045 クリスタルの帰還 その3
TIPS:人類最後の夜
オーダー名:夜明けを掴み取れ
レイドボス名:クリスタル・ブラッドプール
階級:人類絶滅級
制限時間:夜が訪れる、そのときまで
制限人数:なし
クリア条件:レイドボス『
戦闘詳細:
人類の全戦力を結集し、クリスタル・ブラッドプールを死体にするも、
クリスタルが持つスキル『偏在』によってクリスタルは幾度も幾度も復活し、人類は勝利すること叶わなかった。
時間内にすべての偏在を滅ぼすことはできず、また発見しきることも不可能であった。
夜の訪れと共に、夜の帳に包まれた地域の人類すべての口腔内の影を利用して影が作り出され、
当該地域のすべての人類の命数が尽きるまで、口腔内から脳へ向けて影の槍が繰り出され続け、人類は敗北する。
人類の主力を殲滅したクリスタルは夜と共に星の表面を移動開始。
星の上からすべての人々がいなくなるまでそう時間はかからなかった。
結末:
人類の敗北。星の命の終わり。
家に帰ってお風呂に入ってご飯を食べて。
お布団に入って眠りましょう。
お疲れ様でした。おやすみなさい。おやすみなさい。
――route.end DeadEnd No.26『帳落ちて後、演者は皆首を吊る』
◇◆◇◆◇
「遅かったな……クリスタル。我が娘よ」
クリスタルがブラッドプール本邸の執務室に入った瞬間、その場の全員の視線がクリスタルに向けられ、父であるコンゴウ・ブラッドプール――ブラッドプール家の当主である男――から声が掛けられた。
(お父様に……八血陣が全員揃い踏み……それと……んん? なんでこいつらが?)
父の執務室は狭い部屋というわけではないが、高位吸血鬼が父を含めて九名に加え、その世話役がいると九歳児のクリスタルでも部屋を少し以上に狭く感じた。
それに加えて、客人らしき人物が二名が椅子に座っており、その背後には護衛が複数人いる。
クリスタルが客人に視線を向ければ、ぺこり、と礼儀正しく会釈をされた。
(こいつらは魔人種……確か……魔王の息子の――ええと)
客人の正体は夜の王国の同胞にして、九種族の一つである魔人種族の王たる魔王グラビティ・ソウルスティールの息子と娘だ。
名前は――と記憶を探りつつも、クリスタルは父親に向けて「ただいま帰りました。お父様」と挨拶をする。
クリスタルとコンゴウの視線が交わる。懐かしい再会――というほど時は経っていないが。
それでも父を見て、クリスタルの目から涙がこぼれた。
「……ふん、父がそんなに恋しかったか? クリスタル」
媚びたような色合いの声色。今まで感じたことのない父親の言葉にクリスタルは「……お父様」とだけ返す。
「クリスタルお嬢ちゃま、かわいい~~」
「まだまだ子供ということかな?」
「あれだけだいそれたことをしながらも、くく、変わらないな」
「おいおい、強くなったんじゃないのかぁ? あのザマでもヨツムギを殺せるんなら、アタイでも倒せたんじゃねぇかぁ?」
八血陣の中からクリスタルを煽り、侮る声が聞こえ、クリスタルは、嗚呼、と思った。
――嗚呼! 嗚呼! 本当に! 本当に!!
集まった八血陣のうち、騒いだのは四人だった。
八人の中にいたアイオライト――クリスタルが惨劇の夜に殺害した八血陣だ――は無言だ。
クリスタルがアイオライトをちらりと見てやれば、侯爵級の吸血鬼であるアイオライト・デッドリィは無言で首をふるふると振っている。
千年モノの吸血鬼が恐怖に
かわいらしくて嗤いたくなる。唇が動いている。アイオライトがクリスタルへ向けて唇の動きだけで言葉を伝えてきたのだ。
へぇ、とクリスタルは思った。わかった。こいつは
他にも八血陣の中には無言で目を閉じている三人がいる。アイオライトが
「それでクリスタル。お前がやったことについてだが、各勢力から抗議が来ている。それとお前が殺した連中が残した遺品についての引き渡しの話もだ。私としてはその話も先にしたいが……お客人もお前と話をしたいそうでな」
各勢力から抗議。なるほど、忙しいはずの八血陣が全員揃っているのはそれが理由だったのか、とクリスタルは勝手に納得を得る。
(攻め込まれそうなのかな?)
