第127話 間違っていない

(ふむ…………そういえば、今しがたチラッとオーガという単語が聞こえた様な)


(ほんの一瞬……ほんの一瞬ではあるが、顔に浮かんだのは、後悔の色か?)


アストの僅かな変化に、フィラとモルンの二人が気付いた。



「ねぇ、アスト。良かったら呑み直さない?」


パーラと珍しくケリィーの二人が酔い潰れ、二人を宿まで連れて行った後、二人から吞み直さないかと提案されたアスト。


「…………そうだな」


普段通り、夕食を食べ終えた後でもバーを開こうと思っていたが、そんな気分ではなくなってしまっていた。


フィラたちが偶に通っているバーへと移動し、三人は適当にカクテルを頼む。


「……」


「浮かない顔ね。何か、面倒な事でも思い出しちゃったの?」


「ちょっとな。確定ではないが……この前、ウェディーさんたちを助ける為に戦ったオーガの生き残りが、厄介な方向に進化したかもしれない」


ウェディーがリーダーを務めて森の中を行動していた際、オーガジェネラルとグラディエーターのBランク個体が率いるオーガの群れと衝突。


その時、アストはこのままではウェディーたちが危ないと判断し、参戦。


そこで殆どのオーガと二大巨頭の一体であるグラディエーターを討伐することに成功。

しかし、もう一体の巨頭であるジェネラルは勝てないと判断して逃走。

女性騎士たちの多くが負傷していたこともあり、万が一を考えてアストは逃げたジェネラルや数体のオーガを追撃しなかった。


「確か……ジェネラルが、まだ生き残っているのだったか」


「後、数体のオーガもな。偶々耳に入ったオーガが、そのオーガ達なのかは解らないが……もしそうだと思うと、な」


「…………やはりあれだな。アスト、お前は騎士が似合うな」


「……いきなりどうした?」


モルンの言葉を聞いて、嬉しくないかそうではないかで言うと……本当にどちらでもなかった。


「アストは、もし別のモンスターが襲撃してきたらと考えて、そのジェネラルたちを追って討伐しようとしなかったのだろう」


「そうだな」


「その判断は間違ってない。私は断言するぞ」


「そうね~~。私もモルンと同じく、アストの判断は間違ってないって、断言するわ」


実際のところ、仮にアストがオーガジェネラルを仕留める為に場を離れ……その隙に多数のCランクモンスター、もしくはBランクモンスターが現れれば、間違いなく死者が出ていた。


「まず、その判断を悔いる必要はない」


「…………そうか、ありがとう。二人とも」


アストも、完全に間違った判断だとは思っていなかった。

それでも……もしもの可能性が浮上した。


結果、自分の考えだけではどうしてもあの判断は本当に間違ってなかったと、言い切ることが出来なかった。


「でも、あれよね。オーガジェネラルぐらいなら、別に遭遇すれば驚くとは思うけど、訳の分からないオーガ、とは思わないわよね?」


「……仮に更に上のキングに進化していても、なんとなく予想は付くだろう。というより、上から目線になってしまうが、仮にキングに進化したオーガに遭遇すれば、まず生き残れないだろう」


自分たちも含めて、という事はモルンとフィラも解っている。


アストに関しても、ジェネラルからキングに進化したオーガはAランクモンスターということもあり、倒せる自信は全くない。


「つまり、色んな意味で普通ではないオーガが生まれたのかもしれないな……マスター、同じのをもう一杯」


「かしこまりました」


モンスター博士ではないアストだが、モンスターは人間以上に有り得ないことが良く起こる存在だと認識している。


「とりあえず、後は騎士団の人たちに任せるしかないわ。勿論、冒険者たちの手も借りたいと言われたら、喜んで手伝うけど」


「…………そうだな。普通はそういうスタンスだよな」


「アストは、自分に他者を助けられる力があって、それを使わなければ後悔するタイプであろう」


「かもしれないな」


「であれば、やはり騎士が似合うな」


「……それでも、俺がやれることは、俺の命に危機が及ばない程度のところまでだ」


他者を助けるにしても、自身の命に危機が及ばないと判断出来る動きしか出来ない。

それは冒険者として、寧ろ当たり前の思考である。


しかし、二人はアストが口ではそう言いつつも、絶対に場面によってはリスクを背負ってでも行動する人間だと既に把握していた。


湿っぽい話はそこで一旦終了し、互いに限界一歩手前まで様々な内容について話し続けた。


それから数日後、アストは気を取り直して副業と本業を頑張り、充実した日々を送っていると……あるモンスターの討伐依頼を受けた日、いきなり血の匂いが鼻に入り込んできた。


「っ!!?? おい、大丈夫か!!!」


匂いの元に辿り着くと、大怪我を負った四人の同業者たちがいた。


アストが急いで手持ちのポーションを使用したことで全員命を落とさずに済んだ。


「本当に、助かった」


「どうも。ところで…………いったい、どんなモンスターに襲われたんですか」


大怪我を追っていた冒険者たちはアストよりも歳が上であり、全員がCランクのベテランパーティー。


そんな冒険者たちが大怪我を負っていた。

まずその時点で不穏に感じるが、それよりもアストが気になったことは……何故、ここまで四人に重傷を負わせた存在は、彼らを確実に殺さなかったのか。


彼等が死んでても構わなかったのか……そういった話ではない。

単純に人間を襲ったのに、止めを刺さずにその場から立ち去った。

それが非常に不気味に感じて仕方ない。


それは……高い戦闘力を持つ存在に襲われたベテラン四人も同じだった。


「オーガ……そうだ。あれは、間違いなくオーガだった」


(っ、クソ…………やっぱりか)


オーガという言葉を聞き、アストは再び苦虫を潰した表情を浮かべるのだった。

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