で最初から最後までできるようになって、多少は教えられるようになったと……美里香ちゃんと同じ。
「あの。その先生ってもしかして樋ノ内さんだったり?」
「いえ、別の方です」
別? 誰だろう?
美里香ちゃんでもないとなると樋ノ内さんが言ってた人かな?
でも大分前の話って言ってた。樋ノ内さんが若い頃の話の先生だとしたらもう世にいない可能性が……。
「ご近所さんですか?」
「はい」
竹下さんはそう答えるだけだった。
その人の名前もどこに住んでるのとかそういう情報は教えてくれない。
と、思いきや「良かったら紹介しますよ」と言われる。
――なんか、一瞬変な空気だった。
竹下さんからその先生の名前を出そうとしない空気を感じたかと思いきや、急にサッと紹介してくれると言われる。
――でも、私の知らない人か。
だったらいいかと断ることに。どちらかといえば知り合いの方がいい。あともう少し頑張ってみてそれでダメならご近所さんの誰かにお願いしよう。幸いなことに経験者のご近所さんが三人もいるのだし。
それを伝え彼女とは別れた。
そしてこの日は旦那が寝た後に再トライ――してみたが、やはり進まずに寝落ちで終わる。
その次もその次の日も同じような結果。
ようやくクリアできたと思ったら、また壁にぶつかり手は止まる。そしてまた寝落ち。
そんな進捗具合でやっていき、早くも一か月が経ってしまった。
そうしてその一か月目の夜だった。先生がやってきたのは。
旦那が出張で、家に私一人だけのときに突然と。
その日は、平年より5日早い初雪が降った日だった。
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