037 愛の証明【太陽VS夜】
夜の闇の中、『日輪』のバフによって全身に光を纏った聖女アレクサンドラ・ケテル・ヴァーチャーは、拳に伝わるビリビリとした衝撃に歯を噛みしめた。
(感触は覚えた。この程度、私なら何発来ても対応できるッ……!!)
クリスタル・ブラッドプールの影魔法は魔力ステータス70という驚異的な数値に加え、スキルリンクされた吸血魔法、『夜の血族【Ⅲ】』のパッシブや『疾風迅雷』などの称号によって威力が強化されているものの、取得特性は火力重視ではなく、さらに第三スキルに『偏在』を選んだことで刻印深度Ⅲの魔法にしては素の威力は低めだった。
それでも眷属を用いた多重魔法攻撃や、散華などの継続ダメージと致死攻撃による強力な魔法による工夫でクリスタルは火力不足を補っていた。
それに、これから先クリスタルは成長する。
第四、第五の取得スキルでいくらでも強力なシナジーを持つ魔法強化系スキルを身につけられる。
ゆえに、今まではこれで十分だった。
これからもこれで問題ないはずだった。
――相手が聖女アレクサンドラでなければ……!!
クリスタルとアレクサンドラのレベルは奇しくも同一だった。
これが1でもアレクサンドラのレベルが高ければクリスタルの称号である『ジャイアントキリング』が働いただろう。
また、アレクサンドラは種族が人間ではなく聖女なので『大量殺人Ⅱ』も効果がない。
クリスタルがこの夜の戦いで獲得した称号の多くは権能を発揮しなかった。
とはいえクリスタルは強力な効果を複数持つ魔法刻印の持ち主である。
聖女に覿面の効果を発揮する『神聖特攻Ⅴ』や、カオスオーダーたちの契約キャラクターを死に追い込んだ『生物特攻Ⅴ』の効果は問題なく働き、アレクサンドラの防御を貫いていた。
とはいえ、威力不足なためかアレクサンドラの陽光で輝く皮膚を貫けなかったために影魔法と吸血魔法の混合魔法である『散華』は発動しなかったものの、多少のダメージは通っている。
ダメージが通れば、魔法に籠められた
アレクサンドラに与えたダメージがクリスタルのスキル特性効果でクリスタルのHPとMPと変換される。
また吸血効果に付与された『命の価値、価値ある命』がアレクサンドラの命ステータスを0にした。
偏在もある。眷属もいる。クリスタルは無限に戦える。
そう、負けなければ勝つことができる。それがクリスタルの戦いにおける戦略だった。
「ふふ、ふふふふふ!! あはははははははははははッ! セイメイに最初にテイムされたのがアンタなの! じゃあ、アンタを殺せば私が一番ってことじゃないッッ!!」
叫び、クリスタルが背中の羽を大きく広げる。羽の先からは大量の影の矢が生成された。吸血の感触から、アレクサンドラに微量にしかダメージが通っていないことは確信していた。しかし微量でも通っているのだ。
どれだけ硬かろうが通っているなら魔法を連射して削り殺すだけだ!!
「ふふ、セイメイくんの言う通りにして正解だった」
対するアレクサンドラは冷静なままに拳を構えていた。これから飛んでくる影の矢をすべて拳で打ち落とすつもりなのか。クリスタルがその無謀さを嗤おうとすれば、アレクサンドラはクリスタルに、セイメイを想って浮かべた笑みを返した。
「教会の言う通りに、『聖女の威厳』なんてゴミスキルを取得していたら、死んでいた」
「アンタ、何、笑って……――?」
「砂塵結界、展開」
クリスタルが疑問を吐き出す前に、アレクサンドラの言葉と共に、彼女の周囲に凝縮されていた太陽と砂が、夜の闇を切り開いていく。
それは太陽の神聖が籠められた『日輪の加護』。
それは茫漠たる炎と砂の世界である『砂塵結界』。
――闇と冷気が支配する夜に、光と灼熱の暴威が出現する。
そう、アレクサンドラがクリスタルの強力な魔法を打ち落したのは裸の拳によってではない。身体の周囲に薄く展開された加護と結界。特性『
そして影魔法によって削られた命ステータスは減ったままでも、減少したHPは付与されたバフに含まれる効果でみるみる回復していく。
唯一の懸念はMPだが、補正も含めて40を超える魔力ステータスがある以上、自然回復分で砂塵結界の展開は当面は問題がない。
(気をつけるべきは――私が知らないスキルを得ている場合かな)
セイメイはアレクサンドラにクリスタルのスキルの詳細までは教えてくれなかったが、先程までの戦闘は十分に観察していた。
クリスタルの戦術は判明している。
だが問題は――先程の戦闘でなにかを掴んで刻印深度が上がっていた場合だ。
アレクサンドラは考える。あの変な男たちと諍いを起こす直前、クリスタルは停止していた。あれの停止の仕方はステータス操作をしていたのではないのか? 新しいスキルでも得たのではないのか?
