第9話 邪悪な王族 可愛い妖精の世界 意外な魔王
私は地下牢に入れられ、やがて国王夫妻が怒りで顔を歪ませながら、地下牢の鉄格子の前に立ちました。
「お前はベリスフォードに、妖精の秘境に行き世界樹の葉を盗んで来るように縋ったらしいわね? ベリスフォードは妖精王の怒りを買い、大変な目にあうところだったのよ」
「お前など始めから魔力を奪うための道具だったのだ。情け深い儂の息子の優しい心につけこむとは、なんて卑怯な女だ!」
国王夫妻が私を、全く身の覚えのないことで責めました。
「ベリスフォード王太子殿下にそのようなお願いなどしたことはありません。妖精の秘境には世界樹があると聞いたことがありますが、そのようなものを欲しいなどと思ったこともありません」
国王陛下夫妻が首を傾げながら、私を睨み付けます。王妃殿下の瞳には暗い闇が宿っていました。
「それはそれでまずいわね。お前は余計なことを話してはいけません。ベリスフォードにお願いをしたのはお前よ。妖精をほしがったのもお前! 『闇の中で、静寂の底に、口を閉ざせ! 声を奪い、煙に纏われよ。封印!』」
王妃殿下が不気味な呪文を唱えると、私の喉が締め付けられたように苦しくなり、声をだすことができなくなりました。私は話せなくなったのです。あの優しかった王妃殿下が、このような邪悪な魔法の使い手だったとは知りませんでした。かつての王妃殿下は偽りの姿で、こちらが本当の姿だったのです。
国王陛下は私に「魔法を奪うための道具」だとおっしゃいました。その言葉に合点がいって、私はベリスフォード王太子殿下に魔力を奪われたのだと気づきます。
私が話せなくなったタイミングで、ベリスフォード王太子殿下が見たこともないほどの美貌の男性と姿を現しました。
「妖精王様。こいつが罪人のカトリーヌです。お前が私に妖精の秘境に行ってほしいと願い出たのだよな?」
声が出ないのでベリスフォード王太子殿下の言葉を否定することもできず、一方的に罪人に仕立て上げられたのです。その男性はじっと私を見つめています。
「確かにこの女は世界樹の葉が必要なほど弱っている。しかし、妖精の秘境から人間がそれを持ち出すことは、断固として戒められる禁忌である。人間には与えられた寿命があるのだ。世界樹の葉はあらゆる病気を治し不老不死となるもの。人間界の秩序が失われてしまうではないか!」
「おっしゃる通りですとも。全てはこのカトリーヌの罪でございます」
王妃殿下が恭しく妖精王様にカーテシーをしました。
「この女は俺が連れて帰る」
「どうぞ、あちらで厳しい処罰をなさってください」
嬉々とした王妃殿下の声を後にして、私はこの美しい方と妖精の秘境に連れてこられたのでした。
☆彡 ★彡
「さて、あの者たちが言うように、お前が王子に世界樹の葉を欲しいとねだったのか?」
妖精の秘境の奥深くに、妖精王様のお城はありました。透明なクリスタルのような建物で、太陽の光が反射してきらきらと輝いています。建物の外側には複雑な妖精の彫刻が施され、その彫刻たちは優雅に舞い踊るかのように見えます。
庭園はまるで色とりどりの花が踊るような光景で、繊細な花が風に揺れ、その香りが空気を満たしています。中央には美しい世界樹がそびえ立ち、その枝には光り輝く葉が茂ります。世界樹の葉の上では妖精たちが寛いでおり、可愛いカップでお茶を飲む妖精や、本を読んでいるような妖精もいました。
周りの景色に見とれて返事をすることもできないでいると、妖精たちが寄ってきて、私の頭や肩にとまります。
「この人間は好きだな」
「そうよね、悪い子じゃないわ」
「妖精王様、この女の子には呪いの魔法がふたつかけられているよ」
妖精たちは妖精王様に可愛い声で、私のことが好きだと言ってくれるのです。
「ふむ。そのようだな。人間の王族たちは妖精を騙すことができると思っている愚か者ばかりだ。一つは声を奪う魔法か。稚拙な魔法だ。『言葉を閉ざした者よ、囁きの中で迷え! 運命に逆らいし糸を紡ぎ、カトリーヌの声を奪った者よ! 呪い返しの報復を受けよ』」
