042 政府発表。混迷のカオスオーダー
日本国の首都である東京――通称、学園都市。
その都市は東京の新宿に存在する世界最大の巨大ダンジョン『新宿ダンジョン』及び、周辺に存在する多種多様な中小ダンジョン群を攻略・監視・封印するために人間や魔族などによって分割統治された、異世界より人類絶滅を企図する対邪神用の巨大学園都市である。
ダンジョンの封印に失敗すればダンジョン最奥に封印された最強最悪の邪神が復活し、世界が滅びるとされる危険な土地、東京都新宿区。
ゆえに全世界より全人類国家、全人類種族の協力によって多少の小規模な争いがありながらも、新宿ダンジョンより邪神が復活しないよう、学園都市は表向きは平和に、平穏に統治されていた。
――
クリスタル・ブラッドプールによって引き起こされた惨劇の夜より、一週間が経過した日のことだった。
渋谷の大通りで人々が立ち止まってビル壁面に設置された巨大モニターを見上げている。
モニターに映っているのは、日本国の現在の総理大臣にして、征夷大将軍である37代目の徳川家康。
――今代の家康は女性である。
その彼女がマイクを片手に、国民に向けて演説をしていた。
「荒野『第二十七号崩壊地』から回収されたカメラに録画されていた映像から確認された死者は100名を超え、その多くが人類圏における対モンスター戦、ダンジョン攻略の英雄でした。我が国の英雄たちもその中には数多く、また民間人の中からも被害者が――(略)――確認できた死者の名前を発表する前に我が国を代表して哀悼の意を示すと共に――(略)――捜索したものの遺体は発見できず、遺品である魔法刻印やレガリアなども――(略)――死亡者は、鬼岩村の守り神たるジルタンダ様、円卓の騎士の一人であるランスロット卿、七賢者の一人である静かなるレイラール様、他にも――(略)――彼ら彼女らの多くが、これまでの歴史の上においても比類なき人類の英雄にして、最高の戦士でした。我が国の友好国たる欧州の――(略)――加えて、富士樹海の守護者たるエルフの弓聖ラーシュグラース殿、それに我が国の守護神たる
徳川家康――長い黒髪の美女。葵の紋が刺繍された着物を来た彼女は、画面越しにもわかるほどの強い意思の籠もった視線を国民に向け、このモンスター溢れる世界でも日本国がけして夜の王国及び、そこに所属する吸血鬼たちに対して引かないことを言葉と態度で示していた。
「また、今回の事態を引き起こした『カオスオーダー』たちに対しても、我が国は統制の強化を図るべく、『カオスオーダー新法』の制定と、召喚契約に関する規制の強化を念頭に置いて、今後の彼らの行動を制御して、このような悲劇が二度と起きないよう――」
クリスタル・ブラッドプールによって人類戦力の多くが失われたことで、今後の邪神対策には多くの困難が予想されていた。
だが、これに関しても日本国は強気の姿勢は崩さず、悲劇の原因の一因たるカオスオーダーたちの制御もしていくと、方針を発表する総理大臣。
その姿勢に、映像を見ている人々のざわめきは大きくなっていく。
それに含まれているのは不安、あるいは期待。
カオスオーダーは古来より地球に存在する、人類絶滅を防ぐ、対邪神のための特別な集団だ。
その統制を強めるのは自分たちの首を締めるのではないかという疑問。
だがそれも、世界各国の重要人物がこれだけ死んだ事実の前には霞むのか、表立って反対の声を上げるものはいない。
それに、人々は悲しみの中にいた。
突然の発表に頭が真っ白になっていたのだ。
「ヨツムギ様が……亡くなった!?」
「嘘だろ。剣聖会は今後どうなるんだ? ヨツムギ様の奥義の継承は!?」
「それより、世界樹の守り手である弓聖殿が死んでしまっては……富士樹海ダンジョンは誰が守るんだ?」
「ランスロット様が亡くなられるなんて! 群馬龍族による侵攻が激化するぞ!」
画面の中では遺体のない棺桶が大量に用意されていた。
あの時間帯に死亡したであろう人間の数は不明だが、行方がわからなくなった日本国の主要人物の分だけ棺桶がある。
そこに総理大臣である家康やその閣僚が花束を献花していく。
「我々は! これからも戦っていかなければなりません! 世界の邪悪を打倒し! 人類の平和を――」
◇◆◇◆◇
【カオスオーダー新法】カオスオーダー総合スレ122目【絶対反対】
255:名無しのオーダーさん
契約に制限かかるとかそりゃないっすわ。家康さん
256:名無しのオーダーさん
政府の広報見たけど、初回召喚だけはチュートリアルだから無制限で
二回目からは所定の場所でのみ可能 ついでに召喚時には監視がついてるらしいぜ?
