第10話 最終話

 ※ベリスフォード王太子殿下視点



「ベリスフォードのすばらしい魔法を、国じゅうの貴族たちに披露する場を設ける必要があるわ。王都のコロッセウムで『魔法闘技祭』を開催しましょう。平民の入場も許し、大勢の民に王太子としての大いなる力を披露しなさい」


 母上の喜びで上気した頬は、ほんのりとピンクに染まっていた。火魔法の上位魔法を自由自在に操れる私のことを民たちに自慢したくてたまらなかったのだ。


「優秀な魔法を使える者たちを戦わせ、最も力の強い者を決めるイベントにする。ベリスフォードは、他の者たちと同じ条件で戦い、己の偉大さを見せつけるのだ」


「なるほど、それは楽しそうですね。格の違いを思い知らせてやりますよっ!」


 わくわくするぞ。このとんでもなく素晴らしい魔法を大衆の前で自慢でき、さらには思う存分戦えるなんて。魔法格闘祭では手加減せずに思いっきり戦って良いことになっている。そこで命を落とす者がいても、お祭りのイベントで死者が出るのは当然と考えられていた。危険なお祭りは他にもたくさんある。闘牛祭りや坂を滑り落ちる大木に乗る祭りとかね。それと同じことだ。


「なんだよ? 弱すぎだろ。その筋肉隆々の身体は見かけ倒しだなぁ。とどめに業火の炎をお見舞いしてやるよぉおお」


 最初の対戦相手に大やけどを負わせ、二人目、三人目と瀕死になるまで痛めつけた。


 あっは! 虫けらをいたぶるって最高の気分だよ。これこそ、王者の特権だ! 私は最強で最高に美しい。楽しくて踊り出しそうなぐらい、気持ちが高揚していた。


「うわっぁーー。人間ってえぐいな。勝負はついているのに、死にそうになるまで痛めつける必要ってあるのかい。悪趣味にも程がある。これじゃぁ、弱い者虐めだ」


 10歳ぐらいの子供が独り言をつぶやきながら、コロッセウムの中央までやって来た。黒い髪は陽光の下で艶やかに輝き、その瞳はルビーよりも美しい。顔立ちも可愛らしく、およそこのような場に立つには相応しくない容姿だった。


「子供がこのような場に立つな!  魔法格闘祭は神聖な儀式として位置づけられ、参加者たちは神々の戦いを模倣し、彼らの名誉を称えることが期待されているのだ。戦いにおいて命を落とすことは名誉ある死だぞ」


「そうか。だったら、私も参加させてくれ。思いっきりやって良いんだよね?」


 その子供は両手を天に掲げ、その掌から紅蓮の炎が巨大な渦を描きながら湧き出す。その瞬間、周囲の空気が一瞬にして高温になり、その場に立つ者たちは炎の力に圧倒された。


「我が力、炎の輝きよ。この地に宿る烈火、我が意志に従え!」


 炎の渦が彼の周りに螺旋を描き、次第に巨大な炎の柱へと昇華した。その炎は彼の全身を包み込み、彼の眼光は灼熱の炎のように輝きを増す。


 そして、一振りの手の動きで、彼はその巨大な炎を前方に放ち、私を焼き尽くす灼熱の波動を巻き起こそうとした。


「灼熱の業焔、その炎は死をも焼き尽くす。覚悟せよ、我が前に立つ者よ!」 


 炎の波動がゆっくりと進むにつれて、周囲の風景は灼熱の炎に呑まれ、その破壊的な力に抗うことは不可能だと悟る。


「まっ、待て、待て、待て! 人間の力とは思えない。こんな魔法はあり得ない。おかしいよ。これはお祭りで本気で戦ってはいけない場所だ。王太子を焼き殺すなんて大罪人になるぞ」


「言っていることが矛盾している。さきほど、お前はこの戦いで亡くなるのは栄誉ある死だと言った。だから、私が直々に栄誉ある死を賜ってやろう。魔王から直々に裁かれるのだぞ。感謝しろ」


 この子供が魔王? 嘘だ、なんで私を殺そうとするんだ? 


