第48話 悪い事ではない
「えっと……その、もしかしてフランツさんの元同僚の方、でしょうか?」
「っ!!?? フランツを知っているのか!!!」
「は、はい。以前お客様として店に来ていただいたので」
いきなり立ち上がり、何故それを知っているのかと尋ねたルンバートに対してアストは平静を装って答えた。
「そ、そうだったか……すまない。いきなり立ち上がってしまって」
「いえいえ。驚く何かは、いつどこから来るのか解かりませんので」
冒険者としても活動しているアストにとっては、いきなりイレギュラーが襲来してくることなど、そこまで珍しい事ではなかった。
「本当に済まない………………っ、ところで。あいつは元気にしていたか?」
「そうですね……ベテラン、元教師らしい悩み方もしていましたが、非常に冒険者としての活動を楽しんでいるかと」
あれ以降、冒険者ギルド内でも偶にフランツの姿を見かけていたアスト。
その際、いつ見かけても楽し気に同じ冒険者たちと会話していた。
「……ルンバート様は、フランツさんが冒険者に転職することに反対だったのですね」
「副業で冒険者として活動しているマスターの前でこんな事を良くないとは解っているのだが……俺は、反対だった…………すまない、同じものをもう一杯頂いても良いか」
「かしこまりました」
いきなり話を中断したりはしない。
ここからいっきに語りたい事を全て話すからこそ……アルコールの力を借りたかった。
「っ、はぁ~~~~…………あいつとは、同じ学園で出会ったんだ」
長く長くなりそうな昔語りが始まったが、アストはこういった流れに関しても慣れている為、嫌な顔することなく聞き続けた。
「平民にも強い者がいるとは解っていたが……フランツはそれだけではなかった。天然のリーダー気質を持っていた、と言うべきか。立場など関係無く、同世代の者たちを纏めて導ける単純ではない強さを持っていたんだ」
「過去に、隊を率いて戦っていた時期もあるとお聞きしています」
「その通りだ…………二人で共に騎士から教師になったことに関しては、特に深く悲しい何かがあった訳ではない。ただ、もう自分たちの後釜になるであろう者たちも成長していた……互いに、後進を育成することにやりがいを感じるようになり、丁度良いタイミングで誘いを受けたんだ」
「まさに同期、同僚という関係が続いたのですね」
「あぁ、そうだ。言葉にするのは恥ずかしいが…………俺はフランツを、親友だと思っている」
確かに恥ずかしさもあるだろう。
だが、実際にルンバートが口にした言葉には、間違いなくフランツに対する信頼が含まれていた。
アストから見て、とても頬ましく……羨ましいと思える関係であった。
「しかし……いきなり俺は冒険者になると言いだしたんだ。いや、昔からある程度興味を持っている事は知っていた。それでも、騎士になる上での……なってからの苦労を知っている奴だ。このまま定年まで、共に後進を育てていくものだと思っていた」
裏切られた、それは大袈裟が過ぎるかもしれない。
ただ自分が大き過ぎる期待を寄せていただけであり、実際問題フランツが裏切った訳ではない。
それが解らないルンバートではなかったが、それでも思うところがあり、多少の口論に発展してしまった。
「……感情とは、難しいな。戦場ではただ冷静に戦況を観通し、激情も内に秘めながら戦えば良かった。だが、プライベートでは……抑えきれなかった」
「まだ若輩の身ではありますが、人生とはそういったものかと」
「…………ふふ、マスターの言葉には重みがあるな」
「光栄です。ただ……一つ、感情の落としどころとなるアドバイスとしては、喧嘩をすることは決して悪い事ではないかと」
アストの言葉に、少し酔いが回り始めたルンバ―トは首を傾げ、疑問を頭の上に浮かべる。
「互いに譲れないことがあるからこそ、本気でぶつかり合って、喧嘩してしまう。それ自体は致し方ない……というよりも、寧ろ当然の事かと」
「ふむ。本気でぶつかり合うことが、寧ろ当然、か……」
偉そうに語るアストだが、実際のところ……これまで友人と言える人物と前世も含め、一度も本気でぶつかったことがない。
ただ……とある漫画から得た教訓を伝えているだけである。
「お互いに本気の考えを、気持ちをぶつけたからこそ、喧嘩というものが起きる。そして、互いのことをより深く知れるようになる」
「………………そうだな。落ち着いて考えれば、まだ終わった訳ではない。ただ……」
酔いが彼の気持ちを弱くしたのか……フランツと仲直り出来る気がしない。
そんな思いがハッキリと顔に書かれていた。
「……ルンバ―ト様。どうしようも出来ない。もうここから何をしても、足掻いても無駄かもしれない……そういった時に勇気、勇敢さが必要かと、私は思います」
先程までは偉大なカラスの言葉を借りたが、これは紛れもなく……アスト(錬)のこれまでの人生経験から得た姿勢だった。
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