第118話 根本的な本能

「お前らが言いたい事は良く解るよ。ただなぁ…………あんまりその野郎どもを責めないでやってほしいという思いがある」


彼女たちの考えに、反論があると口にしたアスト。


普段通りの彼女たちであれば、いったいどこに反論の余地があるんだと鋭い視線を向けるところだが……同じ野郎でありながら、自分たちの考えを理解はしてくれているアスト。


その為、理由も聞かずに大した理由などない!!!! と断言することはなく、大人しくアストが思う野郎たち側の意見を聞いた。


「へぇ~~~。何かしらの事情があるってこと?」


「事情というほど難しい事ではない。ただ、パーラたち騎士団長を尊敬する者たちの考えは、蝶に向かって花に群がるなと言ってるのと同じなんだよ」


「…………つまり、男どもが生意気にもあの人に近づこうとするのは、本能だと」


「そうだ。俺はまだ見たことがないが、女性も惚れてしまう魅力を持ってるのだろ。であれば、野郎がその魅力に引き寄せられない訳がないんだ」


少し考えれば解る話。

ただ、アストの落ち着く声もあってか、四人は引き続き野郎たちの意見であろう思いに耳を傾ける。


「本能を抑えるのが理性だろと……理性がないなら獣と……モンスターと同じだと思う者もいるかもしれない。ただ、蝶が美しい花に近寄るのは、生物としての根本的な本能に近い」


「食欲、睡眠欲、性欲の三つに近いということ?」


「俺はそう思う。表現は少しあれだが、性欲の延長線上の感情と言ったところか。そう聞くと嫌悪感を抱くかもしれないが……まずは良好な関係を築こうと、もしくは直接思いを伝えようとしているだけで、大分理性的だ」


「そういうものなのかしら?」


「生物としての違いというべきか……専門家ではないから断言は出来ないが、同じ男としてはそういった手順を踏んでいるだけ理性があると思える」


相手が騎士団長という立場故に、そうさせている可能性も捨てきれない。


しかし、そういった可能性を踏まえた上で……パーラたちは多少、多少ではあるがこれまで騎士団長に近づこうとした男たちの気持ちを理解した。


「後は、単純な人の感情ではあるが、これまで近づこうとした男たちの中には、伝えずに後悔したくないという者もいた筈だ」


「それは、フラれると解ってても?」


「解っていてもだ。長い人生、異性に恋をするのがその一度だけとは限らない。ただ、生まれてしまった恋心に区切りを付けなければ、前に進めないこともある。女々しいと責めてくれるなよ。男女云々関係無く、心というのは単純なものではないからな」


「………………もしかして、アストも経験があるの」


「さぁ、どうだろうな。あったような気がしなくもない」


もう三十年近く前の話。

そう……アストにとっては前世の話だが、今でも何となく覚えていた。


「とはいえ、その騎士団長さんの立場を考えれば、やはりある程度の強さは必要だろうから、パーラたちがそういった部分を試そうとするのはありなんじゃないか?」


「そこは止めないのね」


「男女差別をするつもりはないが、困難……壁と呼ぶには、そこまで理不尽なものではないはずだ。まぁ、俺は騎士団長さんの好みとかは知らないけどな」


女性としては、男性に守ってもらいたい。

そういった意見が一般的ではあるものの、パーラたちが敬意を抱いている人物は、騎士団の団長を任せられている女性。


まず、一般的という言葉が諸々似合わない存在。


もしかしたら……好きになった異性は逆に守りたくなる、もしくは守りたいと思わせてくれるような見た目の男性が好みかもしれない。


「……因みにだけど、アストは、興味があったり、するの?」


「俺か? さっきも言ったが、よくそんなバカな真似をするな~~ってスタンスだ。まだ実際に見たことはないけど眼を、意識を惹かれる人なのは何となく解ってる。ただ、俺はこれからの人生……色んな街を渡り歩きたいと思ってる」


「なるほど。そもそも、アストの人生の道のりとして、今誰かと恋人になる、もしくは婚約関係になるのは選択肢としてあり得ない……そういう事だな」


「まさにその通りだ」


大人な意見、大人の思考。

自分たちと歳が近い者と話しているとは思えない感覚。


そういった感覚を得たからこそ、弓術士として後衛を担当しているエルフの女性が一つ、アストに質問を投げた。


「アスト……あなた、恋愛経験はありますの?」


「いきなり話の話題が飛んだな。そんなに気になるか、俺のそういう話」


「えぇ。今まで出会ってきた男の中でも、トップクラスで気になりますね」


「そ、そうか……ただ、そう言われても大した経験はしてないぞ」


異世界に転生してきてからというもの、アストは自身のスキルなどを知ってから、直ぐに今の道のりを生きていくと決めた。


故に、アストから誰かに想いを抱くことは、まずなかった。

それでも四人は本当に気になっており、最後まで耳を傾け続けた。


「って感じだ。なんだか自慢話みたいになってしまったけど、正直なところ自分からは恋愛をしてはいなかったな」


話を聞き終えたパーラたちは、これまでの会話を含めてアストに……ときめきを感じることはなかった。

ただ、目の前の男が、今度どういった恋愛経験を積んでいくのか、いったい最後はどの様な女性と付き合うのか、結婚するのかという部分が物凄く気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る