第81話 今じゃ、今じゃない
(まぁ、実際のところ難しいだろうなぁ……)
閉店後、宿に戻る途中……次期当主と酒呑み友達である男からの会話内容を思い出すアスト。
(あぁいう人のダチってことは、多分次期当主さんはそれなりに良い性格をしてると考えると……やっぱり、あの人が人肉大好きアイアンイーターに挑んで亡くなった知れば、悲しむだろうな)
知人が死ぬ。
冒険者の世界では、いつ誰が何処で死んでもおかしくないが、だからといって泣くなた者の友人や知人が悲しまないわけではない。
アストも過去にそれを経験したことがある。
(それでも……あの人には、あの人なりのプライドというか、ダチの為に……って心があるのも、間違いない)
何が正解とは言えない。
自分はバーテンダー……教師でなければ、神でもない。
絶対と言える答えを伝える必要はなく、そんな答えを簡単に思いつくこともない。
(……正解はなさそうだな)
どれだけ多くの者が考えたところで、絶対と言える答えが見つからない問題。
それだけ、心に関する問題には答えが出せない。
そういった部分まで理解出来るアストであっても……わざわざ、彼らが傷付かずに済むように、自分が人肉を好むアイアンイーターを討伐しよう、とはならない。
先程Cランクの男に伝えた通り、これからまだまだ多くの客たちと巡り会い、カクテルを……料理を提供し、他愛もない会話をしたい。
(別に貧乏な街ではないんだ。俺が気にする必要はないだろう)
そう……アストが気にしなければならない事は、もし人肉大好きアイアンイーターに漆黒石まで食い尽くされないか。
心配しなければならないのはそこである。
翌日、まだ体に疲れが僅かに残っているが、無視して朝からコルバ鉱山に直行。
「こういう時、ドワーフや土の精霊と仲が良いエルフやハーフエルフが羨ましいぜ」
ぶつくさと愚痴を吐きながら、適当なポイントで止まり、ツルハシを振り下ろす。
「ん?」
十数回振り下ろしたことで、僅かな輝きが眼に入り込む。
(鉱石……ではない、か?)
鉱石の中でも輝きを持つ鉱石も存在するが、これまで見てきた輝きと一致しない。
「ふんっ! よっ、ふん!!! …………今じゃない、って感じだな」
姿を現したのはエメラルド。
拳一つ分……より二回りほど小さくはあるが、それでも決して悪くないサイズであり、普段のアストであればちょっと良い店でご飯を食べようといった気分になるが……今じゃない感が強い。
「…………それじゃあ、駄目なんだよな~」
発見したエメラルドを売りさばき、手元に入った金で漆黒石を購入。
今現在、コルバ鉱山に入山する者が少なくなっている為、普段よりも割高になってはいるが……手に入れたエメラルドを全て売却し、手に入れた金を全て使えば、必要な分の漆黒石は購入出来る。
しかし、それはベルダーが定めたルールに反する。
(今日、明日探して見つからなかったら、良いポイントを見つけられそうな同業者でも雇うか)
一緒にパーティーを組む、雇う……どちらの形にせよ、分け前や報酬といった形で金を取られる。
基本的には一人で活動するのに問題無いアストだが、必要であれば金を惜しまない。
「っと……もしかしなくても、例のアイアンイーターが通った後、か…………倒せるもんなら、倒した方が良いんだろうなぁ」
人の手が介入した鉱山内は、基本的に人が通りやすいように……落盤しないように掘られている。
だが、アイアンイーターはそんな人間の事情など関係無く、縦横無尽に動き回るため、ところどころで道が途切れている場合が多い。
(…………Cランク冒険者として、一人前のランクと言われる域に達してる者としては情けないんだろうけど、やっぱりあれと同じと思うと……腰が引けるな)
やはり人肉大好きアイアンイーターとは出会いたくないと思いながら今日も今日とてツルハシを振るうが……結果、アストとしては惨敗。
(ただの鉄鉱石とかだけじゃなくて、割と良い感じの鉱石も採れるのに……なんで、漆黒石はこんなちょびっとしか)
用意していた樽の中には、まだ十分の二程度の漆黒石しか溜まっていなかった。
(明日も頑張って無理なら、マジで雇おう……雇われてくれるか解らないけど)
必要ない鉱石やエメラルドなどの宝石を売る為にギルドに寄るも、まだ雰囲気はお通夜状態。
人肉大好きアイアンイーターは討伐されておらず……最悪、誰かが食われたのかもしれない。
(ん? あれは……昨日の?)
適当に今晩食べる店を探していると、武器屋に入っていく先日の客を発見。
(メイン武器が折れたのかな)
同業者ではあるが、特に親しい関係ではなく、声を掛ける理由もなかった為、アストはそのままここだ! っと思える店を発見するまで歩き続けた。
だが、翌日……鉱山内で昼食を食べ終えてから約一時間後、嫌な音がアストの耳に入り込む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます