第44話 余裕の有無

「いらっしゃいませ。おっ、来てくれたんですね」


「勿論、約束しましたから」


目的の得物、エイジグリズリーの肉を手に入れてから数日後、フランツが学友たちを連れてミーティアにやって来た。


「ここが、屋台バー……な、なんかすげぇな」


これまで屋台はいくらでも見てきた。

しかし、バーとして機能する屋台……そんな物は見たことがなく、彼らの驚き具合にほんの少し機嫌が良くなるアスト。


「お客様、こちらがメニュー表になります」


「ありがとうございます」


メニュー表を受け取ったフランツ以外の三人は……メニューの多さに再度驚かされる。


「マスター、私はとりあえずソルティドッグを」


「かしこまりました」


さすがにこのメニューの数は見栄が入っているのでは? と疑いの気持ちを持った三人だが、フランツはチラッとメニュー表を見て直ぐに一杯目を決めた。


(……マジで、これだけのカクテルや料理を作れるのかよ?)


まだ驚きが消えない。

それでも彼らはとりあえず聞いたことがあるカクテルを頼んだ。


「オークの肉のピザもお願いします」


「かしこまりました」


アストはキリが良いタイミングでピザ作りに移り、あっという間に準備を整え……残っていたカクテル作りに戻る。


「……美味いっすね」


「ありがとうございます」


「一応フランツが聞いてたんすけど、なんて言うか……あんたは、いや、マスターは凄いっすね」


カクテルを作れて、一流と言える料理の腕を持ち、冒険者としても活動している…………その説明を聞いた時、フランツの学友たちは「さすがに盛り過ぎでは?」と口には出さなかったが、心の中で呟いた。


しかし……目の前で自分たちが殆ど戦力にならなかったBランククラスにまで成長したエイジグリズリーを結果的に一人で倒した。


そして今、目の前で四人が注文したカクテルとピザを流れるような動きで、止まることなく作り上げた。

彼等の中に料理等を趣味としている者はいない。


それでも、雰囲気で解るところがあった。


「ありがとうございます。とはいえ、自分は恵まれていました。だからこそ、今があります」


相変わらずここでも謙虚な姿勢。


だが……恵まれているのは、彼らも同じだった。

貴族に生まれた……それぞれの家に事情はあれど、それだけで恵まれていることに変わりはない。


毎日三食食べられ、教育を受けることができる。


その自覚がある彼らだからこそ、アストの謙虚な姿勢に……身勝手だと解っているが、思うところがあった。


「……マスターは、どう頑張って来たのか窺っても良いですか」


「えぇ、勿論です。とはいえ、お客様方が望む答えではないかもしれませんが……私は、今現在副業として冒険者活動を行っていましたが、まずはそこで一定の活躍をするのが最初の目標でした」


アストが授かった唯一無二のスキル、カクテルとネットスーパー。


カクテルだけであれば、体や魔力量が成長すればするほど使える技が増えていくが、ネットスーパーに関しては……どうしてもこの世界のお金が必要である。


前世の知識を活かして、という方法もあるにはあるが、アストは貴族や豪商の生まれではなく、ただの平民。

後ろ盾もない状態で派手に稼げば、色々と身に危険が迫る。


香辛料などの取引に関しても、あまりにも派手に動き過ぎれば目立ち過ぎてしまうため、それで稼げるにも限度がある。


なのでどうしてもまずは、冒険者として稼いで成功する必要があった。


「その為に、強くなることだけに集中していました。勿論、家の畑仕事を手伝いながらにはなりますが」


「そ、その心構え? で、あれほどの強さを?」


「……心構えもあるかもしれませんし。しかし、私はお客様たちにそれがないとは思いません」


今は店主という立場で、客が貴族だからという理由でおべっかを使っているのではない。


あまり長くは見ていないが、フランツ以外の三人も並ではない訓練を積んできたのが解る強さを持っているとアストは感じていた。


「ただ……私は、そこを目指すしかなかった。這い上がるという言葉は少し違うかもしれませんが、何が何でも上ろうと思いながら幼い頃を過ごしていました…………この様な事をお客様たちに伝えるのは失礼なのは承知していますが、私たち平民とは違い、お客様たちは……生きることに対して、余裕を持っていたでしょう」


生きることに、余裕を持っていた。


この言葉の意味を理解するのに、彼らはほんの少し、時間が必要だった。


「私は村出身の平民でしたので、冬に入る前にはある程度の備えを用意する必要がありました」


生き残ることに限れば、アストのネットスーパーがあれば問題無いように思えるが、購入するにはこの世界の金が必要になる。


村で生活している間に、ネットスーパーが力を発揮することはなかった。


「生き続けることに、それなりの危機感がずっと付いて回っていました。そんな中で目標の為に強さを求め続けてきた……そういった点が、私とお客様たちとの違いかと」


傲慢で短気な貴族であれば、納得出来ずに癇癪を起していたかもしれない。


だが、三人はフランツと同じく正しき心を持って騎士を目指す者たち。

苦い顔を浮かべながらも……その差を飲み込める心を持っていた。

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