第80話 死ねば、それこそ

(あれがそういう個体だったというのは、後で分かった事だけど…………うん、今でも容易に思い出せる)


過去に人肉を好むコボルト戦った経験があるアスト。


既にその時に、イシュドは野性の殺意を持って殺しに来るモンスター、人を殺すことに対して全く罪の意識がないクソゴミ盗賊との戦闘経験があった。


冒険者になる前の経験もあって、自分が殺意を向けられることには慣れていたアスト。


しかし、その時は違った。


「自分で語るのも変ですが、私はそれなりに殺意や戦意を向けられるのに慣れていました。ですが……あの時ほど、本能が嫌な意味で震えたことはありません」


「……恐ろしい、よな」


「えぇ、本当に」


ただ敵だからと、殺意を抱いてるのではない。

殺すことに快楽を覚えている、弱者をいたぶることが最高に楽しいと考える屑……そういった類でもない。


多少なりとも獲物を殺すことに快楽を覚えている。それは間違いない。

ただ……人の肉を好む個体は、当然ながら標的の人間を倒した後……食べるのだ。


そういった個体が持つ空気、笑み、圧……そのどれもが、他のモンスターが冒険者や騎士、戦闘職の者たちに与える恐怖を押し上げる。


「あの時、自分はいつも通り戦えてる気がしませんでした」


過去、アストが戦った人肉大好きモンスターはコボルトであり、基本的なランクはDだが、その個体はCランクの域に達していた。


いつも通り戦えていれば、奥の手などを惜しまず使えば負けることはない。


当時のアストも、それが解っていなくはなかった。

それでも…………間違いなく、戦闘に一番必要な武器……闘争心が、震えあがってしまった。


「俺も同じだ……あの頃より、多少は強くなったつもりだが、あの頃と同じく……固まっちまうかもしれねぇ」


彼は、冒険者である。

幾多の戦い、冒険を潜り抜け、Cランクの冒険者になった。


そこら辺の騎士よりも、多くの死線を越えてきた。


そんな男が……当時の光景、感覚を思い出すだけで震えてしまう。


「……お待たせしました」


グラタンが出来上がり、ゆっくりと……一切音が零れないように男の前に置いた。


「………………温かいな」


美味い、よりも先にその言葉が零れた。


「…………店主、俺は臆病者か?」


「それは……」


「先輩とか、歳上とかそういうのは考えずに、素直に答えてくれ」


一切の忖度は必要ない。

そう言われたアストは、素直に思った事を口にした。


「そうですね。普通な、臆病な心かと」


「普通、か。なんだか、意味ありげ、だな」


「お客様には、今様々な思いが心の内にあると思います。しかし、大前提として……私たちは、死ぬことが怖いです」


どういった職業に就いていようと、どういった立場に就いていようと……死というのは、恐ろしい最後である。


そんな事はない!!!! と死を全く恐れない頭のネジが五、六本は外れてるであろう者も世の中には存在するが、冒険者や傭兵、兵士や騎士であろうとも、戦闘での死というのは非常に恐ろしい。


「店主も、怖いか」


「えぇ、勿論怖いですよ。冒険者としての活動は……それなりに楽しいと思ってます。達成感、同業者たちと騒ぐことも……冒険者だからこそ得られる楽しさがると思ってます。しかし、死んでしまえばこうしてバーテンダーとして、お客様に一杯をお出しすることが出来なくなります」


「そうだな……間違いない。死んでしまったら、もう何も出来ない」


「その通りです。私は、これからもお客様に、カクテルを提供し、料理を作り……こうしてお話したいと、思っています」


作り、提供し、話し……何だかんだで、この時が一番の至福のひと時であるアスト。


しかし、死ねば……その楽しい至福のひと時も味わえなくなってしまう。

一度死んで転生したのだから、次死んでも転生できる?

そんな保証は、どこにもない。


仮に保証されていたとしても、死という経験が恐ろしい事に変わりはない。


「臆病な気持ちは、冒険者であれば逆に持っていないと駄目な要素かと。自分だけを武勇伝を持ちたい、そういった気持ちは否定しませんが、死んでしまっては……武勇伝もクソもありません」


「……ダチの気持ちを汲むことが出来なくても、か」


「難しいところですね。ただ、これは私の個人的な考えですが、お客様が友人の気持ちを汲んでアイアンイーターに挑み……亡くなる、もしくは逃げて生き延びることが出来ても、冒険者として再活動できない体にでもなれば……それこそ、ご友人は後悔してもしきれないかと」


「……………そう、か」


「臆病であることは、悪いことではありません。ですので…………同業者として、言わせてください。ご自身を、責めないでください」


「…………ありがとな、店主。あんたの言葉が……一番、暖かい」


まだ残っているカルアミルクを飲み干しても、心に灯った暖かさはそのまま。


臆病……それは、ただ甘い気持ち、考えではない。

生きていく上で、必要不可欠なものである。

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