257:名無しのオーダーさん
マジでやってらんねぇ
免許制にもするんだって? マジで不便、邪神どもと戦う気なくすって
258:名無しのオーダーさん
ルシのクソボケが~~!! マジであのカス処分すべきだったわ
259:名無しのオーダーさん
激しく同意。まー、七星全員持ってた時点で誰も勝てなかったけどな
260:名無しのオーダーさん
魔界同盟とかいう糞オーダーどもは制裁でいいだろ
261:名無しのオーダーさん
それも同意って言いたいけど オーダー同士の私戦は禁止だからな? やったら免許取り上げ
違反者は刻印封印の刑だってよ
262:名無しのオーダーさん
あー、まだ法律制定前だし、ソロ狩りすっか
今回の件はルシの馬鹿が戦犯で確定だろ? ソロ活動者マジでうぜぇし
メインストーリー完全崩壊したし、これ以上邪魔されたくねぇよ
263:名無しのオーダーさん
それな、不確定の死因増やされたくないし俺もソロ狩りするわ
陣営所属してない奴はとにかく殺そう。不確定要素が怖すぎる
264:名無しのオーダーさん
ルシの件がなかったらクリスタルのレイドも発生しなかったわけだし
ワイもソロ狩り希望
265:名無しのオーダーさん
うっしゃ、掲示板のメンツでパーティー組むかぁ。手配書の奴らから削ってこうぜ
情報漏洩怖いから、パーティー募集板で募集したら個人通話に切り替えろよ。あと潜伏と裏切りには気をつけろ
266:名無しのオーダーさん
りょ。ソロは敵だな、敵! とにかく殺す!
267:名無しのオーダーさん
殺せ~~! 殺せ~~!!
268:名無しのオーダーさん
なぁ、セイメイって奴はどうすんだ?
269:名無しのオーダーさん
クリスタルに勝てる奴がいたら殺してこいよ
270:名無しのオーダーさん
アレクサンドラも出てくるんだろ?
鑑定しただけで殺されるし、アンタッチャブルだろ。どう考えても
271:名無しのオーダーさん
じゃあ、セイメイって奴は協力できんのか? クリスタル参戦は熱いぞ
272:名無しのオーダーさん
政府が手配書出すかどうかによる。出さなかったら誰か接触する感じか? コミュニティに勧誘するか?
273:名無しのオーダーさん
調べたら教会が手配書出してたけどな。これ、撤回するのかな? クリスタルが攻め込んでくる可能性あるだろ?
274:名無しのオーダーさん
うーむ、惨劇再びかぁ?
◇◆◇◆◇
コミュニティ『魔界同盟』。その本部にてむっちーは
そんな彼の前には『魔界同盟』のカオスオーダーたちがいた。
「まぁまぁむっちー。ちゃんと椅子に座りなよ」
椅子に座ってコーヒー片手に余裕そうにしているのはサニティー・ナハトナハト。このコミュニティの代表である成人女性だ。
「あ、でも。俺……その。たくさん巻き添えを出して」
むっちーは気まずそうな顔をして、床に顔を向けていた。
ワックスの塗られた木目のシートは、むっちーの顔を反射して、そこに涙目の少年の顔を映している。
「失態っちゃ失態だと思うけど、全然余裕だよぉ」
サニティー――サムさんと呼ばれるカオスオーダーは余裕げに振る舞っており、むっちーはようやく床から視線を外し、怪訝そうに彼女を見上げた。
「悲しいけど。死人が出るのはしょうがないところがある。私たちはまだ弱いからね。依頼の取捨選択は受けたものの責任。むっちーだけの責任じゃないってこと? わかる?」
軽率に所属構成員を死地に連れて行ったむっちーをサムさんは無罪で許した。そこにむっちーは不審と安心、その二つを感じる。
(サムさん……アンタ、こんな駄目な俺を許してくれるのか?)
