034 愛の証明【危機と掲示板】
ゲームとか、アニメとか、漫画とか、ラノベとか。
誰かが殺されるってところでなにかが乱入してきたり、急な心変わりで殺されるべき人間が死なないのがむっちーには不満だった。
いや死ねよ。なんで生き残ってんだよ。そんな感想を昔から抱いていた。リアルじゃないんだよな。そんなことも言った覚えがあった。
クリスタル・ブラッドプールの動きが止まったとき、むっちーはそんな自分の過去の言動を思い出しはしなかったが、生きててよかった、死にたくない、逃げなきゃ、運がよかった、ほんと助かった、なんて思いながら駆け出していた。
◇◆◇◆◇
それはむっちーが過去の自分を思い出すことなく逃げ出す数分前のことだった。
夜の闇の中、絶望的に黒い羽を広げ、少女が影でできた台座の上からむっちーたちを見下ろしていた。
固定化した影に腰掛け、むっちーたちを見下ろしていた少女は、ゆっくりと立ち上がると、踊るようにしてカオスオーダーたちへ「あはッ、いますぐ殺してあげるッ!!」と宣告した。
そうして羽から影の矢が放たれようとして――停止した。頭が真っ白になったままのむっちーが何かを口にしようとして、しかし何も思いつかず、ただ立っている間にも彼女の視線は虚空に向けられている。その意識は自身のステータスへと向いているのだろうか。
「あ! あ! やった! 深度が……深度がッ!!」
クリスタルの顔を歓喜で染め上がっていた。嬉しそうに虚空に向かって声を上げている。
「セイメイ! セイメイ!! セイメイ!! ねぇ!! セイメイ! 見て! 見てよ! こんなにも早く! 私、こんなにも!!」
影の矢を放つはずだった少女は自分を抱きしめ、声を荒げてここにいないセイメイへと自慢げに言う。
少女――クリスタル・ブラッドプールはむっちーたちから視線を外して手のひらに、インベントリから取り出したなにかを吸収させている。
その様子を見て、ようやくむっちーは頭を働かせられるようになった。なんだよあれ、やばい薬でもクリスタルやらされてんのかよ。
「た、助かった……?」
今すぐ殺されないのは脅威に思われていなかったからだろうか。
否、それでも助かったのだ。
気まぐれでもなんでもいい。むっちーたち、カオスオーダーは顔を見合わせて慌てて逃げ始める。
「やばい! やばいって! に、逃げないと!!」
「集団転移持ち! いないのかよ!!」
「いねぇよ! あんなレアスキル!!」
「ひぃッ! ひぃぃッ!! やだ! なんなんだよ!! あんなんロリスタルじゃねぇよ! やだあああ!!」
悲鳴を上げながらの逃走。それでも統率は取れていた。カオスオーダーたちは逃げるのに慣れていた。
この世界ではこんなこと当たり前だからだ。発見したメインストーリー用クエストは当たり前に難易度が高いし、ダンジョンのモンスターは恐ろしい。
――俺たちはモブだった。ここでも、どこでも。
だからこんなこと、慣れている。慣れているんだよ。
むっちーは歯を噛み締め、泣きながら自分のインベントリの中を漁り始める。撤退用のアイテム! 短距離転移でもなんでもいい。
ポーション! いらない! エーテル! いらない!! 状態異常回復アイテム! いらない!! マップ確認アイテム!! いらない!!
(転移! 転移!! 脱出スクロール! なんかないのかよ!! インベントリ整理しとけばよかった!!)
――目的のアイテムはどこを探してもなかった。
アイテムは、どこかで使ってしまったのかもしれないし、売ったのかもしれない。誰かと交換したのかもしれないし、盗まれたのかもしれなかった。
ない! ない! ああ! なんでだ! なんでだよぅ!! 心中で絶叫を上げ、むっちーは逃げながら振り返る。追撃がない。クリスタルは何をしている!?
クリスタルは変わらず同じ場所にいた。影を足場に宙に立ったままだ。その傍に誰かがいた。見覚えがあるような気がした。
同じように振り返った誰かが「あれ、あれって、はああああああ!??? あれ、はああああああああ!?」落ち着いて欲しかった。それでもその言葉に、きっと重要人物なんだろうと思って。
「あれって第一部の、らす、ボス? 破軍じゃねぇか?」
ラスボスという言葉がちゃんとしていないのは、ラスボスの定義に迷ったからかもしれなかった。メインストーリー上のボスは何人かいた。それでもわかりやすくラスボスを使ったその誰かの言葉にむっちーは思い出す。クリスタルの傍に立っている道士服を着た、中華風の男の正体を。
そして、道士服の男の真下に誰かがいるのを見て、むっちーはカオスオーダー内で出回っている手配書の内容を思い出し、まずいと思った。やばいと思って、やばいと声が出た。
「やばッ――やばいって! ルシがいるぞ!! ルシ!! ルシフェル!!」
一緒に逃げている皆に声をかけながらむっちーは叫んだ。
「クリスタルが!
