036 愛の証明【命の手触り】


 廃墟と化した家々が立ち並ぶ夜の荒野、その中の一つの家の屋根に乗り、地上を見下ろす幼い姿がある。

 黄金の長髪は夜風にたなびき、身を包むのは、ここに来る直前に幼馴染の少年セイメイから手に入れた暗色の衣服。

 それはクリスタルが暴れた場合を想定してセイメイが予め召喚しておいた――クリスタルから逃げたセイメイは達成感で回収を忘れていた――、所属を隠しつつ、東京郊外の荒野『第二十七号崩壊地』に潜んでいた聖女アレクサンドラであった。

「あれは――何が起こって……!?」

 アレクサンドラの表情は困惑の籠もったものだ。

 アレクサンドラの視線の先では、哄笑を上げながら少年を顔の動きだけで地面に引きずり倒し、爪を媒介に吸血魔法で血を吸い上げているクリスタル・ブラッドプールがいる。

「あれは……どういう状況なの?」

 アレクサンドラは困惑しながらも超人じみた視力で状況がどうなっているのか、把握しようと努力を続ける。

 当初の、アクレサンドラが立てた計画は完全に破綻していた。内心ではこれからどうしようかと悩んでいた。


 ――今夜、自分がクリスタルをぶちのめすはずだったのに。


 状況が変わってしまって困惑するばかりだ。

 なぜあの少女は自分を迎えに来た吸血鬼たちを倒したのか。

 なぜあの少女は自分に向かってきたカオスオーダーの契約者たちを、ただの一人でぶちのめせたのか。

 そして、今の状況。

(誰か、説明して?)

 アレクサンドラとしては、クリスタルは先程までは余裕で勝てそうな相手だった。それは相性が良かったからだ。セイメイが自分をクリスタルより強くしてくれたからだ。

 だというのに、今のアレはどうにも不吉な気配が強い。魔法刻印がビンビンと反応している。邪悪だ。闇だ。魔族だ。聖女の敵だ。殺せ! 殺せ! 殺せ!!

 しかし魔法刻印の意思は無視しても、アレクサンドラはクリスタルに勝たなければならなかった。絶対に。確実に。

 アレクサンドラとしてはセイメイがクリスタルや自分との契約を切ろうとすることへの説得自体は実のところ言葉一つでどうにでもなる。

 だが、それはそれとして、セイメイはクリスタルの契約をそのままにするだろうから、なんとかしてクリスタルをボコボコにして力の差を思い知らせる必要があった。

(あの魔族に私のほうが上だと教え込まないといけないんだけどなぁ)

 むぅ、と不機嫌そうに眼下を見下ろせば、クリスタルに引きずり倒されたカオスオーダーの少年が、周囲へ大量に契約者を召喚している。その契約者たちへ向かって少年は血を吸われながらも命令をしている。少年は必死にクリスタルを自分の上から引き剥がそうとするも、クリスタルの小さな腕に纏わりついた九本の触腕に口が現れると、少年の血液を一気に、その九本の触腕が吸い取り、一息に少年を殺そうとした。

 しかし――少年は死ななかった。殺されなかった。

(むむ、なんでだろう?)

 アレクサンドラが学園で習ったこと。

 カオスオーダーは基本的に、ステータスを持たない。だから吸血鬼が致死量の血を吸い出せば死ぬしかない。

 しかしカオスオーダーの少年は生きていた。

 とはいえ変化はある。カオスオーダーの周囲では、クリスタルを剥がそうとした契約者たちが軒並み消滅しているところだった。

 命ステータスの消費による死亡。死んだのだ。あの契約者たちは。

(えっと……なんで?) 

 アレクサンドラの困惑は続く。


                ◇◆◇◆◇


「うわあああああああ、ぼ、僕を、守れ! 守れ! 守れぇえええええ!!」

 獣の皮で作られた衣服を着た巨人――SSR『頑強巨人ジルタンダ』が。

 古風な和服に身を包んだ冷涼な美女――SSR『最古の剣ヨツムギ』が。

 体の大半が機械のパーツで構成された美少女――SSR『雷火鉄槌オメガ』が。

 最優とされる騎士の美青年――SSR『聖騎士ランスロット』が。

 他にも、様々な、洗脳によって無理やり縁を結んで一本釣りのように手に入れたキャラクターたちが召喚された端から消滅していく。

 召喚した彼らのレベルは低くない。起点イベントを独占して刻印深度を上げているし、財力のあるキャラクターに魔石を貢がせているからレベルも高い。ルシファーの出来得る限りの全力で鍛えるだけ鍛えていた。だというのに。

