053 エピローグ 前 あるいは新しい世界へようこそ


 それは語るべきこともない戦いだった。

 魔王を頭とした大軍勢。最強の魔族たる魔人種族とそれに率いられた他種族の連合。

 夜の王国に所属する九種族のうち、七種族による大攻勢が吸血鬼領へと仕掛けられようとしていた。

 戦いさえ始まれば鎧袖一触。軍に満ちた勝勢の気配は止めようもなく溢れ出ていた。

 それで? この軍はそれで終わりである。

 なぜなら戦闘開始前の魔王の挨拶の場にクリスタルが現れ、攻撃を開始したから。

 影がまるで檻のように展開する。ぐるぐると刃状になった影が軍勢を回転刃で粉微塵にし、魔族たちは次々と殺されていく。

 反撃もあった。雷、炎、闇、氷。様々な魔法が放たれ影の刃を、檻を破壊しようとした。

 だが無駄だった。

 壊しても再生する影の檻を破壊しきることはできず。

 そして雪崩のように発生し続ける影の魔法によって、戦力たる高位魔族が串刺しにされ続け、軍は終わっていった。

 魔王ですら、クリスタルを何度も殺したが偏在によるクリスタルの複数参戦によって、膨大なHPを削り取られ、終わっていった。

 ゆえに結末は語るべきこともなく、ただ単純な結果を出力して終わる。


 ――東京における夜の王国内戦は開戦することなく即日終了し、掃討戦へと移っていく。


 クリスタルが魔王の首を頭上に掲げ、勝利を宣言すると魔王領を始めとした東京都内の反クリスタル勢力の支配地域に吸血鬼と妖怪の混成軍が突入していった。


                ◇◆◇◆◇


 東京都の魔族支配領域。夜の王国。

 そこはもちろん廃墟でもなんでもなく、高層ビルが立ち並び、経済活動がなされ、警察、消防、病院、学校なども存在する場所だ。

 地上は整備され、きちんとした車道や歩道なども存在していた。

 街の中には吸血鬼やその奴隷や家畜である人間たちが営む店やマンションなどが立ち並んでいる。コンビニすら出店されていた。

 未だ早朝のために吸血鬼は歩いていないが、吸血鬼に支配された人間たちが日常生活を営んでいた。

 そんな魔族の街を転生者にしてカオスオーダーであるむっちーが歩いていた。

 吸血鬼の偽装はしていない。

 人間の姿だが、首から紐でさげている識別用のカードが彼の身元を証明しているため、彼が魔族に襲われることはない。

 識別カードには銀嶺公主ムラサメ契約のカオスオーダーと本名である宗像茂蔵。年齢12歳。性別男。あとは血液型だの死亡時の死体の扱いだのが印字されていた。

 そんなむっちーは新聞片手に立ち止まった。

 口からはコンビニで買い求めたその新聞の記事を読んでのため息が漏れる。

「はぁ、どうなってしまうんだぁ……これから」

 状況が混沌とし、未来がわからなくなったため息は深い。

 とはいえそんなため息を吐いたところで力も意思も持っていなければ意味はない。

 そしてそんな力なき主人を呆れたように見る視線が二組ある。

 むっちーの足元にいる二頭の犬から向けられたものだ。

 一頭はむっちーの契約犬であるRキャラ『名犬ラッキー』。ゲーム本編には登場していないコーギー犬だ。小さな身体ではっは、と息も荒く、立ち止まったむっちーの握るリードを引っ張って先へ先へ進もうとしている。

 もう一頭はむっちーが参加した夜の王国内戦任務、その吸血鬼側の援軍報酬として、カオスオーダーの魔法刻印システムがくれたガチャチケットから出てきたキャラクターだ。

 SRキャラ『探索犬スタウト』。ラッキーと同じ『東京路地裏アニマルズ』所属のドーベルマンだ。

(ガチャで出たのはまた犬だったし。SSRの美少女とか出てほしいんだけど)

 そもそも原作に出ていないキャラクターだ。レア度こそ高いがイベントの起点にならない以上、むっちーからすればそんなに嬉しい存在でもない。

(まぁ、イベントの起点問題も解決したんだけど……)

