第79話 立場を呪う

「兄ちゃん、この屋台はバー、ってことで良いのか?」


「えぇ、そうですよ。いらっしゃいませ。一杯呑んでいきますか?」


「……そうだな」


くたびれた表情を浮かべる三十代半ばの男性がミーティアを訪れ、ほんの少し悩んでから……ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「兄ちゃん……いや、店主は旅人、か?」


「そうですね。一つの街に留まらず、街から街へ移動して、こうやってバーテンダーとして活動してます」


「……腰を下ろさず、気の向くままにってやつか……羨ましいね」


「…………何か、御悩み事でも?」


そう言いながら、ベーコン入りのスープを男の前に置く。


「お通し、か?」


「えぇ、その通りです。一杯だけですけど、タダなので気にせず」


「そうか…………ふふ、良い味してるな。体に染みるぜ」


ゆっくり、ゆっくりと体中に暖かさが巡る。

男は直ぐにスープを飲み干してしまった。


「……実はな、今コルバ鉱山に厄介なモンスターが住み着いてるんだ」


「人肉を好むアイアンイーター、ですか」


「っ、店主は物知りだな」


「私、朝から夕方にかけては冒険者として行動してますので」


「それはまた……ハード、だな?」


偶に見かけるものの、冒険者として活動しながら、他の職に就いている者は珍しい。


「好きでやってますので。ただ……一応冒険者として活動してますので、人肉を好むアイアンイーターがどれ程恐ろしい存在かは、ある程度解ります」


「解って、くれるか……っと、湿っぽい話ばかりするのもあれだな。そうだな……まずは一杯、店主のお任せで頼んでも良いか」


「かしこまりました。それでは、カクテルが出来上がるまでの間、料理メニューの欄をご覧になっていてください」


言われた通り、男は料理メニューが記載されている欄に目を向け……その多さに驚きながらも、まずはドリアを頼もうと決めた。


「お待たせしました、カルアミルクでございます」


「……お任せでと言っておいてあれだが、そんなに弱そうに見えるか?」


「いえ、寧ろそれなりにアルコールに耐性ある方かと。ただ、いきなり度数が高いカクテルを呑むのは勿体ないかと。加えて……お客様は、非常にお疲れの様ですので、甘さを摂取すれば、幾分楽になるかと思いまして」


「甘さ、か……つまらない質問をしてしまったな。気遣い、感謝するよ、店主。っと、こいつを頼んでも良いか?」


「ドリアですね。かしこまりました」


スプーンでかき混ぜ、カルアミルクを一口呑む。


(…………まだ若いのに、バーテンダーとしての雰囲気を持ってるな、この兄ちゃんは)


若者にサラッと自分の内側を見抜かれた事に思うところはあるが、丁寧な言葉遣いもあって、今はその優しさが嬉しく思う。


「実はな……この街の治める貴族の、次期当主の奴とは顔馴染みっつ~か、腐れ縁みたいな感じなんだよ」


「それはなんと言いますか、奇跡的な巡り合わせ、と言ったところでしょうか」


「その通りだ。別に運命とか、そんな大層なもんじゃねぇ。本当に偶々出会って、偶々仲良くなって……今でも酒を呑む仲が続いてる」


次期当主と仲良し。

そんな事を誰かに伝える時は、一般的には自慢げに語ってしまうものだが、今の男からは悲しさが漂っていた。


「そいつには、弟がいるんだ。騎士としてこの領地で活動してるんだが、この前部下たち一緒にアイアンイーターの討伐に向かったんだ」


「……一市民としては、嬉しいと言いますか、好感が持てますね」


「一応騎士の仕事でもあるからな。ただ、討伐は失敗した。部下たちは数人食われ、あいつの弟も片腕を食い千切られた」


騎士、兵士である以上、真正面の敵と戦うことには慣れている。

左右に動かれても、うっかり後ろを取られてしまっても……そういった状況を踏まえて訓練を行っている。


しかし、下から……上から襲われた時の対処と言うのは、訓練では出来ない。


どれだけ平民での戦いに優れていても、敵のフィールドだけが縦横無尽となっては……達人も素人に変わってしまう。


「仇を取ってやりたいと泣いてたよ……でも、あいつは動けない」


「次期当主という立場であれば、致し方ない事かと」


「俺も同じ事を言ったさ…………でも、あいつは今、自分の立場を呪ってる。それを見て、なんとかしてやりたいと思った……呑み友達としてな」


アストの見立て通り、三十代半ばの男は肉体的には全盛期を過ぎ始めたが、それでも技術までは衰えておらず、アストと同じくCランクの冒険者。


冒険者として十分成功を収めており、実力もアイアンイーターと戦うには十分。


それでも……男はの腕は、微かに震えていた。


「……店主は、過去に人肉を好む……もしくは、人間を狩ることを好むモンスターと戦ったことはあるか?」


「はい。一応経験はあります………………だからと言っては何ですが、お客様が感じている心は、解ります」


「ふふ、そうか……そうだよな。やっぱり、怖ぇよな」


男の言葉に、アストは小さく頷き、その経験を思い出す。

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