「ふーん、どんなに強くて立派そうに見えても、こんな状況じゃあ弱いのね。ふふ」

 ああ、と呻く少年。巻き込まれるようにして道士破軍も消滅してしまったのだ。

 カオスオーダー、暗黒の使徒ルシフェルのプレイヤーネームで活動する少年は、このままでは殺されると、恐怖のままに次々と契約キャラクターを呼び出していくも――それらも一瞬で消滅する。

 理由は、少年の首にかけられた、クリスタルの手。首筋を貫いたクリスタルの鋭利な爪がルシフェルの体内から血を吸い取り、また、その腕についた九本の触腕から生えた牙がルシフェルから蛇口でもひねるかのように血を吸い出していたからだ。

 なんで――なんで僕に攻撃できるんだ! 僕が主人じゃないかよ!! ルシフェルは効果が出ているはずなのに、反逆するクリスタルに唸りながらも、召喚を続ける。殺される。殺されたくない。やだ。やだ。やだぁ!

 無論、彼が生きていられるのには理由がある。

 カオスオーダーがセットできる3つのスキルの一つに『身代わり』というスキルをセットしているからだった。

 身代わりはカオスオーダーに与えられたダメージを、自動的に召喚している契約キャラクターに移す効果があるカオスオーダー専用の延命パッシブスキルだ。

 もちろん好感度に相当するステータスである『絆』が低い状態で身代わりにすれば、低い絆が更に下がってしまい、いずれ召喚拒否されたり、契約を切られてしまう。

 とはいえ洗脳スキルがあるルシフェルにはそれらのデメリットはないも当然だった。だから盾代わりにキャラクターを消えた端から召喚をするのだが。

(まずい! まずいよ! 何もできない!! 何も!!)

 召喚することしか今のルシフェルにはできない。他のカオスオーダーは逃げてしまった――そもそもルシフェルは評判が悪いので他のカオスオーダーは助けてくれない――し、自分が召喚するキャラクターは召喚した端から殺されてしまう。行動を起こす暇もない。

 どうにかして破軍を呼び出して、クリスタルの洗脳を強化するかしないといけないのに。

 破軍の命ステータスはもう消費してしまった。

 再び呼び出そうとするも、ダメだと思い直す。

 破軍の延命構成はHPを自動回復したり、攻撃を絶対回避するようなものしかなく、こうやって身代わり効果によってダメージを転移させられるとどうにもできないからだ。自分が殺してしまうことになる。

 ルシフェルは心中で唸る。畜生! 畜生!! もうちょっと刻印深度が上がっていれば破軍のスキルに命ステータスを増加させるものも増えたはずなのにッ……!!

(クリスタルの起点イベントで、破軍を強化するはずだったのにぃぃぃ。やだぁあああああああ)

 育てていた、この状況をなんとかできそうなキャラクターが尽きる。仕方なしにレベルを上げていない、趣味で契約しただけのキャラクターを延命のために呼び出して、ルシフェルは心中で畜生畜生と呻き続けた。

 レベルを上げてないキャラクターは収集用の、セックスしたりキスしたりおっぱい揉んだりするためだけの美少女キャラクターだ。もったいないと呻く。前世では会話することさえできなかった美少女たちが殺されてしまう。

(でも僕が死ぬよりマシかッ! 糞ッ! 糞ッ! 糞ぉッ!!)

 他にもレベルは低いけどHPだけ高い盾専用のキャラクターまで呼び出して、文字通り盾代わりに消費していく。

「やだ! やだぁああ! 死にたくない!! 死にたくなあぁあいいい!! やだああああああ!!」

「ゴシュジンサマってどれだけ吸ってもゲロマズって感じは変わらないわねぇ。セイメイほどの満足感はなし、と」

 誰だよセイメイって! なんて叫びながらルシフェルの召喚が二巡目に入る。命ステータスが0の状態のキャラクターたちが呼び出されてはその場でHPを全損して死んでいく。死体になっていく。

 命ステータスが残っている状態での死とは違う、永遠の死だった。

 だから死体が残る。残ってしまう。

「はぁ!? はああああ!? ひ、人、人殺し!! 人殺しぃいいいいいい!!」

 召喚と同時に死亡するため、死体が召喚されたようにも見えるその惨状を見て、ルシフェルが取り乱す。死体の目がルシフェルに恨み言を言っているように見え、感情が爆発したのだ。

 もちろん、この世界で人を殺すのは別に珍しいことではない。ルシフェルも散々殺している。それでもルシフェルは叫んだ。こんな理不尽が自分に襲いかかってくるとは思わなかったからだ。

