第66話 今度は親子で
「店主、今日も美味かった」
注文したカクテルと料理を全て呑み、食べ終えたラムスは……懐から硬貨を一枚取り出した。
「っ!!!??? お、お客様。さすがにその……サービスが過ぎると言いますか」
国王であるラムスがテーブルに置いた硬貨は、金貨ではなく白金貨。
アストはラムスと近衛騎士が注文したメニューは全て覚えており、自身が設定したカクテルや料理の料金も覚えており、既に脳内で計算は済んでいた。
それなりに量を頼んだため、金貨は確実に必要である。
しかし、絶対に白金貨は必要ない。
それは間違いないのだが、ラムスは返金を受け取るつもりはなかった。
「本当に美味かった。加えて、あれだ……店主は私の息子を守るだけではなく、色々と気を利かせてくれたそうじゃないか」
「それが自分の仕事だったと言いますか」
「ふふ、馬鹿共を捕えてくれたことを忘れたのか?」
ラムスの言う通り、冒険者として雇われたアストの基本的な仕事はマティアスに危害を加えようとする輩の排除である。
襲撃してきた黒装束の真っ黒連中は殺しこそすれ、わざわざとらえる必要はなかった。
「それは……咄嗟に判断したと言いますか」
「咄嗟に判断したとしても、そう簡単に実行出来ることではない。これは、そういった部分の感謝も含んでいる」
「……ありがとう、ございます」
これ以上「いや」「やはり」「決して大したことでは」といった言葉を口にするのは、失礼になってしまうと思い、アストは大人しく白金貨を受け取った。
「店主よ、今度は……先になると思うが、今度は子も連れてきて構わないか?」
「えぇ、勿論です。またのご来店をお待ちしております」
二人が見えなくなるまで、アストは深々と頭を下げ続けた。
「……陛下、本当にスカウトしなくてもよろしかったのですか?」
「ふっふっふ、やはりお主にそう思わせる逸材か」
「あらゆる面を含め、是非とも手の届く範囲に置いておくべきかと」
近衛騎士の男は、決して常に平民を見下すタイプではないが、それでもアストという平民が持つ力等に関しては驚かざるを得なかった。
「共に護衛していた者たちも、同じことを思っただろうな……しかし、あの店主は……店主だからこそ、あそこまで興味深い人物になった」
「…………冒険者とバーテンダーという職に就いているからこそ、ただ仕事をこなす以上の成果を上げることが出来ると」
「まぁ、そういう事だな。ここで無理に私たちが彼をスカウトすれば、それは店主がこれ以上成長する機会を奪うことに繋がってしまう」
近衛騎士の男は既に三十を越えており、後進の育成に時間を使う機会もある。
その為あの店主から……若者から、成長の機会を奪うという行為は避けたいという思いが生まれた。
「……できれば、国内のみで活動してほしい、というのも私たちの身勝手な要求ですね」
「解っているじゃないか。確かに店主はこの国に生まれたものだが、彼が属している組織は冒険者であり……移動可能な城を持っている」
移動するバー。
ラムスもその話を聞いたときは、自分の耳を疑った。
そして耳に入った噂を眼のあたりにした時、自分の視界に映る光景を疑った。
(いったいどんなスキル、力を持っているのか気になるところだが…………こういった考えも、捨てねばな)
これからも、店主と客として接していきたい。
行き過ぎた詮索はその関係を崩すことになりかねない。
「とはいえ、この国が故郷ということに変わりはない。我が国がピンチの時には、力になってくれるだろう」
今のところ、他国と戦争する予定は欠片もない。
しかし、ラムスはこれまでの人生経験から、予想外……イレギュラーといった最悪は予期せず降りかかってくると理解している。
(冒険者として頼る分には、問題無いだろう)
そう、彼の本業はバーテンダーではあるが、副業として冒険者活動を行っている。
であれば、依頼人として冒険者に依頼することは、全くもって屁理屈や暴論ではなく、至極当然の事であった。
「……立場を考えれば当然なのかもしれないけど、本当に太っ腹だったな」
注文したカクテルや料理の料金以上の額を支払う客は、これまで一人もいなかった訳ではない。
主にアストより歳上の者が客として訪れた場合、気前よくチップだと言って額以上の料金を払うことがあった。
しかし……チップも含めて、白金貨を支払た客はこれまでに一人もいなかった。
(確かに殺すんじゃなくて、捕らえたのは評価されるべき点かもしれないけど…………いや、これ以上俺一人であれこれ考えても仕方ないか)
食器を洗いながら、アストは王都に到着するまでの仕事ぶりを振り返り……良くやったと、自分で自分の事を褒めた。
自分にとってはそこまで評価されることではないと思っても、関係者が心の底から評価してくれたといった例は、これまで決して少なくない。
謙虚過ぎるのも良くはないと思いつつも……だからといって、今後アストの謙虚さが
薄れることはあり得なかった。
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