吸血鬼は強いことは強いが、他の勢力と拮抗する程度の戦力しか持っていない。学園都市である東京の全勢力から敵視されれば生存は難しいだろう。
その関係で呼ばれたのだろうか、父であるコンゴウが言うお客人にクリスタルが視線を向ければ、一人が立ち上がってクリスタルに向けて歩いてくる。
高位の魔人。クリスタルよりずっと年上の青年だ。美形で、顔は整っていた。
クリスタルにとってはセイメイの億分の一程度の魅力に過ぎなかったが、若い娘なら惚れてしまっても仕方がない程度の美貌があった。また立ち居振る舞いからも圧倒的な才覚と自信が漏れ出していた。傑物である。
「君がクリスタル嬢かい? はじめまして。私はダークネス・ソウルスティール。魔人国の王太子だ」
「ええ、存じておりますわ。そちらの――」
クリスタルが視線を向けた先には、不満顔を隠そうともしていない魔人の少女がいた。
学園のクラスメイト――同じ九歳の魔人の姫であるナイトメア・ソウルスティールだ。
「――お姫様とは顔見知りなんですの。ダークネス様については妹様より常々」
同盟勢力の王子たるダークネスに、クリスタルは肩をすくめて言った。
「妹がすまないね。クリスタル嬢。ほら、ナイトメア、失礼はやめなさい」
姫であるナイトメアは「お兄様、そのような者に対してそのように丁寧に接する必要はありませんわ」と頬を膨らませて抗議をする。
夜の王国の最大勢力の姫とはいえ、客人は客人である。当主たるコンゴウや幹部である八血陣が居並ぶ場でそのような無礼が許されるわけもない。
ただ、クリスタルは無礼を咎めずににっこりと微笑むだけにしたし、コンゴウたちも取るに足りない小娘の癇癪だと見逃した。
(魔人族の王子。
父のやりたいことがわかってくる。ああ、そういうこと。なんて茶番なんだろうか。そして娘の気持ちなど一切考えていない。
ダークネスと顔をあわせたクリスタルに向け、父たるコンゴウは言う。
「クリスタル。魔人族は今回、お前の暴挙がために怒り狂う人類勢力を掣肘するべく我々吸血鬼と今までよりも更に深い連携を、とのことだ」
言葉が軽い。軽かった。連携。つまりはそういうことか。体よく追い出すつもりだろうか。
吸血鬼が人魔両方の全勢力から睨まれることになった原因であるクリスタルを。この父は。
「その同盟締結のために、お前に、ありがたくも
やはり、とクリスタルが思えば、王子であるダークネスが「クリスタル嬢、ご不満もあろうが、ぜひ前向きに検討をしていただきたい」と年下の娘に向けるにはいささか過剰に、だけれど思いやりを込めて、優雅に振る舞って見せる。
――嗚呼! 嗚呼!! 腹の底から嗤いたくなる衝動が溢れてくるわ。
クリスタルは内心の一切を表情に表さなかった。困惑も浮かべず、にこやかに微笑みを浮かべ、顔面に貼り付けた。
魔人族はたしかに魔族たちの王国である『夜の王国』の筆頭勢力で、魔王は魔族九種族の連合である『夜の王国』の現代表だ。
その王太子であるダークネス・ソウルスティールは美男子で、刻印深度もレベルも高い。正確にはわからないが、きっとⅢはあるはずで、レベルも王子なら魔石をふんだんに使って最大の60まで上げてきているだろう。
同年代の男に比べれば、きっと途方もないほどの優良物件。
父としても、今まで冷遇してきた不出来な娘を送りつける先としては過分すぎるぐらいだと思ったに違いない。贅沢だとも。
(現魔王は、よく時流を理解しているわね)
――方法は、最悪だったけれども。
クリスタルは室内を見る。
父、コンゴウ・ブラッドプールの刻印深度はⅣ。レベルは80。
ついでにこの場にはレベルの高い使用人たちもいれば八血陣もいる。
アイオライトは深度Ⅲのレベル60だが、八血陣の中には父と同様に刻印深度Ⅳの猛者もいることだろう。
だけれど、だけれど、クリスタルはおかしくなってきて「は、はは、ははははははははははは、あはははははははははははは」と腹の底からの嗤いを抑えられなかった。
――嗚呼! 本当に! どうして、こんな!!