 もちろん自分の延命のために召喚を続けながら。

 当然のようにルシフェルの魔法刻印には、契約キャラクターたちからの拒否の感触が返ってくる。

 だが絆ポイントの低さを無視して強制的に召喚するユニークオーダースキル『強制召喚』をルシフェルは持っているため、次々と肉盾たちを強制的に呼び出していく。

「え? 何? 人殺し? それがどうしたの?」

 きょとんとした顔で、じゅるじゅると手の爪と眷属の触腕でルシフェルの血を吸い続けながらクリスタルはルシフェルへ問う。

 その間にもルシフェルが収集した様々なキャラクターが現れては、その場で死んでいく。クリスタルに相当する魔法刻印の持ち主。護国の為に千年以上も武を捧げ続けた高潔な武人。裏の世界で禁忌を犯し、追手を倒し続けた伝説の暗殺者。大勢力の大幹部。たくさんの弟妹を一人で育てている一生懸命な国民的アイドル美少女。老若男女、人種を問わず。大量の命が消費されていく。積み重なっていく。

「そ、それがどうしたのって! な、なんの疑問も! あああああああああ! お、お前! クリスタルなんだろ! クリスタルなら、悩めよ!! 悩むはずだろおおおお!!!」

 原作で父と姉を自らの手で殺してしまったクリスタルは、その記憶をトラウマにするほどに繊細な少女だった。それが、それが! これだけ殺して! 永遠に蘇生ができなくして! なんで、そんな、そんなどうでもいいものを見たかのような、そんな顔をしているのか。

 とうとう破軍と同じラスボスに相当する七星たちにまで手をつけ、永遠に殺してしまってしまうルシフェル。

「す、ストーリーが破綻するぞ! いいのかよ! わけわかんなくなって! 世界が、世界がああああ! やめろやめろやめろやめろやめろぉおおおおおおおおおお!!」

 クリスタルはどうでも良さそうにルシフェルを見ていた。なんで怒っているのかよくわかっていない顔だった。

「ええっと……? セイメイ以外の命に、価値なんてあるわけないでしょう? 変なゴシュジンサマ?」

 呼び出された破軍が「ふ、ふざけるなよ小僧! オマエと契約してイタのは! オマエを利用し――な、死、ば、ありえ」ぱたりと倒れて二度と起き上がらなくなる。


 ――夜の風が、ひゅうと、ルシフェルの体を冷やしていく。


 クリスタルの手は冷たくて、ルシフェルは地面の冷たさで顔を冷たくして、無様な顔をしてクリスタルを見上げて――死んだ。

 命乞いの言葉も、何も意味はなかった。クリスタル・ブラッドプールにとって、価値のある生命はこの場にはなかったからだ。

「あらら、死んじゃったわね。ゴシュジンサマ」

 んー、と伸びをして、クリスタルは「あ」とつぶやき、にぃ、と嘲笑った。

「極めちゃったわ。吸血魔法」

 命の実感。生命の肌触り。命を吸い尽くすことでのみ得られる吸血の真髄。

 究極にして至高の領域。ただ命を永らえただけのものでは到達できない極地。特性5の取得である。


                ◇◆◇◆◇


 ◆スキル構造:

  ▽『真祖吸血鬼』

  ――スキル特性1『吸血魔法』

  ・耐久を無視して『魔ステータス×1』の魔法属性のダメージを与える。

  ※例:牙による吸血時に相手の装甲である体力ステータスを無効化する。魔法属性ダメージには相手の精神ステータス対抗が行われる。

  ――スキル特性2『生命転換』

  ・吸血で与えたダメージを自身のHPに変換する。

  ――スキル特性3『スキルリンク』

  ・他のスキルにこのスキルの効果を付与する。

  ――スキル特性4『魔力転換』

  ・吸血で与えたダメージを自身のMPに変換する。

  ――スキル特性5『命の価値、価値ある命』

  ・吸血の威力計算に(『現在の命ステータスの数値』×10%)を追加する。

  ・吸血で命ステータスを吸収する。(ただし最大値をオーバーするわけではない。器を溢れた命は零れ落ちる)


                ◇◆◇◆◇


 特性を取得したクリスタルは、さて、と背後を振り返る。

 そこにいたのは金髪碧眼の少女だった。

 夜闇の中でも、星の光を反射して金の髪は淡く輝き、碧眼が煌めくように光っている黄金の少女だ。

「誰よ、アンタ」

 誰何の声は鋭い。自然と、コイツは敵だな、と思えたからだ。

「聖女アレクサンドラ」

 黄金の少女の返答に対し、ふぅん、とクリスタルは悠然と羽を構えた。そうするべきだと思ったから。

 構えたクリスタルを見て、黄金の少女も拳を握りしめた。

 そうしてから、黄金の少女は言った。

「セイメイくんにね。一番最初にテイムされたのが私」

 瞬間、音もなく放たれた影の矢と、少女の拳が激突する。


 ――戦闘、開始。


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