「やめろ! そんなことをしたら妖精王が怒るぞ。そうさ、私と妖精王は友人なのだ。ついこないだも、楽しく会話をし親交を深めた仲なんだ!」


 そこにポワンと現れたのがキラキラ輝く羽を持つ妖精たちだった。


「ばーか! 妖精王様があんたなんかと友人なわけがないじゃない」

「ホントに嘘つきだな。魔王様、もうこいつは話せないようにした方が良いよ。碌なこと言わないもん」

「そうよ、そうよ。嘘つきは炎でこんがり焼かれちゃえ!」


「あぁ、だよね。それじゃぁ、コロッセウムの貴賓席に座っている国王夫妻と一緒にこんがり焼くかな。私はパンやクッキーを焼くほうが好きなのだがね。灼熱の業焔よ、あの者たちの罪の数だけ焼き尽くせ!」


「や、やめろぉおおーー」


 私の身体があっという間に炎に飲み込まれ、父上や母上も同じく炎に包まれたのが見えた。生きたまま焼かれる苦痛に、全身でのたうちまわる。


 痛い、熱い、苦しい・・・・・・なぜ、今死ななければならない? せっかく、大いなる魔法を得たのに・・・・・・


「カトリーヌから全部の魔力を奪ったからよ」

「そうだよ。欲張りすぎたんだよ」

「嘘ばかりつくからよ」


 あぁ、カトリーヌのせいなのか。くっそ! 別のやつから魔法を奪えば良かったのかな? いや、違う。元々は私を魔力ゼロで生んだのは母上だ。母上と父上のせいだ。私の意識はそこで途切れたのだった。



 ※王妃視点


 コロッセウムで華々しい活躍を見せるベリスフォードをうっとりとした眼差しで見守っていた。カトリーヌから奪った火魔法は素晴らしくて、誰にも負けない。

 

 嬉々として対戦相手を潰していくベリスフォードの逞しいこと。我が息子ながら惚れ惚れするわ。ところが、一人の子供が現れて、ベリスフォードに人間離れした魔法を放つ。妖精まで出てきて、なにがなにやらわからなかった。

 それに数日前から喉が痛くて声が出ない。


「愚かな王妃。あなたは魔王様に裁かれるのよ。優しい魔王様を騙したでしょう?」

「魔王様の指輪を悪用するからバチが当たったのよ」

「カトリーヌはね、世界樹の葉を食べたから、もう人間じゃなくなったよ」

「そう、不老不死になったから、ずっと僕たちといられるんだ」


 うるさい小生意気な妖精たちめ! 振り払おうとしたけれど、巨大な炎の塊がこちらにまっすぐ飛んでくるのが見えた。

 すでにベリスフォードは炎にのまれ絶叫していた。せっかくベリスフォードの晴れ舞台だったのに、可哀想に。そして、私にも恐ろしく熱い灼熱地獄が襲ってくるのだった。


 ぎゃぁあああーー! 助けて、助けてよ。こんな最期は嫌よ。だって、私は王妃なのよ? 痛い、熱い、こんなはずじゃなかった。こんな死に方は納得できない。 






 ※国王視点



 カトリーヌを見つけたことは僥倖だった。モクレール侯爵家の家出をした令嬢の娘なら、有力な後見人もいなければ、なんなら伯父夫妻からは厄介者扱いをされていた。


 つまりはこの世からいなくなっても、誰も悲しむ者がいない都合の良い令嬢で、おまけに膨大な魔力量を保持していた。まずはカトリーヌを安心させて、ベリスフォードの婚約者にした。魔力を奪う対象を探していた儂たちにとっては、天使か女神のように思えた。


 魔王からもらった指輪は大切に保管してあった。今こそ、それを使うべきだと、王妃と一緒に祝い酒を飲んだものだ。悪いことなどした覚えはない。大事な息子のために、できることをしただけだ。