 アレは解決したと言っていいのか、という気分のむっちー。

 そんな主人に呆れた気分を向けるスタウトはそれでも周囲の警戒を緩めず、しかし主人との散歩が楽しいのか、むっちーの握るリードをずるずると強靭な力で引っ張っていた。

 ラッキーよりもレベルは低いが、能力は高い契約犬。抗うにもいまだ少年のむっちーでは全力でリードを引っ張り返すしかない。

 それでも結局のところ、犬の力に負けてしまうから負け惜しみのように犬たちを罵倒する。

「あー、もう! 待てよ! もうちょっとゆっくり歩けよ! バカ犬ども!」

 大人の精神を持っているものの、むっちーはまだまだ男児でしかない。

 バカ犬と呼ばれたせいか、馬鹿にしたように主人を見るスタウトと、バカ犬の顔でむっちーを引きずり倒そうとするラッキー。

 むっちーは今日も今日とて契約キャラクターとの交流を地道に行っている。

 そんなむっちーが小さな腕に抱える新聞には大きな文字で書かれた見出しがある。

 『魔王殺しのクリスタル・ブラッドプール。吸血鬼、妖怪種族以外の全魔族の絶滅宣言をSNSに投稿』

 『大聖女アリス。教会内部の綱紀粛正のため、教会関係者を破門。対象者は一万人以上の規模になる見込み』


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:東京路地裏アニマルズ

 東京五大勢力所属のマッドサイエンティストやスラムの狂科学者などが作り出した魔法刻印付きの実験動物たちが、実験施設より逃げ出し、路地裏でサバイバルをするうちに特別賢い一頭のゴリラによって自然と率いられ、作り出された戦闘集団。

 所属している動物は施設から脱走したり、そんな脱走した動物を狩るために放たれたが説得されて寝返った動物だったり、あるいは金持ちが飼育していた違法なペットだったり、生まれつき魔法刻印を持っている特別な動物だったりと多種多様である。

 そんな彼らは魔法刻印を持っているせいか戦闘員としてはそれなりに優秀で、スラムに逃げ込んだ犯罪者やヤクの売人、ヤクザなどを襲って生活している。


                ◇◆◇◆◇


 東京都。夜の王国の支配領域に存在する高層ビルの一つにクリスタル・ブラッドプールの偏在体の一つがいた。

 東京の夜景を真下に見える高層階に存在する偏在体の手にあるのは、先日始まった内戦の最初の戦闘で殺害した、魔王やその側近たちが持っていたレガリアだ。

 卵型のそれを手に取り、目を眇めて価値を検分し、ひとつひとつ丁寧にクリーナーを塗布した絹布で磨いたあと、綺麗な布で改めて全体を拭ったクリスタルは、自分で作った赤い羅紗を張った黒檀のケースにレガリアを次々と収めていく。

「くふふ。それが魔王が持っていたレガリアかえ?」

 そんなクリスタルに涼やかだが、どこかクリスタルを見定めようかといった意図の込められた声が掛けられる。

 しかしクリスタルはそんな声の持ち主の方向を見ずに、手元のレガリアに視線を向けていた。

「そうよ? 私には使えないけど、強力な力が籠もっているわ」

 魔王のレガリアは残念なことに、魔人種専用のレガリアだったために種族吸血鬼であるクリスタルには使えない。

 とはいえそれは不思議なことではない。

 クリスタルが父親から手に入れたブラッドプールの家宝のレガリアも種族吸血鬼にしか使えないものだからだ。

 レガリアとて万能の装備ではない。中には種族限定のものもある。

 だが、そういったものほど種族専用のスキルを強力に強化するものとして強者からは重宝される傾向にあった。

「そのケースの中身だけで、国家が3つぐらい買えるのではないかえ?」

「そうなの? 興味ないわ」

 とはいえ、先の宣戦布告に対して応戦したときの最初の戦闘で魔王を含む強者を狩りまくったことで自らの強さを実感しているクリスタルからすればこんな玩具に今の自分の力を強める効果はなさそうに思えた。

 ここ数世紀の間、魔族の間で最強の王として君臨し、人間勢力との間に均衡を作り出していた魔王グラビティ・ソウルスティールですら、一夜のうちにクリスタルは狩り殺してしまえるのだから。


 ――クリスタルの強さの源は偏在ではなく、影の魔法の巧みさにある。


 偏在による無敵があっても、攻撃能力が低ければ魔王は殺せない。

 聖女アレクサンドラが人類への憎悪を心に溜め込みながらレイドボスにならないのはそのためだ。あの少女には広域の人類を殲滅する能力はあっても、レイドボスを狩れるような強者を殺せるほどの能力はない。

 無論、クリスタルのように聖女が持つ邪悪特攻が突き刺さる相手ならばどうとでもなるのだが……一般の強者には無力なのが今のアレクサンドラだった。

 刻印深度Ⅴの強者ですら殺せる自信を持つクリスタルにとって、多少強い程度のレガリアなどなんの興味も浮かばないものだ。

 その証拠にブラッドプールの家宝のレガリアですら、クリスタルは黒檀のケースに収めてしまっている。

 このケースが埋まったら、セイメイに渡すのだとウキウキしてしまうぐらいに、クリスタルはレガリアに興味がない。

「それで何か要件? 援軍の報酬なら渡したでしょう?」

 援軍といってもクリスタルが強者を刈ったあとの草刈りをクリスタルは吸血鬼や妖怪勢力にやらせていた。

 草刈り――具体的に言えば、追撃や民間人の捕獲などだ。

 他種族なんて、生かしておいても敵に回るだけである。

 経済だけなら残った奴隷や家畜の人間を使った方が楽。そういった考えでクリスタルは占領地の魔族たちを配下や協力者たちへの褒美として与えていた。

「うむ。それはな、今後の妾たち妖怪と、お主たち吸血鬼の関係を――」

 父親が使っていた執務机を使い、自分の身長よりも巨大なビジネスチェアにちょこんと尻を下ろしていたクリスタルが視線を向けた先には、巨大な執務室の中央に置かれたソファーに腰掛けた客人・・の姿がある。