(わからないけど、戦ってみればわかるかな?)
クリスタルは死んでいないから命数が残っているだろう。アレクサンドラは嗤う。なら殺しても問題ないよね。短期決戦で殺して格の違いを見せつけてやろうかな。
時間もあんまりない。お付きの聖女候補たちにごまかすようには言ってあるけれど、外出が教会にバレたら面倒だったし、このあとはセイメイくんと会って久しぶりに少しでも長くいちゃいちゃして楽しみたい。
そんな呑気なことを考えるアレクサンドラは、影が打ち消されたことで動揺するクリスタルの前で「悪いとは微塵も思ってないけど、ごめんねと謝ってあげるね。ふふ、私が先に貴女を殺すよ」と宣言した。
◇◆◇◆◇
【無言】むっちーの配信スレその2【配信】
501:名無しのオーダーさん
むちむちむっちーが取り落としたカメラのおかげで配信まだ続いてるけど何が起こってんの?
ええっと、ルシの奴、マジで死んだ感じ?
502:名無しのオーダーさん
死んでるだろ。身代わり全部死んでるし、ルシもピクリとも動いてねぇよ。
それよりアレクサンドラ? あれってアレクサンドラだよな?
503:名無しのオーダーさん
カメラ越しだと鑑定できねーけど、エフェクトからして日輪バフだからアレクサンドラだろうな。
504:名無しのオーダーさん
アレクサンドラが言ってるセイメイくんってなんなんだ(呆然)
聖女をテイムってことは、刻印深度ⅣかⅤぐらいあるんじゃないのか?
深度Ⅲらしいけど絶対に鑑定ミスってるだろ
505:名無しのオーダーさん
どーなるんだよこれから。死体の山見ろよ。ロリスタルとんでもないことしちゃったんじゃ……。
506:名無しのオーダーさん
ええっと、メインストーリーの方は大丈夫なんですかね
507:名無しのオーダーさん
大丈夫じゃねーよ。護国の守護者ヨツムギさん死んじゃってるじゃん
この国のパワーバランスやばいでしょ
メインストーリー始まる前に日本全滅するかも
508:名無しのオーダーさん
だな。魔と人のバランスが完全に崩れ去った以上、ストーリーとか気にしてるヒマあるか?
クリスタルを頭に据えて、魔族が人間を排除しにかかるんじゃないか?
509:名無しのオーダーさん
いやー、七星全滅したからトントンじゃねーかなぁ
510:名無しのオーダーさん
破軍が死んだらあの子とかあの子とかどうなるんだ?
破軍が殺した人間も多いけど、破軍がいないと生まれなかった子とかいただろ?
511:名無しのオーダーさん
いや、破軍って人間体が死んだだけだからな? ストーリーちゃんと読んだか?
見た感じHPダメージで人間体が死んだだけで本体にトドメ刺してない
512:名無しのオーダーさん
あー、クリスタル方式だと生きてるか? どうなんだ?
513:名無しのオーダーさん
てか人間側だけじゃなくて魔族側の有力者も死んでたし、パワーバランスは同等じゃね?
重要人間ネームドで死んだのヨツムギぐらいでしょ
514:名無しのオーダーさん
最強の騎士ランスロット様死んでるですけど!!!!
515:名無しのオーダーさん
あの寝取り男は生きてても女を理由に反逆起こすじゃねーか
516:名無しのオーダーさん
騎士王は死んでないから円卓の守護に問題ないしな
モードレッドが生きてるけど、ランスロットがいないから、そこまで問題は起こさない……はず
517:名無しのオーダーさん
てかさっきからアナウンス鳴ってるけどどーする?
518:名無しのオーダーさん
クリスタル討伐しろってやつか? いや、無理でしょ 現場遠いし、さっきの虐殺見たら無理だって
519:名無しのオーダーさん
人類絶滅級のレイドボスが生まれようとしてるって奴な。レイド警報は今回が初、か?
520:名無しのオーダーさん
階位『人類絶滅級』って最上位だよな? どういう条件で発生するんだ?
七星は放置してても問題なかったのに、クリスタルはなんでダメなんだ?