 だが、今、その報いを受けるべき巨大な炎の塊が儂に向かってきていた。


「魔王に100人奴隷をあげるべきだった。50人の奴隷では腹がいっぱいにならなかったに違いない」


 儂のつぶやきを小さな声が笑う。


「ばーか。違うよ、魔王様は人間なんて食べないよ。大好物は甘い物で、いつもジャムとか煮ているんだよ。魔族って妖精より優しいのを知らないの?」


「そうよ。もう少ししたら赤い服を着て白い付けひげをつけた魔王様は、空飛ぶトナカイに乗って、子供たちにプレゼントを配るんだから」


 巨大な炎の塊に飲み込まれながら、儂は苦痛の叫びをあげる。


 ぎゃぁあああーー! 魔王なら魔王らしくしろぉおおーー! 




 ※視点かわり、ヒロイン視点に戻ります。




 今の私は魔王様のお城に住んでいます。妖精王様から世界樹の葉をいただき永遠の命を得た私は、人間界に戻ることはありませんでした。


 魔王様のお城には50人のメイドがいて、それぞれ魔族の夫を持ち、お城で働いていました。その人達をとりまとめるメイド長として働くことになったのです。


「カトリーヌは働かなくて良いのよ。魔王様のお嫁さんになればいいわ」

「違うよ。カトリーヌは妖精王様のお嫁さんになるんだよ」


 妖精たちが朗らかに笑いながら冗談ばかりを言います。私のような者がお二人のお嫁さんになれるはずがありません。ですが、このお二人の側にいると心が安まり、ほのぼのとした気持ちになるのです。


 「カトリーヌ。アップルパイを焼いたから一緒に食べよう!」


 魔王様はとても優しくてお料理上手です。おやつの時間にはいつも私を誘ってくださいますし、私たちはいつも一緒に食事をします。魔族の方たちもとても優しいし、妖精王様と妖精は毎日遊びに来るのです。


「魔王様。ずっとここにいて良いのですよね?」

「もちろんだとも。ずっとここで私の側にいなさい。カトリーヌが来てから毎日が楽しい」 


 やっと、私の居場所ができました。それがなにより嬉しかったのです。私はここに来られて、とても幸せなのでした。

「ほぉ、魔王妃が決まったな。結婚式はいつにする? カトリーヌ、魔王に飽きたら俺のところに来てもいいぞ!」


 妖精王様も冗談が過ぎます。妖精たちもキャッキャッとはしゃいでいるなか、翌日からウエディングドレスの仮縫いが始まるのでした。


 え! 冗談じゃなかったんだぁーー! 


 





 完



 ※俯瞰視点(おまけ)




 奇妙な次元に閉じ込められた水晶の中に、魔王の魔法により小さく縮まったベリスフォードと国王夫妻が、永遠の時間をリープする中で罪を償っていた。水晶の内部は無限の複製された風景で満ち、その中央には燃え盛る炎の柱がそびえている。


 時間のループが始まると、ベリスフォードたちは小さな姿で炎の中に放り込まれ、その痛みと苦しみを味わうこととなる。彼らはその炎の中で繰り返し燃え尽き、新たな時間が始まると再び同じ運命が繰り返されるのだ。


「人間の王族よ。反省と改心をせよ。さすれば、このループは断ち切られ、新しい未来に繋がるだろう」


 魔王が声をかけるが、ベリスフォードらは悪態をつくばかりだった。ベリスフォードたちが反省と改心をすれば時間のループは止まり、水晶の中で元の大きさに戻るようになっていた。炎の中で焼かれることから解放された彼らは、新しい未来に生き返り魔王の魔法の影響を免れることになるのだ。


「こいつらは永遠に改心しそうもないなぁ」


 水晶をコロンと厨房の隅に転がすと、魔王はオレンジマーマレードを煮始めたのだった。





 

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