第82話 眼を逸らせば……
「今のは、というか、少し揺れてる…………チッ!!!」
基本的に……本当に命に関わる無茶はしたくない。
他人の為に命を懸けて、何かをせず……自分の命を大事にしたい。
それは今で変わらない。
だが、冒険者としての人生を送って来たアストは、知ってる。
誰かの悲鳴が耳に入り……それを無視すれば、いつか……どこかのタイミングで、幻聴となって聞こえる。
治るか解らない……呪いに近い何かになる。
(俺の手に負えるのか、手に負えるとして、俺の心が持つのか、それを確認してからでも……遅くはないだろう)
せめて、確認しなけばならない。
走り、走り、跳び、戦闘の男が聞こえる方へと向かう。
(戦っている人間の数は……四つか)
気配感知のスキルを発動し、何かしらのモンスターと戦っている者たちの気配を確認。
「っ!! チッ!!!! クソったれが」
まず……嫌な予感の一つが的中。
何かしらのモンスターの正体は、噂になっていた個体……アイアンイーター。
勿論、人肉が大好きなあの個体。
そしてもう一つの嫌な予感は、本当に戦っている者の数が四つなのかという事。
正解は……一人の男が、三人の冒険者たちは庇いながら戦っていた。
(装備の質が低い。少しでも金をと、無茶をした連中か)
バカ野郎と叫びたい。
しかし、彼らの事情や心情も理解出来なくはない。
加えて、今そこについて言及してる暇はなかった。
そして……現状を把握した瞬間、アストは一旦その場から離れた。
「豪傑の英雄、不死身の英雄が血統、汝も英雄たれ」
人肉、人の血の味を覚えた個体は、人型など関係無く、ただ持っている力を振り回して暴れる怪物から……標的を狩ることに知恵が回る狩人になる。
故に、個体差もあるが、不利だと戦況を把握すれば、逃走を選ぶ可能性が高い。
「豪剣を振るい、戦場を駆け、その知略を持って勝利へとひた走る」
もしかしたら、バカ三人を守り戦っている……あのCランクの男が、殺られているかもしれない。
はたまた、三人のうちの誰かが食い殺されてるかもしれない。
しかし、この選択が間違いなく、アストにとって最善だった。
「天空まで光り輝く威光よ……全てを征せ」
十分距離を取ったアスト。
今度は……一気に加速し、人肉大好きアイアンイーターとの距離を詰めた。
「ッ、アレキサンダー」
「っ!!!???」
人肉大好きアイアンイーター……だけではなく、Cランクの男やバカ三人含め、突然現れた光り輝く何かに目を奪われた。
それも束の間、アストの予想通り、人肉大好きアイアンイーターは本能的に自分の命に迫る危機を察知し、壁から撤退しようとした。
「動くなっ!!!!!!!!!!!」
「ヒギっ!!!???」
効力の範囲内。
加えて存在を認識されていれば……王の声から逃れるのは不可能。
「お客さん!!!! 今だっ!!!!!!!」
「っ!? 最高だ、店主!!!!!!!!」
男はこの時の為に購入したとっておきを取り出した。
腕の立つ錬金術師になれば、武器に攻撃魔法を内蔵することが可能。
使い捨ての武器になってしまうが、攻撃魔法に前衛の振り、もしくは付きが加わることで、文字通り必殺の一撃へと昇華される。
「死に晒せぇえええええええええええええッ!!!!!!!!」
男が突き放ったロングソードには、ライトニングハザークランスが内蔵されていた。
Cランクどころか、Bランクのモンスターが相手でも強烈な一撃を与える事が出来る攻撃魔法。
自由に動けるのであれば……体の一部を犠牲にすることで、なんとか凌ぎ、撤退することが出来た。
だが、アストのアレキサンダーによる制止効果によって、口から約一メートルだけが横に向いており、後は直線状態。
「はぁ、はぁ…………仇を、取れたぞ」
疲労が限界に近づき、膝から崩れる男。
「お客さん、生きてるか!!!!!」
「……店主。なんで、あんたがここ居たのか……今は聞かねぇ。ただ……これだけは言わせてくれ。あんたのお陰で…………俺は前に進めた。そして、あいつの弟の仇を、討てた」
「…………それでも、今日討伐に至れたのは、お客さんの臆病だと認めながらも、討伐に向かった勇気があってのものです」
「そうか……ありがとよ」
男は意識までは失わず、少し休めば歩けるようにはなる。
アストは一応人肉大好きアイアンイーターの死体を亜空間にしまった後……男に助けられたバカ三人に、一応説教を行った。
「一獲千金を目指して、絶対に失敗するとは言わない。それで成金になって、ちゃんと成り上がれる奴もいる。ただな、ベテランの人たちでもビビる個体なんだ。それを知らなかった訳じゃないだろ」
こんな時期にコルバ鉱山に訪れたバカ三人にも、現状を何とかしたいといった焦りがあり……その焦り事態を否定する気はない。
だが、それでもさすがに考える頭が足りな過ぎると思い、彼らの知り合いでもないにもかかわらず、説教は男の体力が回復するまで続いた。
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