第119話 優先すべきもの
「……結局、昨日は店を開けなかったな」
パーラたちと呑んで食った翌朝、アストは非常に酒臭い状態で起きた。
バーテンダーでありながら、酒豪でもあるアストは多少エールを呑んだ程度で腕が鈍ることはない。
故に、酒場で飯を食べてエールを呑んでから店を開くことは珍しくない。
しかし、先日は予想以上にパーラたちとの食事が長引いてしまい、エールも想定以上の量を呑んでしまったため、店を開かなかった。
(それじゃあ、今日の夜は開かないとな)
予想以上の量を呑んでしまったアストだが、それでも二日酔いにはなっておらず、朝食を食べ終えた後は意気揚々と冒険者ギルドへと向かった。
(ん? 昨日より視線を向けられてる様な…………ちゃちゃっと適当に選ぶか)
クエストボードの前まで行くと、決して美味しい依頼とは言えないが、報酬金額は一応適正額ではある採集依頼を発見し、確保。
(やっぱり、女性の冒険者や騎士が多いこの街では、ソロで行動している冒険者は
珍しいってことか?)
アストの考え通り、確かにこの街では男性冒険者でソロ活動をしている者は珍しい。
しかし、先日よりも向けられる視線の数が多いのは……先日、酒場でアストがパーラたちに語った内容が関係していた。
多くの女性たちが憧れる女性騎士団長に対して近づこうとする野郎たちに関して、解りやすくある程度納得出来る内容を話していた。
それでいて、アスト自身は女性騎士団長に対して、そういった思いを一切持っていないことから、同じ酒場にで食事をしていた女性冒険者たちから一目置かれるようになった。
ただ、それでも関りを持ったことがない男性に対して不用意に声を掛ける者はこの場におらず、先日楽しげに話していたパーラたちは二日酔い状態で冒険者ギルドには来ていなかった。
(注目されるっていうのは、何度体験しても慣れないものだな~~)
前世では他人と関わることが楽しいタイプだが、特別目立つ学生でもなかった。
だからこそ、今世で冒険者ギルドなどで初めて多くの視線を向けられた時は、根性で平静を装うことが出来たが、それでも心臓は破裂するんじゃないかと思う程バクバクと鼓動していた。
「まぁ、ここではあまり多くの視線を向けられないけど……それはそれで怖いって話なんだよな」
既に採集依頼を達成するため、森に入っているアスト。
モンスターとエンカウントすれば、基本的にそのまま戦闘がスタート。
狡猾さがあるモンスターであれば自身の気配を消し、奇襲を仕掛けてくる。
十八歳の時点でそれなりに戦闘経験があるアストだが、森や密林、その他のモンスターが生息している地帯では、常に一定の警戒心を持ち続けていなければ不安になる。
とはいえ……それでも若くしてCランクまで駆け上がった有望株の若手冒険者。
昼食から約一時間後には目的の果実をゲットすることに成功。
「これだけあれば、俺が食べる分も十分だな」
結局果実を狙うモンスターと交戦することになったが、無事依頼達成に必要な数の果実を手に入れた。
「そういえば……結構歩いてしまったな」
実ってはいたが、既にモンスターに食べられた後、という事が何度かあり、予定よりも奥まで来てしまった。
「……………………はぁ~~~。行くだけ行ってみるか」
アストの耳に、戦闘音と悲鳴が微かに届いた。
後で話しを聞いた時、後悔するかもしれない、目覚めが悪くなる。
こういうところが自分の、冒険者として良くないところなのだろうと思いながらも、今更過ぎるため反省するつもりはない。
そして一分ほど音と声が聞こえた場所に向かって進むと、そこには甲冑を身に纏う女性たちと多くのオーガたちがいた。
(もしかしなくても、あれがパーラたちが話していた女性騎士が所属している騎士団の者たちか)
劣勢……と言うほど押されている訳ではない。
ただ、オーガ側にはBランクモンスターであるジェネラルとグラディエーターがいた。
一方、女性騎士たちの方にもリーダーと呼べる存在はいれど、噂の女性が憧れる女性騎士団長らしき人物は見当たらない。
(前に出るだけが、仕事ではないのが辛いところか)
何はともあれ、負傷者がいてこのまま戦闘が長引けば死者が出るかもしれない、
アストは普段使っているロングソードをしまい、グリフォンの素材をメインに作られた刀……風刀を取り出し、まだオーガたちにバレてない隙をついて風の斬撃を飛ばした。
「グガっ!!??」
複数の斬撃刃が飛ばされ、一体が運良くそのまま出血多量で死亡。
他にも数体、ダメージを与えることに成功。
「勝手ながら、助太刀します」
既に攻撃してしまっているが、一応断りを入れる。
「っ!! 助かる!!!!」
男、そして冒険者。
プライドが高い者であれば「手助けなど不要だ!!!」と折角の助っ人に対して叫び散らかしてもおかしくない。
しかし、部下たちの身を預かる隊長を任されている女性騎士はプライドを優先するのではなく、部下たちの命を優先した。
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