とはいえ、サムさん側からすればむっちーを説得するのは当然である。
カオスオーダー側でSSRキャラクターとの契約者は少ないのだ。
今回の件でごっそりと構成員が削られた『魔界同盟』にとって、むっちーは貴重な戦力なのである。
加えて、下手に組織としての制裁を加えると――今後の活動が鈍化する危険もあった。
誰だってそうだ。イベント攻略に誘って、それで人が死んだとして、責任を取ることになったなら、今後は絶対に自分一人だけで攻略するようになるだろう。
そうなればコミュニティの意味がなくなってしまう。
もちろん、サムさんだって軽率に許すわけではないのだが……それにしたって下手に制裁を下すと構成員がむっちーを袋叩きにする危険があるし、なにより、クリスタルイベントではイレギュラーが大量に存在していた。
そういった根拠をいちいち話さずにサムさんはそれに、と自分の肩に止まっている小鳥を示す。
それはサムさんの契約キャラクターである妖狐、銀嶺公主ムラサメの変化した小鳥だ。
それは口を開くと、鳥に似合わない流暢な日本語を話し始める。
カオスオーダーたちに動揺はない。この鳥がそういうものであるというのは全員に周知されていた。
「うむ、カオスオーダーども。よく聞け、良い提案をしてやろう。妾には――夜の王国にはカオスオーダーどもを抱える用意がある」
ムラサメはそう言ってから、もう一度、わかりやすいように言葉を重ねた。
「お主らが夜の王国所属の正式な構成員となれば、日本国の法律からは逃れられるぞ?」
反応は薄い。国家所属という意味がよくわからなかったからだ。原作にあったオーダーギルドとそれはどう違う?
「ね? というわけで、私たちは夜の王国所属のカオスオーダーになりまーす」
サムさんの宣言に、えぇぇ? という困惑がカオスオーダーたちに広がった。もちろんそれは決定事項なの? そういう意味での困惑だ。
今まで彼らは魔族陣営ではあった。だが、今までは緩い連帯関係のようなものだった。
それが突然、強力な同盟――というよりは魔族の下部組織になってしまったのだ。困惑は当然であった。
誰かがサムさんの勝手な行動に抗議しようとすれば、小鳥が言葉を重ねてくる。
「おうおう、よく囀るのぅ。だがお主らを見ておった妾にはわかる。お主らを法で止めることなどできぬ。しかし弾圧してどこぞの邪神教団なんぞに組みされても面倒ゆえ、妾が囲ってやる。これは家康の阿呆にはわからぬことよな。くっふっふ」
今の自分たちで弾圧――要するに攻撃を受けたとして、勝てるか? 生き残れるか?
悩むべき人生の岐路。だが、つい先日、クリスタルに敗北した彼らの結論は早い。
そうしてから誰かが「あー、給金は?」などと言い出す。
精神的な抵抗はある。だが戦力が減り、また映像が公開されてしまったせいで多くのカオスオーダーたちに恨まれた魔族同盟。
これからどうしようと悩んでいた彼らにとって、東京の権力者の一人である銀嶺公主ムラサメの庇護は、とにかくありがたいものではあるからだ。
もちろんサムさんの勝手は、少しの怒りを感じていたが。
それでも正式に夜の王国所属となるならば、他勢力のカオスオーダーとの戦いを避けることはできるだろう。
組織の戦力低下が自分の責任も多少はあると理解しているむっちーなどは「サムさん! ムラサメさぁん!!」と、どばどばと目から鼻から安堵の液体を垂れ流していた。
むっちーとしては、これが決まって、組織が安定すれば、仲間たちからの鬱憤晴らしのための
「それと、此度の契約条件についてだが、一つ絶対条件がある」
給料や待遇について話したあと、カオスオーダーたちはムラサメのその言葉に、緊張感を強めた。
食わせ物の九尾の狐だ。このキャラクターがこういうことを言い出すときはろくなことがない。ムラサメを知るカオスオーダーたちの共通認識である。
「セイメイを――セイメイ殿を……妾の前に連れてきてくれんか?」
ぽかん、としたカオスオーダーたちの前で、恋する乙女のような声で、小鳥はそんなことを言ったのだった。
――絶叫、悲鳴。カオスオーダーたちがとんでもないと叫びだす。
魅力値60。
映像越しとはいえ、契約したことで弱体化したムラサメの精神値を貫くには、十分な数値だった。
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