043 クリスタルの帰還 その1


 惨劇の夜の翌日、クリスタル・ブラッドプールの偏在個体の一つは、荒野内の廃墟の一つにて、じっと自身の影から取り出したものを眺めていた。

「これは……ゴミかしらね?」

 クリスタルが指でつまんだものは、卵型のアイテムだ。

 クリスタルはゴミだと言ったもの――その正体は影の魔法でも破壊できない、『破壊不可』の属性を持つ、魔法刻印に接続できる装備品の中でも特等とされる、種別カテゴリー『レガリア』の一品であった。

 それは惨劇の夜の被害者たちの遺品だ。

 『荒野』や『迷宮ダンジョン』の王を殺し、その領域を完全破壊することで得られる最上の一つ。

 それぞれが固有の能力を持ち、一つとして同じものが存在しないとされる一品。

 クリスタルが遺体をミキサーした際に破壊ができずに手に入れた戦利品だ。

「絶対命中の特性とか、いらないわね」

 その最上をクリスタルはぽいと投げれば、とぷん、と影から触手が這い出てそれを引きずり込む。

 クリスタルは机の上に積み重なった卵型アイテムを手にとっては「いらない」「ゴミ」「カス」と影に向かって投げていく。

 遺品の整理と言うには憚られる、戦利品の確認。

 魔法刻印に接続することで、自身のスキルに『絶対命中』や『魔族特攻』『HP増強』などの特性を追加するレガリアは、強者を更に強くする特別なアイテムだろう。

 だが現在のクリスタルは偏在によって無限の命を得ており、偏在対策の特性なども獲得した直後だ。

 魔法刻印に接続できるレガリアの数は原則一つのみである以上、大量のレガリアから自身にあう特性を選別する必要がある。

 これから邸宅に帰り、父親と対峙するならば、殺されない備えが必要だと考えたから、なのだが……。

 記憶にある偉大なる父親を思い出し、ふふ、と笑うクリスタル。

 もはやなんの愛情も懐いていないとはいえ、かつて自分を馬鹿にした父親に、圧倒的強者へと成長した自分を見せるのは実に楽しみだった。

「これは『神聖ダメージ半減』。これは……あり、かしら?」

 偏在一つが装備すればすべての偏在に効果の共有は可能なため、クリスタルはレガリアを前にして悩む。

 聖女アレクサンドラ対策に神聖半減のレガリアは効果的だろう。ただ、今から出会う父親にはなんの意味もない品ではある。

「それともこっちの……あら? この国の三種の神器よね? そう、『天之叢雲』! これは……攻撃に『再生不可』のバッドステータス付与に加えて『不死殺し』で相手の命数にダメージを与えるレガリアね」

 三種の神器と言われるランクⅤレガリアを前にして、ほぅ、とクリスタルはため息を吐いた。

 天之叢雲は神代の頃より日本国の皇統に継承された神器の一つ。世界最強の剣聖であるヨツムギが持っていた品だろう。

(ヨツムギ……刻印深度はⅤだったのよね)

 ヨツムギは日本国の最強の守護者だ。メディアでも数多く露出があり、歴史書に度々名前が出てくる、千年以上の長きに渡ってこの国を守ってきた小神にして女剣聖。

 クリスタルは顔も刻印も既知の相手だった。

 殺せたのは、不意打ちみたいなものだったからだろうか。

 強制召喚に加え、洗脳の状態異常がなければおそらく死んでいたのはクリスタルだったはずだ。

 偏在があるから完全な死は訪れないが、まともに戦ったら、それでも苦戦は免れない相手ではあった。

(というか、あいつ、どうやってヨツムギを洗脳したのかしらね?)