カオスオーダーの第一部ラスボス、『邪悪道士』破軍。そして破軍と契約したソロプレイヤー、暗黒の使徒ルシフェル。
それはカオスオーダーたちに指名手配されている、最速殺害が推奨される賞金首。
それがクリスタルと接触していた。
◇◆◇◆◇
【無言】むっちーの配信スレその2【配信】
84:名無しのオーダーさん
むっちー無言定期
85:名無しのオーダーさん
配信始めてから2年目なのにまだ2スレ目なんだ
86:名無しのオーダーさん
誰よこのクソデブって感じだしな。てかなんでこいつ無言
87:名無しのオーダーさん
むっちー、トークスキルない
それにコメント見ながら配信するとよそ見して死にそうになったからやめた
つかむっちーはデブじゃなくてぽっちゃりなんだよカス
88:名無しのオーダーさん
で、ロリスタルかぁ 誘拐イベに異常発生中なんだっけか
89:名無しのオーダーさん
報告配信してくれるのむっちーだけ? 検証班は?
90:名無しのオーダーさん
急すぎて連絡つかなかったらしいわ でなくてもクリスタルだし 魔界同盟で独占したいとかで呼ばれてないんじゃね?
91:名無しのオーダーさん
イベント開始してるぞ
引率はアイオライトかぁ レアモブじゃん
92:名無しのオーダーさん
レアモブ言うてるけど実際のアイオライトやべーから 吸血鬼陣営だから近くで見れたけどほんま殺されるかと思ったわ
深度Ⅲのレベル60っても、この世界で1000年死んでないとかやばいよホント 部下も多いし
93:名無しのオーダーさん
イベント放置してアイオライト殺せば懸賞金で一生暮らしてけるんじゃね?
94:名無しのオーダーさん
殺せてもそのあとに吸血鬼の報復で死ぬでしょ 不老不死の化け物に一生追われるとか勘弁
95:名無しのオーダーさん
しかし、第二十七号崩壊地なのにサクサク進むなぁ
事前に調査終わってるんだっけ? たまに変な感じにルート変えてるよな? 敵探知か?
96:名無しのオーダーさん
まーでも奥地に行かなきゃやべーの出てこないらしいから アイオライトいるし余裕でしょ
そもそもここってなんかあんの? 攻略されてないらしいけどさ
97:名無しのオーダーさん
ただの荒野だろ。知らんて。てかむっちーの契約キャラクター レッドベリルにブッチャーガッチャーかよ 妥協契約乙
98:名無しのオーダーさん
レッドベリルかなりの当たりだぞ こっちならTierS判定出してもいい
社交性高いし、自力でレベル上げられるし 起点イベント持ってるSSRとかマジでほんま羨ましい
99:名無しのオーダーさん
それな あとブッチャーガッチャーもだわ
殺人鬼カテゴリだから魔族と組めるし 肉屋経営だから社交性が高い 魔族パは同族以外はマジでゴミ扱いだから、好感度減少なく組ませられるキャラクター貴重なんだわ
100:暗黒の使徒ルシフェル
第二十七号崩壊地 クリスタルイベ了解 直ちに向かう
101:名無しのオーダーさん
ルシ死ねや 了解じゃねーんだわ 誰だよ配信アドレス拡散した馬鹿
102:名無しのオーダーさん
ルシが破軍持ちっても今の破軍レベル低いからアイオライトに殺されて終わりだろ
103:名無しのオーダーさん
破軍の起点イベント 地上に存在しないからな 厄介だけどまだ雑魚だわ いつか殺す
104:名無しのオーダーさん
破軍、延命スキルで固めてるうえに洗脳持ちだからマジでうぜーんだわ
この前ルシにイベ邪魔されてキャラ掻っ攫われたんだけど 誰かアイツ早く殺せよ
・
・
・
205:名無しのオーダーさん
アイオライト 逝ったあああああああああ!!
206:名無しのオーダーさん
ぅゎょぅι゛ょっょぃ じゃなくて やべー アイオライト一撃!? 有りえん!!
207:名無しのオーダーさん
知らん っていうかなんかクリスタルテイムされてるらしいの何?
208:名無しのオーダーさん
アレクサンドラ!? アレクサンドラとか言った?
209:名無しのオーダーさん
なんでコイツラ棒立ち? クリスタルレベルアップしてんだろ 早く気絶させろ
210:名無しのオーダーさん
いや、俺らもなんかレス遅いし さっきまでいた奴の魅力値が高かったんだろ セイメイだっけか
211:名無しのオーダーさん
いやぁ、やべーわ どーすんの? クリスタルに吸血鬼殺されまくってるんだが? 次あいつら標的なんじゃ?
212:名無しのオーダーさん
どうにもならん はよ逃げろ 撤退撤退
213:名無しのオーダーさん
突っ込んでるし 殺されまくってるし 全滅ですかねぇ……
214:名無しのオーダーさん
クリスタルの起点イベ どうなんだろう
メインストーリーもだよな え? マジでどうなんの?
215:名無しのオーダーさん
吸血鬼全滅
カオスオーダーの契約キャラも全滅
はい終了 こっからは虐殺でしょ 命数ないとホント死が近いわ
216:名無しのオーダーさん
身代わりがあるからまだ大丈夫でしょうや 粘れ粘れ
217:名無しのオーダーさん
潔く死ね
218:名無しのオーダーさん
って、ルシ登場しちゃったじゃん おいおいおいおい これはもう終わりですね
◇◆◇◆◇
獲物を放置し、嬉々として第三スキルを設定し終わえ、スキルの試運転と同時に目的を達成したクリスタルは目の前に現れた男を見て「アンタ、誰?」と問いかけた。
「破軍デス。貴方はこれから私の主の部下デス」
「は?」
やり取りはそれだけだった。だがそれで終わりだった。
クリスタルは呆然と立ったままになり、道士風の男――破軍は真下にいる自身の契約者に「終わりマシタヨ。洗脳完了デス」と報告した。
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