第129話 甘えた結果

「…………」


「? どうかしましたか?」


「いや、その……あっさりと受けると答えてくれたことが少し意外に思ってな」


アストという人間は噂に聞いていた。

そして実際に出会い、人となりを知り……それから少し調べた。


結果、いざという時に命懸けの戦いに身を投じることが出来る。

だが……自ら積極的にそういった戦いに参加する、挑むことはない。


それがざっと調べて得た情報であり、その姿は冒険者として正しいものなのだろうと感じたと同時に……おそらく、この頼みは断られるだろうとも思った。


「……私は、あの戦いで逃走する数体のオーガ、そしてオーガジェネラルを逃がしてしまいました」


「っ、それはウェディーたちから部下たちを万が一の襲撃から守る為だと聞いている。アスト、君は決して間違った選択を取った訳ではない」


「ありがとうございます。ですが、これは……この感情は、理解は出来る。だが、納得は出来ないというものです」


理解は出来る、だが納得は出来ない。

アリステアはその言葉に聞き覚えがあり、その言葉を体感した記憶もある。


(俺にはあの時……あの場所からでも、複数のオーガとオーガジェネラルを……せめて、オーガジェネラルだけでも攻撃できる術があった)


オーガの群れとの戦闘終了時、確かに多くの負傷者がいたものの、それでもまだ戦える者はリーダーであるウェディーを含めて何名かいた。


仮にその場からアストの意識がオーガジェネラルだけに集中したとしても、十秒にも満たない間程度であれば、まだ戦える者たちだけで最低限の対応は出来る。


そしてアストには、ベルダー作の風刀がある。

最悪、ヴァレアと勝負をする切っ掛けとなった名刀を使っても良かった。

どちらを使ったとしても、敵に背を向けて走る相手に当たれば……いかに屈強な体を持つジェネラルであったとしても……斬れない道理はない。


「そうか…………その気持ちには、私にも覚えがある。しかし、本当に良いのか?」


「えぇ。この機会を残せば、この思いはしこりとなって私の心の残り続けるでしょう」


自身の怠慢が引き起こした悲劇。

百点満点を求めず、八十点を越えれば良いやと甘えた結果。


他の者たちはそんなことないと、百点満点の結果だ……あれはただ運が悪かっただけだと口にしても……アストの心が納得しない。


「…………分かった。では、明日。正式に冒険者ギルドを通して指名依頼を出させてもらう」


「かしこまりました」


まだ非公式の場ではあるが、アリステアからの依頼を受けると決めたアストは、代金を受け取った後に直ぐ閉店……することはなく、いつも通り野時間までミーティアを開き続けた。


そして翌日……割の良い依頼を狙って集まる冒険者たちが多くいる時間を外してギルドに訪れたアスト。


「あっ、アストさん!」


アストという人間の外見を正確に把握している受付嬢はダッシュで近寄り、少しギルドから話があると伝えられ、防音機能が付与された個室へと移動。


「アストさん、あなたに騎士団から指名依頼が届いています」


受付嬢は依頼の内容、そして報酬金額を伝える。


「といった感じなのですが、お受けになりますか」


「はい、受けます」


現在、アストの冒険者ランクはCであり、指名依頼を絶対に受けなければならない立場ではない。

報酬は良く、騎士団からの指名依頼を達成したとなれば、冒険者ギルドからの評価も上がる。


だが……今回の指名依頼に関して、ギルドは強い危険性を感じていた。


「っ、アストさん。本当に、受けるのですか?」


「? えぇ、受けようと思うが……」


受付嬢の「本当に受けるのか?」という対応に疑問を持つ。

普通に考えれば、ギルドとしては騎士団との関係を悪化させない為にも、アストには是非とも今回の使命を受けてもらいたい筈。


「…………今回のこの指名依頼、ギルドはアストさんが受けないと宣言しても、特に咎めません」


「……貴方の判断ですか。それとも、ギルドの判断ですか?」


「っ、両方です」


ギルドは、アストが自ら好んで激しい戦地に向かうタイプではない事を把握していた。

そして……アストが思っている以上に、その実力や人間性を評価していた。


ハイレベルなオールラウンダーであり、まだ二十を越えていない若僧と呼ばれる年齢でありながら、本当の意味で若僧と呼ばれる生意気で少々自信過剰なところがある者たちを物理的に捻じ伏せることも、言葉で諭すことも出来る。


アストが今後の冒険者人生をどうするかはさておき、冒険者ギルドとしては是非とも引退後は指導者に……非常時には戦力といった形でギルドに籍を置いておいてほしいと考えている。


そんなアストが、今回の騎士団からの指名依頼を受ければ……死ぬ可能性があると、話を伝えに来た受付嬢、指名依頼の内容を確認……騎士団から指名依頼が届くに至った経緯を把握しているギルドマスターなどが感じていた。


「ギルドは……これからも、あなたを必要しています」


「そうですか…………俺の実力を評価していただいている事は嬉しいです。ただ……俺としても、今回は参加しなければ……挑まなければならない理由があります。なので、騎士団から指名依頼、受けさせていただきます」


「そう、ですか……かしこまりました」


指名された冒険者が受けると決めてしまっている以上、ギルドとしてもその答えをなかったことには出来ず、手続きを行うしかなかった。

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