 結構な強者が大量に紛れ込んでいたあの強制召喚を思い出すクリスタル。

 あのルシフェルというカオスオーダー、相当に無様な奴だったが、まともにやったら絶対に勝てない相手だったのかもしれなかった。

 クリスタルは今更ながらに警戒心を高めた。

 クリスタル自身、洗脳されなかったらおそらく吸血の間合いには入れなかっただろうし、直に吸わなければおそらく逃げられていただろう難敵。殺せたのは奇跡と言っていいかもしれなかった。

 美しい紋様が刻まれた卵型アイテムを指につまみながらクリスタルは考える。

「ま、殺したからどうでもいいんだけれど」

 ぽい、と影に三種の神器を投げ込み、強めた警戒心を緩めた。

 手に入れた三種の神器もクリスタルからしたらゴミのようなものだ。

 防御を強化するらしい鏡か勾玉なら今のクリスタルを強化できたかもしれないが、剣はクリスタルにとって、そこまで有効な能力を持っていない。

 もちろんレガリアを装備することで得られるステータスの補強はありがたみがあるのだろうが……不死身のクリスタルにとって、そこまでステータス強化は美味しいものではない。クリスタルがいくら殺されようとも、相手が死ぬまで相手を殺せばいいだけだからだ。

(それでも剣はないわね)

 現状、クリスタルがもっとも苦手とするのは聖女アレクサンドラだが、天之叢雲は不死殺しの性質が強いため、聖女殺しの役には立たない。

 『再生不可』のバッドステータスも聖女相手なら状態異常の治療魔法で解除されるだろう。

 もちろん、今のアレクサンドラは攻撃に特化しているため、治療魔法は使えないことは戦ったからわかっている。

 だが、クリスタルを聖女が脅威と認識しているならば、状態異常対策ぐらいは立ててくるだろうと予想したからだ。

 敵対者を一撃で殺すから発揮されていないとはいえ、クリスタルの種族は吸血鬼。

 魔眼を使って様々なデバフを使いこなす、デバフアタッカーでもあるのだから。

「そもそも魔眼を使う隙なかったけど……それに、私のは格下専用だからあの聖女に効くかはわからないのよね」

 はぁ、とため息を吐いて、天之叢雲のあともいくつものレガリアを確認したクリスタルは、最後のレガリアを影に投げ入れた。

 使えそうなのはいくつかあったが、心惹かれるレガリアはなかった。

 何か装備してみようかとクリスタルはレガリアを手にとって――「いーらない」と呟いた。

 貴族令嬢らしい美意識のあるクリスタルにとって、中途半端なものを身につけるのはプライドに障る。

 それに頂点捕食者が下手な対策アイテムを身につけるのも、どこか変な気分になったからだ。

「もっとふさわしいものが私にあるかも……」

 ブラッドプールの宝物庫を見てもいいかもしれない。

「それに、そもそも吸血鬼の真祖って本当に万能なのよね」

 攻撃も防御も、サポートも揃っている万能刻印が真祖吸血鬼の魔法刻印だ。

 だから能力を外部から補う必要がなく、レガリアを奪ってもどれも使おうと思えない程度には弱く見えてしまう。

 もちろん、レガリアはレガリア。

 今クリスタルがゴミだと言ったものも、一般の冒険者などが装備すれば、その戦力は1ランクか2ランク上昇は確実であることは確かなのだが……。

(セイメイが、完璧で最強な指針を与えるからダメなのよ)

 偏在を得た時点でクリスタルは世界最強の化け物になった。

 それに加えて、現在ではその対策までも取得しているのだ。自分でも自分の殺し方がわからないクリスタルは、手に入れたレガリアは外交に使った方がいいだろうな、とも考えて――馬鹿らしいと、自分の考えを一笑に付した。

