第45話 聞き覚えがある

「生まれた立場、環境が逆に、か…………こういうのを、耳が痛いって言うのか?」


「私個人の感想ですので、私の言葉が正しいとは言えませんが」


「あぁ、大丈夫だ。俺らからマスターにアドバイスを求めたんだ。あんたに対して感謝こそしても、怒ったりしないって。そんなことすれば、カインにぶった斬られるしな」


「良く解ってるじゃないか。私も、友人は斬りたくはない」


酒が入っている状態だからこそ零れた冗談……ではない事を友人たちは直ぐに察した。

そしてそういった言葉に込められた感情を察するのが上手いアストも、カインの言葉に嘘がないことを察し……どう反応して良いのか解らなくなった。


「へっへっへ。お前にも、感謝こそしても恨む筋合いはねぇって解ってる。こんな美味い酒と料理が食える店に連れてきてくれたんだからな」


「光栄でございます」


貴族であれば、高級……という言葉が付く料理を今まで何度も何度も食べてきた。


当然、それらの料理は一流のシェフが一級品の素材を使っているため、不味い訳がない。

しかし……何故か、アストが作るカクテルから、料理からはそれらの料理とは、そもそも土俵が違う美味さを感じた。


「いや、なんつ~か……マスターと話してると、溜まってた疲れが抜けるわ」


「僕も同じ感覚だね」


「私もですね。もしかしてマスターさんは、その様なスキルでも持ってるのですか?」


「いえ、そういったスキルは持っていません」


自分の店で、自分と話すことで客が疲れが癒えていくのを感じる。


それは店主であるアストにとって本当に嬉しく、最高の褒め言葉ではあるが……言葉で人を癒す様な特殊なスキルは持っていない。


「ぶっちゃけ、通えるなら毎日通いたいぜ」


「ふふ、私も同じ気持ちですよ。しかし、それは無理なんだ」


「ん? なんで無理なんだよ、カイン。そりゃ俺らだって偶に課題が出るし、マスターは冒険者として活動してるんだから、店を出さない日はあるだろうけど」


「私の説明を忘れたのか? マスターは、同業者の怒りを買わないよう、常に街から街へ移動している。この街に滞在するのも……あと数週間ほど、でしょうか」


「それぐらいは予定しております」


「……マジ、ですか」


「マジでございます」


大柄の学生だけではなく、他の二人も同じく決して小さくない衝撃を受けていた。


「う、恨みを買うって……どういうことなんですか」


「もう一度、メニュー表を見て頂けるとお解りになるかと」


言われた通り、三人はメニュー表を細かく見た。


「っ、なるほど。そういった理由でしたか」


一人の学生が直ぐにアストが街から街へ移動する期間がかなり短いのか、直ぐに解った。


「あっ」


「っ!!! …………あぁ~~~、なるほどな。俺らにとっては嬉しいけど、そうか……そうだな。同業者からすれば、恨み言の一つや二つ呟きたくもなるか」


メニュー表には直ぐ隣に値段が書かれている。

仮に商売の知識がなくとも、店で食事をしたことがある者であれば、その差に気付かない訳がない。


(よくよく見りゃあ、料理の種類も半端じゃねぇ。カクテルの種類だけでもびっくりだってのに、料理もこんだけありゃあな)


大柄な学生はあからさまに肩を落とした。


「それに、マスターは多くの街を周り、多くの客と関わりながらバーテンダーと活動する。そういった方針で活動されている」


「……………………いっそ、俺も冒険者になるか」


「「「っ!!!???」」」


男の言葉に、カインを含めた三人が驚きの表情を浮かべ……ちょっと面白い顔になっていた。


「本気で、言ってるのかい?」


「……超本気ってわけじゃねぇよ」


この男はそれなりに良い家の令息ということもあり、幼い頃から騎士になる為の訓練を何年も受けてきた。


そんな彼が……百パーセント本気ではなくとも、何割かは本音で呟いたのである。

カインたちにとって、大き過ぎる衝撃であった。


「つか、お前ら驚き過ぎだ」


「お、驚くなっていう方が無理に決まってるじゃない」


「その通りですよ。心臓が止まるかと思いました」


「私も同じだ。いきなりビックリさせないでほしい」


「そんなつもりはなかったんだけどな。つかよ、俺らの学園にだって、転職して冒険者になった人がいるだろ」


(……転職して冒険者になった?)


学生の言葉を聞き、脳裏にとある人物が頭の中に浮かぶ。


「それはそうだが……あの人は、夢を追った。素敵な事だとは思うが、本当に珍しい例だ」


「はっはっは!!! 確かにな。学園の教師っていう安定して良い金が入ってくる職を捨てて冒険者っていう夢を追ったんだからなぁ…………ちょっとバカだろとは思ったが、男としてはカッコ良さすら感じだ」


「……あの、お客様たちが話している教師から冒険者に転職した方は、もしやフランツさんという方でしょうか」


「「「「っ!!!???」」」」


今度は大柄の男子学生も含め、面白い具合に表情が崩れながら驚いた。

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