050 虚偽看破


 TIPS:虚偽看破

 虚偽看破というスキルが存在する。

 聖女の虚偽感知とは違い、それは視覚や嗅覚、触覚などに影響を与えない。

 自動発動するわけではない、任意で発動をオンオフできる代物。

 ただ嘘を見抜くだけのスキル。

 そういう代物が、魔法刻印内には存在する。


                ◇◆◇◆◇


「ッ――ッ、ああぁぁッ!」

 隠し部屋にいたくすんだ銀灰の長い髪に、淀んだ灰色の瞳をした美女。

 大聖女アリスの高い精神ステータスと使命感はセイメイが持つ魅力、あるいは自身の四千年の願いが果たされた感慨すらもねじ伏せた。

「まだ、まだ本当にそうだとは……!」

 座り込んで祈ってしまっていた姿勢から立ち上がる。

 今この瞬間に生まれた隙を人類絶滅級のレイドボスや王級の邪神が見ていたら、即座にアリスは殺されていただろう。

 この大聖女にして、一分の時間も忘我に追い込むだけの存在。セイメイ。セイメイ! セイメイ様……ッッ!!

「あ、ありえないわ。こんなの。こんなの」

 アリスは自分が見たものが信じられず、セイメイを鑑定する。

 それは第五特性を得るに至った、人界に現出した邪神にすら通じる鑑定無効貫通に隠密鑑定を持つ鑑定スキルだ。

 あの少年が王級の邪神であっても通じる代物。

 なぜあんなものがいるのか。

 どうして虚偽感知が働かないのか。

 まさか聖女たちを籠絡するためにアリスの知らない権能を持つ邪神が降臨したのか。

 しかし、そうではなかった。

 セイメイは真実人間であった。人間でしかなかった。

「ま、まさかそういうことなの? だから、だから……う、うぇあぁ」

 アリスは膝をついていた。そうして頭を抱えてしまう。

 自分が到達した理解に感情が追いつかなかったのだ。

 カオスオーダーの詳細鑑定に匹敵する鑑定スキルはセイメイの全てを丸裸にした。


 ――アリスは、理解した。してしまった。


 聖女たちが真に味方するべき者。

 自分たちが真に待っていた者。

 自分のような、後天的に担わされたものではない。真の世界救済を担う者のことを。

 廃女神シズラスガトムが認める・・・者が何なのかを理解したのだ。

 しかしセイメイは真の聖剣を持つ真の勇者ではない。

 真の世界救済を担う者ではないのだ。

 そう、それはアリスの鑑定無効すら貫通する詳細鑑定が保証していた。

 だが、だからこそわかる。セイメイがただの人間だからこそ。理解した。

 自分がいままで行っていた試みがどうして無駄だったのか。

 聖女の虚偽感知がどういう代物だったのか。

 そしてセイメイだけが、どうして虚偽感知の判定から逃れ得るのか。

「うぁぁ……きょ、虚偽感知は、嘘なんか見抜いてなかった」

 真実を知り、混乱するアリス。だがその高い知能は正確に情報を精査し続ける。脳が魂に理解を押し付けてくる。

 ならば虚偽感知は何を感知していたのか。

 アリスはセイメイの鑑定情報の何を知ったことでそれを理解したのか。

 つまりセイメイは生まれながらにしての――


                ◇◆◇◆◇


 こほん、とセイメイは喉の調子を整えて、聖女アレクサンドラの耳元に唇を寄せ、囁くようにしてそれを言った。

「好きだよ。サーシャ」


 ――瞬間、アレクサンドラは脳が溶けたと思った。


 実際に脳は溶けていない。だがそれに匹敵する衝撃ダメージをアレクサンドラは至近距離で喰らっていた。

「う、うぁ」

 口が半開きになってよだれがこぼれた。全く想定していなかった衝撃だった。

 それもそうである。以前に彼女がその声を聞いたのはセイメイがステータスの魅力値を上げる前だ。

 しかも彼女は意図的に精神抵抗を0にしている。テイムされているから0も同然だが、同然と0は全く違う。慣れのような惰性で発揮される精神耐性もこの世界には存在するのだ。