 ――銀嶺公主。妖狐ムラサメ。


 九本の尻尾を持った、銀の毛を持つ狐の妖怪。華美な和装を身にまとった美女だ。

 彼女こそは夜の王国の九人いた領主トップの一人。妖怪勢力を代表する強者でもあった。

 そして彼女は魔王の吸血鬼への宣戦布告と共に、吸血鬼側についた唯一の魔族勢力でもある。

 クリスタルに逆らわなかった。クリスタルが妖怪を生かしたのはそれだけが理由である。

 逆に言えば、それだけしか今のクリスタルには他者を生かす理由がない。

(あーあ、こいつのレガリアも手に入れれば……9つ揃うのに。予定が狂ったわ)

 客人を殺すのは下品だから手を出さないが、ぽっかりと黒檀のケースに空いた一つの穴を恨めしそうにクリスタルは眺める。

 夜の王国の九領主のうち、七領主を先日の戦いでクリスタルは討ち取っていた。そして吸血鬼勢力の父親のものを加えれば手に入った魔族系列の最上級レガリアは8つ。

 美しい色ガラスでできたような卵型の力の塊。それを横目に、クリスタルは机の上に広げてあった新聞記事に視線を向ける。

 魔王の首を掲げたクリスタルが人々に向けて宣言をする写真がそこにはあった。

 『魔王殺しのクリスタル・ブラッドプール。吸血鬼、妖怪種族以外の全魔族の絶滅宣言をSNSに投稿』

 それは九種族では多すぎるから、ちょっと減らそう、という程度の軽い気持ちからの発言だった。

 ついでに、自分に逆らったらどうなるのか配下に知らせてやりたい気分もあった。

(その結果がこれか……ま、ちょうどいいわ)

 内政を任せているアイオライトからは欧州にあるブラッドプール本家に魔人たちが攻め込んでいるとの報告もあったため、偏在の一つを向かわせ敵勢力の中の強者の刈り取りを行なっている。

(ここまで強くなると、刻印深度Ⅳ程度でも私の経験にはならない)

 魔王ですら、ちょっと強い敵と戦った程度の感触だった。当たり前だ。必ず勝てる相手と戦ってどうして経験になるのか。

 ついでに強い相手と戦えばアイオライトたちも刻印深度上昇が起こるかもしれないという親切心もクリスタルは発揮していた。

 クリスタルによる経験値稼ぎ、魔族内内戦とはつまるところそういうことだ。

 そして戦いも東京で行われるものよりも、そのあとに自分たちの本当の領地で行われるものの方が重要。

 その証拠に、敗北した魔族たちの本拠地たるユーラシア大陸では東京で行われた戦争の結果などどうでもいいとばかりに魔族たちによる大戦が起ころうとしていた。

 最強の魔王とて、戦力として数えるならば一人の人間、一つの方面軍の長でしかない。

 彼が敗れたからといって魔族全体が負けたわけではないのだから。

「――それで、協力者たちによる会合を開きたいと……その、真祖殿の、本当の主殿を迎えて、だな」

 目の前の九尾が媚びを売ったような視線を向けてくる。

 しかしクリスタルは視線を向けずにどうしようかと考えていた。

それ・・、どう思う?」

 それ、と問われてムラサメは困惑しながらクリスタルが再び、それと視線を向けた先にあったものを見る。

 自分が座すソファー、その前の置かれた足の低い、よく磨かれた黒の長テーブルの上に置かれた和菓子だ。

 手を付けてなかったそれを上品につまんで口に入れたムラサメはよく味わってから、傍に置かれていたお茶をずず・・とすする。

「ふむ。美味ですの。どの店の品でしょう?」

「私が作ったのよ」

 クリスタルは言いながら立ち上がった。そうして初めてムラサメへと視線を向けた。

 びくり、と九尾の狐の尻尾が震える。刻印深度Ⅴの魔王ですら滅ぼした強者の視線だ。

「いいわ。お前のような美食家でも満足する味ならば、セイメイを呼ぶのに相応しい」

 クリスタル・ブラッドプール。

 その偏在体のうち数名は、魔族領内にある料理教室や理髪店などで様々な技術を学んでいた。


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2025年1月13日 10:00

テイマー転生 ー俺がテイムした女児たちがなぜか世界を滅ぼそうとする件について 止流うず @uzu0007

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