第126話 楽しいからこそ、続けている

「「「「「乾杯!!」」」」」


きっちりと受けた仕事をその日のうちに完遂し、ついでにCランクモンスターを複数討伐することに成功し……アストたちの懐は非常に潤っていた。


「ぷは~~~~!! やっぱり、仕事終わりの一杯は最高ね!!!」


「同感だな」


仕事終わりに呑むエールの味。

これに関しては、越えられない一種の味だとアストも認めている。


「……アストは、あの視野の広さをどう身に付けたんだ」


吞んで食って騒ぐ席で尋ねる内容かどうか迷った。

しかし、それでもモルンは忘れないうちに訊いておきたかった。


「自分では意識してないが、元々一人で全てをこなそうという意識を持って訓練をしていた……と思う」


どの様な訓練を行っていたかなど、あまり細かい内容は覚えていない。

しかし、最初からこの世界でもバーテンダーとして生きたいという思いを持っていたことだけは覚えている。


「全て一人で、か。であれば、タンクとしてあそこまで動けるのも納得だな」


視野の広さ。

前衛とし活動するモルンはもっと自分にそれがあればと思うことがあった。


「モルン、あまり危険なことは考えないでよ」


「むっ、それは……解っているとも」


モルンたちは冒険者の中でも平均以上の戦闘力を有している。

だが、それでも当然の様に不得意があり、相手の攻撃を受ければダメージを負ってしまう。


「……ゴブリンやコボルトが相手であれば、複数対一人で戦っても問題ないんじゃないか?」


多数の敵と一人で戦う場合、一体の敵に意識を集中し続ければ、どうしても死角から攻撃を食らってしまうため、視野の広さが必要不可欠。


「それであれば……しかし、訓練にならないのではないか?」


「モルンが普段使っている武器を使わずに戦う、もしくは素手で戦えば一応訓練になると思うが」


素手で戦えば良い。

心得がない者、パワーに自信がない者であれば速攻で無理だと答えるところだが、モルンはある程度の心得を持ち合わせていた。


「……ありだな」


「まぁ、それなら……それにしても、アストはそういった事を考えるのが得意なのね」


「偶々だ」


「三十体近くのリザードマンを一人で討伐したって噂を聞いたことがあるけど、それも偶々?」


「「「っ!!!!????」」」


フィラの言葉を耳にした瞬間、他の三人は乙女にあるまじき勢いで吹き出してしまった。


「なんだその噂は? 似た様な場面に遭遇したことはあるが尾ひれ背びれが付き過ぎだ。しかも、その時は他の冒険者たちと臨時でパーティーを組んでいたぞ」


「あら、そうだったのね」


そんな無茶な真似出来るか、と言いたげな顔で否定するアスト。

とはいえ、五人にも満たないパーティーで三十体ほどのリザードマンを討伐出来たのは、間違いなくアストが切っ掛けであった。


「というか、俺の話だけ聞き過ぎだろ。今度はフィラたちの話を聞かせてくれ」


「私たちの話ねぇ……パーラ、どういう話をした方が良いかしら」


「任せろ!!!!!」


自分たちの武勇伝を話す。

人によっては、自分の功績を見せびらかす、そういった話ばかりを行うのは良くないと思う者もいるが……結局のところ、冒険者とは自分の武勇伝を語りたいもの。


そしてアストは、そういった武勇伝を楽しそうに話す客を見たいからこそ、バーテンダーとして活動しているところもある。


楽し気に自分たちの冒険譚、武勇伝を話すパーラたちを見て、アストも楽し気な笑みを零す。


(こういった楽しさがあるから……いつまでも副業として続けたいと、思えるんだろうな)


本業はバーテンダーだ。


同業者からの問いに、なんど同じ答えを返してきたか分からない。

それでも、冒険者としての活動を嫌いに思ったことは一度もない。


何故か?


大人であれば、仕事をしていても趣味の一つや二つ、持っていてもおかしくない。


わざわざ嫌いなことを趣味として続けるか?

よっぽど根っからのドMでなければ、そんなバカな真似はしないだろう。


「? ……」


そんな中、一組のパーティーが酒場に入って来た。

バーテンダーとして活動する中で、人の感情に対して機敏になったアストは酒場に満たされている感情の中に、少し水を差す様な感情が入って来たのを察した。


(……誰か、亡くなったのかもしれないな)


バーテンダーとしてだけではなく、冒険者としても活動しているからこそ、同じ負の感情にも差があると解る。


重傷を負った、大事な武器が壊された……仲間が亡くなった。

それらの悲しみが顔に表れる際……人によって差はあれど、アストは大まかな違いを読み取れる。



「なんなんだよ、あのオーガはよぉ…………」



帰還者が最初に頼んだエールを一杯吞み干し、理不尽な言葉を呟いた。


気になっていたアストは、その帰還者たちの会話に意識を向けていたため、確実に……間違いなく、オーガという単語が出たことを把握。


「……チッ」


「? どうかした、アスト」


「いや、すまん。ちょっと……面倒なことを思い出してな」


直ぐに切り替える。

今は一人で食事を取っているのではなく、同業者たちといる。


バーテンダーとして培ってきた感情、表情のコントロールを活かし、直ぐに元通り。


だが、その僅かな違和感に気付く者がいた。

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