 サーシャはそんな慣れすら意図的にオフにした無防備な状態だった。

 そこに魅力60の隷属主のイケボがくれば、ぷつん、と脳の中の重要な回路が焼き切れるのも当然だった。

「せ、せいめい、くん」

 ガクガクと膝が震え、セイメイに向かって体重を預けてしまうアレクサンドラ。

 HP継続回復の権能を持つ日輪の加護を常に自分に使っていなければ即死していただろう快感で動けなくなってしまう。

 そんなアレクサンドラに向かってセイメイは大げさすぎると呆れながら続けて言葉を紡ぐ。


「サーシャは可愛い」「サーシャは頑張ってる」「サーシャ好きだよ」「サーシャ」「サーシャはとても頑張り屋だ」「生まれてきてありがとう」「サーシャの髪の毛はサラサラで綺麗だな」「サーシャは頭もいい」「サーシャ」「サーシャ好きだよ」


 セリフ自体はセイメイがその場で考えただけの月並みなものだ。同じ言葉を連呼もしている。

 だがびくん、びくん、とセイメイに体を預けながらアレクサンドラは死にそうなほどの快楽に震えていた。

(死――脳が、溶け――し、しぬ。しんぢゃう)

 精神は常に絶頂を繰り返し、体から嫌な汗が滲み出てくる。快楽で殺される。快感で殺される。

 気軽に頼んだことを後悔しつつ、だがこの快感で死ねるならば本望かもしれないなんて思いながら――ついでに、セイメイのコートの影に潜伏しているクリスタルの強い殺意に晒されながら、聖女たちが自分を見て羨ましがっているだろうことに優越感を感じながら。

 嗚呼、嗚呼! このまま死ねたなら、きっとどれだけ幸せなのか。

 いや、きっと死ぬだろう。命数があることが残念でならなかった。このままセイメイに殺されながら永遠に終われることができたなら、きっと自分がこの命が尽きることを後悔することなく幸福に逝けるに違いない。

 聖女どもへの報復は中途半端になるかもしれないが、この幸福に浸されたまま死ねるなら、今ここで死んでもいい。


 そんなアレクサンドラの幸福は――突然終わる。


「サーシャ。サーシャ――」

 びくんびくん震えるアレクサンドラを見て楽しくなっていたのだろう。当初の目的を忘れてアレクサンドラの耳元に全力のイケメンボイスを流し込むだけの機械と化していたセイメイは、それを見て、言葉に困ったような顔をした。

「セイメイ様」

 くすんだ銀灰の長い髪に、淀んだ灰色の瞳をした美女がセイメイに向かって跪いていた。

 どうやって出現したのかは、この場の誰もがわからなかった。


                ◇◆◇◆◇


「な、あ……!? アリス様!?」

 聖女クラスの担当の司祭はその女の出現に心臓が飛び出るほどの驚愕を受けていた。

 この朝のミサでの聖女アレクサンドラに対する聖女たちのいじめは驚いたが、まだなんとか許容できた。

 最高の聖女の魔法刻印を持つからといって、最近の無法ぶりは目に余ったし、お灸をすえる意味でも聖女たちが聖女アレクサンドラを攻撃してくれるのは都合がよかったからだ。

 しかしそのあとのセイメイという少年の出現。

 次元魔法対策は十分にとれていたはずなのに、簡単に魔導具を破壊して侵入してきたとんでもない不埒者。

 つまみ出す必要があるのに、この司祭は動けなかった。

 この司祭とて聖女たちがそれぞれに持つ固有の自動反撃などに対抗するために、高い精神ステータスを持っている。

 だがその精神耐性を貫くほどの高魅力ステータスをセイメイという少年が備えていたからにほかならない。

 それに動けなかったのには、もうひとつ理由がある。

 セイメイの傍に近寄れば絶対に死ぬという、感知ステータスが教えてくる謎の直感。

「だが……だがッ! なぜ!!」

 ゆえに警備の騎士は呼んである。

 あとはそれらと協力してセイメイを倒すなり殺すなり捕縛すればいいだけだというのに。

 司祭の頭は混乱で満ちている。わからない。わからなかった。

「なぜ、アリス様! 貴女がッ!!」

 教会の象徴にして創始者にして神より直接魔法刻印を賜った人類国家全てが認めた偉大なる聖人が、セイメイに跪き、あろうことか、様をつけて呼ぶのか。

 司祭には理解ができなかった。

 そして理解ができなかったがゆえに、彼は大聖女の意識の端にも、その存在が引っかかることはなかった。

 生涯に渡って、ずっと。

 永遠に。



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