締め付けられていた喉が解放され、私は再び話せるようになりました。
「世界樹の葉をねだるなど、そのようなだいそれたことをお願いするわけがありません。もし、仮にねだったとして、私の願いを聞いて妖精の秘境に行ってくださるほど、私はベリスフォード王太子殿下に愛されておりません」
「だよね。あいつは僕らをペットにしたいって呟いてたよ」
「ベリスフォードって奴、絶対悪い奴だもん」
「見ただけでわかるよね。心が真っ暗だよ」
妖精たちがベリスフォード王太子殿下の印象を語っていきます。直感で人間の本質を見抜けるようでした。
「カトリーヌの寿命はもう残り少ない。さきほどの声を奪う呪いも負担になっていた。このままだと、あと二、三日の命といったところだ」
「かわいそう」
「酷いよ」
「妖精王様、なんとかしてよ」
「世界樹の葉を煎じて飲ませても、その力はカトリーヌのものにはならない。どうやら魔王の魔力が込められた指輪とカトリーヌが繋がれているようだ」
「魔王様。おバカだから人間に騙された?」
「あの人、お人好しだから、きっと適当なことを言われたのよ」
「魔王様がまたやらかしたw」
魔王様って、もっと怖いイメージなのに、おバカって・・・・・・
☆彡 ★彡
魔王様の城は暗黒の闇に包まれ、断崖絶壁にそびえ立つ巨大な石の塔でした。その城壁は黒い岩石で築かれ、荒涼とした雰囲気を漂わせています。城の中庭には灼熱の溶岩が湧き出し、膨大な魔力が空気を満たしていました。
城門は巨大な鉄の扉で覆われ、その表面には魔法陣が刻まれています。門をくぐり抜けた先に広がる通路は狭く、壁からは血のようなどろりとした液体が流れていました。
「今日はイチゴジャムだね」
「ホントだわ。甘さ控えめで美味しい! 魔王様、薄切りのパンも出してよ」
一緒について来た妖精の願いどおりに、ポワンと焼きたてのパンケーキが現れました。妖精サイズの小さなお皿に可愛く盛り付けられています。
「魔王様、ありがとう! パンケーキのほうがずっと美味しいものね」
「でもさ、魔王様。壁にジャムは流さない方が良いよ。どうせなら中庭の溶岩をオレンジマーマレードにして」
「あれは溶岩じゃないよ。トマトソースで今夜の夕食になるんだよ。オレンジマーマレードの池を作ったら、もっと遊びに来てくれる?」
パンケーキの次に現れたのが10歳くらいの可愛い男の子でした。妖精たちはこの男の子に向かって魔王様と呼びかけているのでした。
魔王様のイメージがまるで崩れた瞬間でした。
「魔王。その子供の擬態はやめてくれないか? ここにいるカトリーヌが混乱している。お前、人間に魔法の指輪を渡しただろう? その犠牲になったのがカトリーヌだ。いったい、なぜ人間などに指輪をやったのだ?」
10歳くらいの男の子は、長身でがっしりとした厳つい男性の姿に変わりました。着ている服は漆黒の闇を思わせる色合いで、まっすぐの黒髪は長く、赤い瞳はらんらんと輝いています。魔王様のイメージにぴったりで、なんだか私もホッとします。
残忍そうな顔つきですが、妖精たちに「パンケーキのお代わりはいるか」と尋ねているところを見ると、優しい魔王様のようです。
「魔力が暴走するくらい膨大な力があって困っている者から、魔力がなくて困っている者に少しだけ魔力を移したいと言われたんだ。泣きながら頼むし、メイドを50人もくれたからあげたのさ。ちょうど、屋敷を掃除する者がほしかったし、独身の魔族も多いからお見合いさせたりしたよ。魔族は男が余っているからね」
魔王様は善意からその指輪をあげたようでした。私と妖精王様が今までの経緯を話すと、魔王様が怒りに身体を震わせます。
「つまり、私は騙されたということかな? 人間の分際で魔王を騙すなんて許せないな。魔法の指輪とカトリーヌの繋がりを今すぐ断ち切ろう」
複雑な呪文を唱え終えた魔王様は、爽やかな笑顔でさらに言葉を紡ぎます。
「あの王族、滅ぼしちゃっていいかな?」
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