第50話 恥ではない

「そういえば、アストからこいつらに良いアドバイスとかないか?」


「……冒険者として、ですよね」


「おぅ、勿論。多分、話聞いた限りアストの方が先輩っぽいからさ」


(そうなのかもしれないけど、戦闘者という面だけを考えれば、俺よりもフランツさんの方が先輩だと思うんだが……まぁ良いか)


あのアストからのアドバイスを聞けるかもしれないと思った三人の表情が非常にキラキラしていることもあり、先輩らしいアドバイスをしようとほんの少し考え込む。


「……そうですね。一番重要なのは、生き残ることかな」


「い、生き残ることっすか」


「うん。勿論対峙したモンスター、盗賊を殺して倒せれば一番良いのは解ってる。でも、対峙した相手に絶対に勝てるって保証はないだろ」


おそらく勝てないであろう強敵との遭遇。

それはルーキー三人だけではなく、フランツの記憶にも強く残っていた。


「死ねば、そこで終わってしまう。強敵を倒して強くなることは大事ではあると思うけど、生き延びればチャンスはある。その為に、勝てないであろう強敵と対峙してしまった際に逃走できる術を持ってると良いかな」


「………………アストさんも、逃げたことがあるんすか」


「あるよ。そりゃあ、一人だけ逃げたら同業者たちの命が、とかの場面では腹くくって挑むけど、ソロで行動したりしてる時は、当然の様に逃げたことがあるよ」


ルーキー三人の為に嘘を付いた、のではなく、本当にアストはこれまでに何度か戦闘を選ばず、逃走を選択したことがある。


その話を聞いた三人の顔に……逃走とは、本当に悪い選択肢ではない? といった安心感が生まれた。


「頑張って上を目指してる人の前でこんな事を言うのはあれだけど、俺の本業はバーテンダーっていうのもあって、それを続ける為にもやっぱり戦闘で死にたくはない」


「っ…………ぼ、冒険者も死んじまったら、上を目指すもクソもないっすもんね」


「おっ、理解が早くて助かるよ。こういう話すると、大抵は反論されるからさ」


冒険者は面子を重要視する職業という一面もあるため、他人のそういった逃走劇をバカにする者も決して少なくない。


だが、ルーキー三人は……実際のところ、そんな弱気な姿勢でも良いのかという思いも心の中にあったが、それでも必死でアストのアドバイスを理解しようという気持ちの方が勝っていた。


「多分、騎士たちでも反論するな!」


「元騎士の方の前でこんな事を言うのはあれですけど、容易に想像出来てしまいます」


「あっはっは!!!! そうだろうな! 俺だって同じだよ」


「フランツさんも、アストさんと同じ様な考えなんすか?」


彼等もフランツが元騎士という経歴を知っている。

そのため、アストの考えに賛同してる姿に疑問を感じた。


「俺も若い頃は、どれだけ敵が強敵であっても、決して背中を見せてはならない!!! って考えを持ってたな。つっても、そうしなきゃならない場面はあった。それでも……そういった意志、姿勢は持ち続けてた。でもな……隊長っていう立場に上り詰めてからは、だんだん考えが変わってきた」


立場が人を変えるというのは少々大袈裟だが、それでも自然と考え方が変わったのは事実。


「隊長という立場に就いたから、単純に部下たちには生き残って欲しいっていう気持ちが芽生えただけかもしれないがな」


「良い隊長じゃないですか。あんまりぶっこんで話し過ぎるのはあれですけど、世の中そこまで部下の事を大切に思ってない人もいますからね」


「ん~~~~~……元騎士としては、あまり大ぴらには言えないが……まっ!! 世の中良い奴だけではないのは確かだな!!!」


答えを言ってる様なものだが、この場には元騎士は居ても貴族出身の者はいないため、全員大なり小なり笑ってしまう。


「っと、少し話が逸れたな。俺としては、敵を倒す力も大事だが、生き延びる力の方が重要度は高いと思う。これから冒険者として活動していくなら、そこら辺を忘れないようにすると良い。逃げることは、恥ではないからな」


「アストの言う通りだぞ、お前ら。騎士が戦略的撤退とか、そんな言葉を使うんだ。同じくモンスターや盗賊とか戦う冒険者が逃げたって悪いわけないだろ」


フランツの言葉に、またルーキーたちは笑いながら良い笑顔を浮かべる。


「っと、どうやらお客さんが来たみたいだな。狙っているモンスターじゃないが、どうする」


今回受けた依頼は、グレーウルフの毛皮を五体分納品するという内容。


現在アストたちに狙いを定めたモンスターはオーク。

Dランクの豚人間。

ある程度鈍間ではあるが、そのパワーは決して馬鹿に出来ない、性欲だけはウサギなモンスター。


「フランツさん、アストさん。俺たちだけで戦っても良いっすか」


「良いぞ!! 存分に戦ってみろ!!」


「分かった。周囲の警戒をしておくから、安心して戦ってくれ」


「あざっす!!! 行くぞ、お前ら!!!」


「うん!!!!」


「二人共、あんまり前に前に出過ぎないでよ!!!!」


数分という時間がかかったものの、三人は見事オークを討伐。

三人の内、誰も大怪我を負うことはなかったため、大勝利と言える結果を収めた。


しかし……この後、目当てのグレーウルフを探して探して探し続けるも、その日のうちに見つかることはなかった。

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