第160話 肉体言語で
「お通しでございます」
既に用意を終えていた野菜スープを提供。
二人は一切躊躇することなく、ゆっくりと飲んでいき、体を温める。
「……相変わらず、この一杯だけでも、あたなの料理の腕の高さが解りますね」
「そう言ってもらえると幸いです」
(ん~~~~~、やっぱりこう……普段と違ってギャップがあるわよね~~~)
マルティーは温かい野菜スープを堪能しながらも、バーテンダーとしてのアストの雰囲気にギャップを感じていた。
普段、冒険者として活動しているアストは気の良い兄ちゃん……人によっては、飄々としながらもしっかり者という二面性を感じる者もいる。
だが、現在二人の前にいるアストは……礼儀正しく、言葉遣いも非常に丁寧なバーテンダーのアスト。
ヴァーニはそれがバーテンダーとして活動するアストだと解っているが、それでもむず痒さを感じるから普段通りにしてくれと頼んだが……二人は礼儀正しく丁寧なアストも気に入っているため、特に普段通りに接してくれとは頼まなかった。
「先に料理を……レイジブルのローストビーフとアヒージョを一つ。マルティーはどうする?」
「私はベーコンピザを頼もうかな。リーチェも食べるでしょ」
「えぇ。それじゃあ、お願いね」
「かしこまりました」
「それと、私はカンパリオレンジを一杯お願いするわ」
「あっ、私はカルアミルクで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
アストは二人からの注文をインプットし、まずは料理の下準備を開始。
それらを素早く済ませた後、まずはカルアミルクから造り、マルティーに提供。
(カンパリオレンジ、か……ある意味、リーチェに似てるかもしれないな)
ビター系のリキュールの代表ともいえるカンパリを使う事で、甘さが控えめの大人の味がするカクテル。
アストはまずゴブレットというワイングラスよりも容量が大きいグラスを取り出す。
そして幾つかのカットした氷を入れ、カンパリを注ぐ。
次に冷やしたオレンジジュースで満たし、ステアを行う。
最後にスライスオレンジを添え……カンパリオレンジの出来上がり。
「………ふふ、良いわね。確かにオレンジの味はするのに、それでも不思議と甘過ぎない……なのに、美味しい」
「ま……カルアミルクも最高だよ、アスト君!」
「そう言ってもらえると、嬉しい限りです」
まるでリーチェみたいね、と言おうとしたマルティーだが、吞み始めてから速攻で言う冗談ではないなと思い、なんとか踏みとどまった。
「煉獄からの指名依頼を受けて……どうでしたか」
「どうと、言われましても」
「内容は、ヴァーニさんの後輩たちの指導でしょう」
(……これは、もうバレてると思っても良いのか?)
煉獄からギルドを通してアストに指名した依頼は、あくまで指導依頼。
煉獄に所属している誰を指導してほしいという内容は一切書かれていなかった。
だが、リーチェはさも知ってて当然という雰囲気で答えた。
「……昔のヴァーニさんたちを思い出したと言いましょうか」
「ぶっ!!」
幸いなことに、カルアミルクを含んではいなかったため、カウンターを汚すことはなかったマルティー。
申し訳ないとは思いつつも、過去にアストたちとヴァーニたちが衝突した件を知っている身としては、アストがさん付けでヴァーニを呼ぶ光景が、あまりも面白過ぎた。
「やはりそうでしたか」
「ですが、一人だけ変わった人物がいました」
「変わった、ですか…………エイモンさんの事ですね。確かに、彼は変っているところがあるかもしれませんね。しかし、他の面々が跳ねっ返りでは、やはり格の差を見せつけたのですか?」
「そんな大層なことはしていませんよ。ただ、やはり言葉だけで大切な事を伝えることは出来ず……元々ヴァーニから頼まれていた内容もあって、肉体言語で語り合うことになりました」
控えめに答えるも、リーチェとマルティーはここ最近のアストの活躍を知っているため、「相変わらず謙虚だな~」としか思わなかった。
「そうでしたか。それで、上手くいきましたか?」
「ひとまず、本能的に一応自分たちより強い存在だとは認識していただけたかと」
「本能はってとこが、まだまだ青いって感じね~~」
「……彼等にとって、所属しているクランの先輩であるヴァーニたちが頼れる存在。だからこそ、よそ者に頼りたくないという気持ちもあるのでしょう」
「ひゅ~~~~、大人な意見ね。でも、やっぱりよそ者でも先輩として思うところはあるでしょ」
アストはレイジブルのローストビーフを盛りつけながら、改めて本日のあれこれを振り返る。
「…………親元を離れ、一人で……もしくは同じ立場の者たちと生活するようになったからといって、いきなり大人になれる訳ではありません。なので、彼らの怒りを受け止めるのも先輩としての役目かと」
なるほどなるほどと感心しながらも、出来上がったばかりのローストビーフを食べながら……二人は「それだとヴァーニたちの立場がないのでは?」と思うも、とりあえずそれを口には出さなかった。
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