第65話 誰が決める?
「店主よ、このカクテルを頼む」
「かしこまりました」
既に国王であるラムスと付き添いの近衛騎士が呑んで食って話してを始めてから、既に一時間近くが経過していた。
様々な度数のカクテルを、吞んでおり……中には三十度以上のカクテルもあった。
しかし、二人ともほんの少し頬が赤くなっているだけで、全く酔っている様子は見当たらない。
(……もしかして、わざとか?)
そんなラムスが注文したカクテルは……アレキサンダー。
材料はブランデー二十、クリーム・ド・カカオ二十、生クリーム二十。
そしてナツメグという香辛料を適量。
ブランデー、クリーム・ド・カカオと生クリームの三点と氷をシェーカーに入れ、シェイク。
シェイクを終え、カクテルグラスに全て注ぎ……最後にナツメグをまぶす。
「おまたせしました。アレキサンダーでございます」
「うむ…………ブランデーの芳醇な香り、加えて……甘さが混ざっているか?」
考察を楽しみながらも、呑めば解るという酒飲みの本能に駆られ、まずは一口。
「ふむ、予想以上に甘いな。ただ……重さを感じつつも甘い。しかし、くどくないな…………ふふ、悪くない」
個人的に、ラムスはカクテルに甘さは合わないという考えを持っていたが、アレキサンダーを堪能するうちに、その考えも薄れていった。
「……すまない、私も同じものを」
「かしこまりました」
ラムスが美味そうに呑む姿を見てしまい……近衛騎士の男も思わず注文。
「っ、なるほど。確かに重さはあっても、くどくない甘さがある……呑みやすいカクテルだ」
「ありがとうございます。ただ、呑み過ぎ注意のカクテルではありますが」
「? ……あぁ、なるほど。そういうことか」
吞みやすいということは、ついつい自身の酔い具合など無視して呑んでしまうことが珍しくない。
二人とも既に三十度以上のカクテルを呑んでおり、今更二十度ほどのカクテルで直ぐに酔い潰れることはないが……それでも、そろそろ黄色信号が見えてくる。
「…………生きるというのは、難しいな」
突然の呟きに、アストと近衛騎士も下手にツッコまず、続きを待つ。
「今回の件……身内を疑わなければならない」
「…………」
「王としての務めを果たしてきたつもりだが、やはり手が届かないところがあり、全てを征することは出来ない」
アストは軽くではあるものの、ラムスの武勇伝を耳にしたことがある。
政治、外交に長けているだけではなく、戦闘者としても優れた実力を有し……過去にはBランクのモンスターだけではなく……Aランクという正真正銘の化物を討伐した功績も有している。
まさに、文武共に優れた王である。
本来彼を守る近衛騎士や宮廷魔術師たちの心労は置いておき、見事な活躍を果たしたのは間違いない。
遠に肉体的な意味での全盛期は過ぎているが、未だ強者としての格は衰えてはいない。
「……完璧とは、難しいな」
「そうですね。完璧とは、もうこれ以上ない究極の極致…………言い換えれば、そこに達してしまうと、これ以上の成長はないとも言えます」
「ほぅ……」
アストの言葉に、ラムスだけではなく近衛騎士も一旦アレキサンダーが入ったグラスを置き、真剣に耳を傾けた。
「私も、お客様たちにより良いカクテルを、料理をと研鑽を積んでいますが……完璧という言葉の背中が見えることはなく、正解という答えすら見つからない日々の連続です」
「……まだ二十を越えてない店主にこんな事を言うのは少しおかしいかもしれないが、これほどの腕前を持ちながら、自身のことをまだ未熟だと」
「えぇ、その通りです。勿論、お客様たちが自分が作ったカクテルを、料理を褒めてくれるのは本当に嬉しく、励みになります。しかし……何かを目指し、歩み続ける以上、それが完璧だと……究極だと教えてくれる人はいません」
酒の神や料理の神から「お前の腕前は超一流だ!!!!」と言われれば話は別かもしれないが、そもそもそんな言葉が聞こえた場合……アストは速攻で幻聴だと切り捨ててしまう。
「なるほど。一理ある……どころか、色々と納得させられてしまうな。だが、自分より優れた人物から認められることは、悪くないことではないか?」
「勿論です。確かな目標を持って前に進み続けていたとしても、いつかは限界が来てしまいます。だからこそ、努力を……結果を認め、評価してくれる者は非常に有難い存在です。ただ、人によってはそこで満足してしまい、それ以上前に進むことを諦めてしまうかもしれません。自分の中で、もうこれ以上はない完璧だと認めてしまえば……」
「…………目指したい。目指したくはあるが、そこがゴールだと決めてしまえば、己の限界を決めてしまう、か……店主にも、経験があるのか?」
「改めて伝えておきますが、私はまだまだ若輩者です。副業はともかく、本業の方に
終わりはありません」
完璧……完全無欠。
アレキサンダーの様にそこに到達できればと、一種の甘さを感じさせる言葉ではあるが、それは幻想的であるからかもしれない。
しかし、だからこそ追い求め続ける価値が、ロマンがあると……バカな者たちは口にし……歩むことを止めない。
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