「クリスタル! お前! 父の話を聞いて――」
「すみません。はしたない真似をして、お父様。ですが――」
クリスタルが指をくるりと回してみせた。「あ? 何を、巫山戯て――」父が座っていた机の影から影の槍が飛び出して父親の心臓を貫いていた。
魔法には命数吸収が仕込まれていた。
そして父に向かってクリスタルの放ったオリジナル混合魔法である『散華』は、ヒットすれば複数回の攻撃を与えるために父の命数がどれだけあろうと、最後の最後まで命を削り殺す。
父の心臓を貫いた魔法が、背から薔薇の華を咲き誇らせた。血の赤に塗れた黒き影の薔薇。うっとりするほど綺麗な、命の華だ。
「が――! あ――!!」
槍によって持ち上げられ、影の華に宙吊りになった父の身体がバタバタと一瞬抵抗して、そのまま灰となって消えていく。
無様な命だったが、貴重な高位の真祖の素材である遺灰を影に飲み込ませたクリスタルは「お父様の灰、セイメイに上げたら喜んでくれるかしら」と小さく呟く。それに父はレガリアも装備していた。回収もできた。ブラッドプールの秘宝だろうか。自分に使えるかもしれない。心が高鳴った。
そうしてから室内を見て「八血陣って多いと思ってたのよ。四人ぐらいでよくない?」と先程自分を嘲笑った四人を影の槍で始末した。
四人とも、動きは鈍かった。というよりもクリスタルの動きが意味不明すぎて、攻撃の回避がどうやってもできなかった。
攻撃の発射点がわからないままに四人は攻撃を受けた。コンゴウの死を見て、警戒し、クリスタルの手元や背中の羽を注視していたのに、攻撃はクリスタルのどこからも発せられず――ただ椅子と身体の間から発生した影の槍に心臓をぶち抜かれて八血陣の四人は即死していた。回避のしようもなかった。
「は? あ? な、え?」
王子であるダークネスがクリスタルを見て、先程までの爽やかな顔を引きつらせている。そして、この場から逃げるべく執務室の扉と、背後にて怯えている妹、唖然として棒立ちの護衛たちへ視線を右往左往した。
クリスタルはそんな二人を見て「ええと、あー、そうそう。婚約でしたわね」とにっこりと笑って「心に決めた人がいますの。お断りですわ」即答した。
巨大なギロチンみたいな影の刃が部屋の物陰から射出され、王子の首が命数ごと吹き飛ぶ。遅れてパリンパリンという音。それは王子が装備していたであろう障壁の魔導具だ。小気味よい音を立てて一億以上の値で売買される貴重な魔導具が出力限界以上の衝撃で破壊される。
ころころと、床に転がった王子の首が、床から妹であるナイトメア姫を見上げている。王子は無礼ではなかったが要求が己の身の丈を越えていた。クリスタルと対峙した瞬間にそれぐらいは気づけないとダメだった。だから、ばいばい、とクリスタルは床に転がる首に向けて、にこやかに手を振ってあげた。
――涙を零して王子の首から上は
ナイトメア姫は、今の一瞬で何が起こったのか理解していないままに床に転がる兄の首と視線を合わせていた。理解は遅かった。心が拒んだのかも知れなかった。
「お、おにいさ――お兄様!? ひ、ひぃいいいいいいいい!!!???」
ナイトメア姫が叫び、床にぺたんと腰を落とす。誇大な恐怖によって腰が抜け、身動きが取れなくなったのだ。じょろじょろとその股間から水音がし、湯気が立ち上った。
同時に、姫と王子の背後に立っていた手錬れの魔人兵が姫を守るべく護衛として動こうとして、服と肌の間から影の槍が発生してクリスタルに始末される。