521:名無しのオーダーさん
今のクリスタルが完全に暴走してるからだろ
七星はいろいろアレだけど、なんだかんだ魔族側のこと考えて暗躍するタイプの悪役だし
ま、何故か戦意満々のアレクサンドラいるからクリスタル倒してくれるでしょ(他人事)
522:名無しのオーダーさん
てか、むっちー カメラどうすんの? 新しいカメラ買う金あるっけ?
523:名無しのオーダーさん
デブガキのカメラなんざどーでもいいだろうが
それよりアレクサンドラは逃げてくれねーかな アイツ死んだらマジでメインストーリー始まらなくなるぞ
524:名無しのオーダーさん
いや、クリスタルもアレクサンドラもテイムされてる時点でとっくにストーリー破綻してるんですが
◇◆◇◆◇
死体の山の中、隙間を縫うようにして小さな
『ひぃ……ひぃ……ひぃ』
虫は破軍であった。寄生していた洗脳能力を持つ人間が死んだために、本体である妖虫が死体から這い出ていたのだ。
弱々しい、情けない姿――のように見えるがそれはまやかしである。
この妖虫、人間体に与えられた吸血攻撃の余波でHPを限界まで削られて弱っているものの、その正体は千年以上生きた大妖――妖怪仙人である。
自分を殺しに狩人が襲撃してくれば、笑いながらその狩人の家族の首をその場で並べるぐらい容易に行える、殺されることはまずない厄介な怪物なのだ。
そんな怪物の本来の拠点は中国大陸だった。この国にいたのは、魔の世界のためだった。
本来ならば世界において善のために才覚を発揮しただろう人間に、強力だが違法な悪の魔法刻印を与え、人の世に混沌と破壊を齎し、魔族の勢力を拡大するついでに自分の利益を最大限に取る。そういうことを彼は行っていたのだ。
未来知識を持つカオスオーダーと契約して、数多の才人を未熟な段階から取り込み、洗脳することで魔の勢力の強化も行ってきた。
クリスタルによって全ては台無しにされてしまったが。
そして破軍もまた、追い詰められていた。
『ご、誤算だったヨ。あんな、あんな化け物がいタなんて』
契約していた人間体が死ぬのが早かったために契約が切れて運良く生き残れたが、人間体のほうのHPが高ければ死んでいたのは破軍本体だった。
幸いにも追撃はない。クリスタルが気づいていなかったからだ。
彼女が影魔法の使い手で助かったというべきか。
あれが雷魔法や炎魔法の使い手だったら死んでいた可能性が――と考えてそれはないカ、と破軍は自身の考えを否定した。
今回は極めて特殊なケースだった。
――吸血魔法。あれが原因だった。
攻撃に対する備えはあったのだ。もし洗脳に逆らって雷魔法で一度や二度主人が焼かれたとしても、他の奴隷どもが攻撃を引き受けて破軍がダメージを受けることはなかった。
それに攻撃魔法だったら、洗脳による攻撃阻止が有効だったはずだ。
どれだけ意思が強くても、契約した奴隷たちが尽きる前に洗脳を強化することでさらなる追撃は防止できたはずだった。
これは攻撃以外の属性を持つ吸血だから起きた事態だった。
『糞ッ、糞ッ、糞ッ。誤算も誤算! 洗脳魔法が吸血は阻止できないなんて! 誤算だヨ!!』
とりあえずここから生きて都市に帰って、適当に誰かに寄生して、あとは洗脳魔法の魔法刻印を回収しなければならない。洗脳ほどの違法な魔法刻印は新しく開発するにも研究者がほとんどいないし、他の誰かに奪われて使われたら問題だ。こんなヤバい刻印は自分が使う分にはいくらでも使えるが、誰かに使われてしまったら迷惑すぎる代物だった。
というか早く回収しないとここのモンスターに刻印を持った死体が食い荒らされるし、刻印が劣化して使い物にならなくなる。
そんな破軍の周囲に、文句を言いながら他の七星の死体から這い出た妖虫が現れる。同胞の妖怪仙人たちだ。そんな彼らに文句を言われた破軍はうるさいヨ、と怒鳴りつけようとして――「アぇ?」
破軍はアレクサンドラが展開した砂塵結界に巻き込まれて死んだ。
完全に、間違いなく、完璧に殺された。蘇生の余地も、復活の希望もなく。
他の七星も同様だった。彼ら彼女らも死亡した。砂塵結界とは、結界内の生物を誰も彼もにダメージを与えて殺す凶悪なスキルだからだ。
こうして悪の妖怪仙人たちは討伐された。討伐した本人も知らない間に。
原作のストーリーで様々に暗躍した悪役たちの最後は、少女たちの恋の鞘当ての巻き込まれ死だった。
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