第128話 比べれば海千山千

「ありがとう。君のお陰で全滅せずに済んだよ」


「偶々運が良かっただけです」


きっちりポーション分の代金になる品物は受け取った。


いくらアストがお人好しな性格をしているとはいえ、タダでポーションをくれる人物という印象を持たれてしまうと、ろくでもない屑ども絡まれてしまう。


助けられる道具を持っているので、助けるには助ける。

だが、それはそれでこれはこれ。

頂く物はきっちり頂かなければ、良い意味で関係が保たれない。


「いやぁ~~~、本当に死にかけたな」


「笑い事じゃないのだけど。あのオーガが途中で去らなかったら、完全に殺されてたわよ」


「? 第三者の乱入などがあった訳ではなく、オーガが自分から引いたんですか?」


「不本意ながらね。いや、そりゃあ命あっての物種なのは間違いないけど、あれはあれで屈辱だったわ」


冒険者としては自分の、仲間たちの命があって良かった……当然そう思うが、見逃されたとなると……それはそれでプライドに障る。


「あのオーガ…………こんな事言っては鬼人族の方々に失礼ですが、表情に理性? が加わったからか、鬼人族に似ていましたわ」


(鬼人族に似ている、オーガ………………昔、聞いたことがある)


アストは過去に先輩冒険者から聞いた話を思い出した。


オーガは進化すればファイター、ランサー、グラディエーター……珍しい例だと、メイジに進化する場合もある。

更に進化するとキングやクイーンといった最上位種に進化するのだが、稀に違う方向に進化する個体がいる。


(元がオーガジェネラルであることを考えれば……チっ!!! Aランクは、確実か)


ウェディーたちの身を案じ、逃走したジェネラルと数体のオーガを負って倒さなかった。

それをフィラやモルンは正しい選択だと肯定してくれたが……再度、あの時一人でも動いて倒していればという後悔の念が湧き上がる。


その後、同業者たちと別れたアストは一人でレイのオーガを探す……ようなバカな真似はしなかった。


しなければならない時に無茶は出来るが、それでも今から一人で探し、倒そうとするのが無謀であることぐらいは解っている。

とはいえ、何もせずに普段通り過ごす気にもなれず……一目視れるなら、例のオーガを視たいと思い、日が暮れる前まで可能な限り存在感を消しながら探し続けたが……成果は得られなかった。




(ふぅーーーーーーーー…………さて、切り替えないとな)


一人で夕食を食べ終えた後、アストはミーティアを開いていた。


個人的にはまだ過去の自分に対するイラつき、今日何も成果を得られなかったことに落胆しているものの、バーテンダーとして働き始めれば、そのザ・私情は一旦蓋をして押し込めておかなければならない。


「っ、いらっしゃいませ」


お通しを用意しているタイミングで、早速客が訪れた。


「やぁ、先日ぶりだな」


「そうですね……その、もしかしたらですが、本日来店されたのは例のオーガに関してでしょうか」


「話が早くて助かるよ」


早速本題に入る……前に、アリステアはメニュー表を広げ、カクテル一杯と唐揚げ、アヒージョを注文した。


アリステアとしては、先日訪れた際に堪能した味を覚えており、その為にわざわざ騎士団の本部に呼び出すのではなく、アストの店に訪れた。


「お待たせしました」


お通しの後に唐揚げとアヒージョ、その後にソルティドッグを提供。


アリステアはアストと世間話をしながらそれらを堪能。

そして……本題に入った。


「ふぅーーー……今日も堪能させてもらったよ…………流石だな」


「? ありがとうございます」


何故「流石だな」と、再度褒められたのか解らないアスト。


理由は……アリステアがアストの苛立ちに気付いていたから。

勿論、アストの営業スマイルは完璧であり、キッチリ私情を押し込めて接客を行えている。


だが、貴族の令嬢として裏表の顔を使い分ける者たちが大半の正解で生き抜いてきた猛者。

アストと比べれば海千山千の心情に対しての察知力を持つ。


そして今日、どこかイラつくことがあり、それを仕事までに掻き消せず持ちつつも……カクテル作り、料理の腕に全く影響していない。

アリステアはそこにアストのプロとしての誇りを感じた。


「さて、アストは既に例のオーガに関しての情報を得ているのだな」


「はい。多少ではありますが」


「そうか…………うむ、変に回りくどい真似はせず、真っすぐ伝えさせてもらおう。冒険者のアストに対して、騎士団から依頼を出したい」


「例のオーガに対する討伐に関して、ですね」


「その通りだ」


「かしこまりました。この場での返事は非公式になってしまいますが、それでもまず……その依頼、受けると答えさせていただきます」


非常に丁寧に、バーテンダーとしてのアストらしい態度で、騎士団からの依頼を受けると答えた。


その反応が意外なものだったのか、アリステアはちょっと面白い顔で数秒ほど固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る