「餌に媚びてどうする」

 手に入れたレガリアは、その一族の後継を当主と決めるような、一族や家門の象徴のようなものも混じっていた。

 それらを取り戻すために、そういった連中は大量の金を積むのは確実だろう。土地だってつけてくるものもいるかもしれない。

 頑張れば、とんでもない要求だって飲ませることができるかもしれない。

 父親に、クリスタルがこれらの戦利品すべてを献上すれば飛び上がって喜んだに違いない。


 ――だがクリスタルにはどうでもよかった。


 セイメイは、別にこんなもの欲しがらないだろう、とも考えてしまう。

「ふわふわの子犬の方が喜びそうだものね」

 それに、とクリスタルは自分の前に魔法刻印を並べた。こちらも戦利品だ。持ち主のいない魔法刻印。今は沈静化しているそれ。

 それも、通常の魔法刻印と違い、所有者が死体になっても朽ちない類の特別な魔法刻印。

 破壊できなかったために、これも死体から手に入れた戦利品である――のだが。

「これも、いらないのよね」

 ヨツムギやランスロットといった人類種の英雄が刻んでいた魔法刻印を見てクリスタルは呟く。

 これらは冒険者になる前の少年少女たちが血眼になって探し、自分に刻まれることを夢見る魔法刻印だ。

 ある意味、S級のレガリアよりも貴重なものを前にしてもクリスタルはどうでもいいと考えてしまう。

「別にセイメイが構ってくれるようになるわけでもなし、か」

 馬鹿にしたような顔で、それらを確認してからクリスタルは影に遺品を投げ込み、あ、と思いついたようにしてレガリアを影から取り出した。

 卵型のレガリアは、それぞれ様々な固有の紋様が刻み込まれていて、芸術品としても十分に機能する美しさを持っている。

「セイメイにあげればきっと喜んでくれそう!」

 とはいえ、ちょっと工夫しないとセイメイは拒否するかもしれない。

 クリスタルはちょうどセイメイのために調味料を学園都市に買いに行っている偏在個体と刻印アプリであるサーフェイスで個人通話をし、木工用の塗料や木材を買ってくるように頼むことにした。

 セイメイに開放してもらった共有インベントリを使えば、それらの品物を受け取ることも可能だった。

「私がレガリア収納ケース作れば、セイメイも受け取ってくれそう」

 手作りだと言えば、セイメイは拒否しないだろうという期待がある。

 それにコレクション要素は男の子が喜ぶ要素の一つだとクリスタルは学園かどこかで聞いたような話を思い出して、うんうんと満足げに頷いた。

「あ、三種の神器、全部集めてあげたら喜ぶかな……」

 そんな、偉い人が聞いたら顔を青ざめさせるようなことを呟きながら。


 そうして、クリスタルの偏在個体の一つが戦利品の処分方法を決めたのと同時刻。

 別の偏在個体がブラッドプールの本邸へと帰還し「ただいま帰りました。お父様」と邸宅の扉を門番へと開けさせたのだった。


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:レガリア

 玉璽あるいは王権を意味する魔法刻印用の補助装備。

 魔法刻印に装着することで魔法刻印に様々な特性を与えることができる。


 『追跡』のレガリア――マーキングした対象を感知することができるようになる。 ランク:Ⅲ 速ステータス+15

 『絶対命中』のレガリア――攻撃スキルが必ず命中するようになる。 ランク:Ⅳ 器ステータス+20

 『体力増強』のレガリア――HPの最大値を増強する。 ランク:Ⅱ 体ステータス+10

 『天之叢雲』のレガリア――攻撃命中時『再生無効』のバッドステータス付与 攻撃に『不死殺し』追加。 ランク:Ⅴ 力ステータス+25


 ソーシャルゲーム時代のカオスオーダーたちの間ではそこまで貴重だと思われていなかったものの――当たり前に入手できるために――戦略の根幹を担うぐらいには重要視されていたアイテム。

 ゲーム時代ではレガリア厳選は上位を目指すために当たり前に行われていた。

 また、イベントの難関ステージの報酬などでイベント限定レガリアの入手ができ、特別に用意された強敵を倒すことでキャラクター専用のレガリアが手に入るクエストなども実装されていた。


 とはいえ、現実化した世界においてはレガリアの入手は難しく、強力なものほど各勢力の至宝として扱われているために、現在のカオスオーダーたちの中では入手できていても低位のものになる。


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