床にへたり込むナイトメア姫に向け、護衛の兵の血が頭から降り注ぐ。「ひ、ひあ――」壁際の吸血鬼の使用人たちが突然の凶行に狼狽えるも、ようやくクリスタルに向かって攻撃を仕掛けようとして、同じようにして始末された。
惨劇。惨劇。惨劇。子が親を殺し、妹の前で兄が殺される。絶叫もなく、悲鳴もなく、ただ死が作り出されていく。
この場の死者の敗因は、クリスタルを侮ったことだ。
クリスタルが入室した時点で、クリスタルは部屋内部に自身が纏う夜を広げていた。
ゆえにこの部屋内部ならどこからでも、誰にでも、彼女は影の魔法を放つことができていた。
「当主も当主であれば八血陣も八血陣。それに加えて当主の護衛、王子の護衛だというのに質の悪い雑魚ばかりね。落第。0点。小学生からやりなおしなさいな」
クリスタルはため息を吐く。本当になっていなかった。
こうして一勢力のトップをまとめて殺したというのに、達成感も何もなかった。ゴミを処分した程度の気持ちだ。
そうだ。部屋に入り、父を見て、クリスタルは涙が出るほどに思ったのだ。
――千年以上生きて、
悲しかった。父が。
悲しかった。父は命として終わっていた。
血吸い蛭が真祖の吸血鬼の真似事をしていた。そうだ、あんなもの吸血鬼でもなんでもない。
私は九歳で、命の
ただ生きて刻印深度Ⅳに到達した。それだけの命で、価値のない命だった。
だから終わらせてやった。
娘ならば、本当の吸血鬼ならば、あの無様な吸血鬼もどきの命を終わらせてやるのが情けというものだった。
「ひ、姫、さま」
殺すだけ殺したクリスタルに向け、アイオライトが端正な顔を恐怖に歪めつつ、声を掛けてくる。
「アイオライトね。で、私に何をくれるって?」
献上品があります、とだけ先に唇の動きで伝えてきたアイオライトは、慄える身体を抑えつけ、クリスタルの前にひざまずいた。
「これを、献上いたします」
アイオライトが差し出してきたものをクリスタルは見た。
――『わくわくヴァンパイアリゾート 一日貸切ペアチケット』
「わくわくヴァンパイアリゾート」
「わ、我が配下が運営するテーマパーク付きの高級リゾートでございます」
「一日貸切ペアチケット」
「ど、どうぞ、セイメイ様とお楽しみください」
組織の戦略について話し合っていただけに、父たちはセイメイについても情報を共有しているようだった。
クリスタルをテイムした、人間の少年のことを。
セイメイの側には偏在個体が常についている。ゆえにクリスタルは気にせずにチケットを手にとって、わぁ、と顔を輝かせた。
それは先の婚約などどうでもよくなるぐらいに素敵な献上品だった。
くく、とクリスタルはアイオライトに言う。
「アイオライト、お前とても有能じゃない。殺した八血陣どもの領地、全部お前にあげるわ」
「は――はッ! ありがたき幸せにございます」
アイオライトは喜んで見せたが、クリスタルは領地などどうでもよかった。
この世で唯一価値ある生命であるセイメイが死ねば、領地もそこで生きる命も、全て価値なきものだ。
この世のすべての命は、セイメイを主役とした劇の端役でしかない。
――ゆえにセイメイが死んだら、私が全て飲み干して終わりだわ。
こうしてクリスタル・ブラッドプールはブラッドプールのすべてを、吸血鬼という種族を掌握した。
クラスメイトのナイトメア姫は生かして帰してやる。ただし兄の首をその小さな腕に抱えさせ、歩いて家に帰らせた。
――翌日、ブラッドプールは『夜の王国』より宣戦布告を受ける。
『夜の王国』内戦の始まりであった。
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