033 愛の証明【理解と深化】


 TIPS:刻印深度

 魔法刻印をどれだけ使い込んだかの証。あるいは適正の強さ。理解の深さ。人をどれだけ超えているかの指標。


 魔法刻印を刻んだものであればおよそ30人に1人が深度Ⅱへと到達できる才能を持ち、深度Ⅱに至った者たちを30人ほど集めれば、その中の1人は深度Ⅲに到達することができる才能を持つだろう。

 とはいえそれらの才能が全てきちんと発揮されるためには、その才能にあった魔法刻印を身につける必要があるため、深度Ⅲに到れる才能を持つ全ての人間が深度Ⅲに到れるわけではない。

 剣術系の魔法刻印ならば深度Ⅲに至ることができる才能の持ち主であろうとも、攻撃魔法スキルを得てしまえば深度Ⅱに到達することすら難しいのだから。

 また、才能があっても努力をしない人間もいれば、財力が足らずに刻印に魔石を吸わせてレベルアップすることもできない人間もいる。


 とはいえ、人類側もそれら才能のミスマッチや財力の不足などの対策をしていないわけではない。

 学園都市の存在である。

 この都市が作られたのは、ひとえにミスマッチの解消及び人材の発掘、そのためである。

 東京に存在する世界最大規模にして人類史上最悪の危険度を誇る新宿ダンジョン。

 その攻略と封印を行う冒険者はどれだけあっても足りないのである。

 ゆえに、それらの人材の魔法刻印適正を調査できるように、適正のある刻印を選んだあとに正しい努力が行えるように、様々な教育機会を与えらえるように。あらゆる人類は世界を救うための努力を惜しまないのだ。


 最後に、刻印深度のⅣやⅤはまずまっとうな手段では出現しない。

 相応の才能と努力、幸運や財力など、平凡な人間では持てない様々なリソースが必要となるからである。

 しかしそれらの厳しい条件を乗り越えて出現したならば……

 深度Ⅳは、その出現によって政治情勢や戦争状態が変更されるほどのものに。

 深度Ⅴとなれば世界の命運を左右するほどの影響力を得ることになるだろう。


                ◇◆◇◆◇


 むっちーたちカオスオーダーがクリスタル・ブラッドプールと戦う決断をしたのは、彼らがクリスタルを説得する手段を持たなかったからだった。

 この場にクリスタルの知り合いや友人がいればそいつが会話をしてなんとか説得をするという手段も使えただろう。

 だが手持ちの吸血鬼たちはブラッドプールの家に仕えるものたちであっても、主家の娘たるクリスタルに親しくできるような身分のものはいない。

 否、親しくなるための身分だけならむっちーの契約キャラクターであるレッドベリルは持っていた。

 レッドベリルは子爵で男だが、主家の、不遇な方の娘に会いたいと懇願すれば許されるかもしれないぐらいには才能も実力もあったし、許されるだけの期待もされていたからだ。

 ただし、当然だったがレッドベリル自身が家中で評判のよくないクリスタルに興味がなかったため、レッドベリルはクリスタルと面識がなかった。

 加えてむっちー以外のカオスオーダーが契約している吸血鬼たちもレッドベリルと概ね同じ判断をしていた。

 そもそもがこういった場面で友好的に振る舞えないのも多少の理由はある。

 最初にレッドベリルをガチャで引いたむっちーがクリスタルを無視したのも、そこに繋がっている。

 この世界のシナリオでは、クリスタルは父と双子の姉が生きている間は不遇な存在でなければならない。

 彼女が周囲から担ぎ上げられるのは、ブラッドプール家の当主と姉がクリスタルによって殺害され、そのあとの数年間で実力を高めたクリスタルが召喚士の契約を自ら破壊し、帰還してからである。

 ゆえに、カオスオーダーたちはクリスタルを放置してきたのだ。

 メインストーリーを崩さないためにもカオスオーダーたちはクリスタルに干渉したくなかったし、人気キャラクターのクリスタルを独占しないよう、周囲が牽制し合うために親しくなることもできなかったのである。

 とはいえ、知り合い程度でどうにかなったかと言えば、不明ではある。

 ブラッドプール家の重臣であるアイオライトがすでに殺されているからだ。顔見知りで、父親の直臣のアイオライトがだ。

 今のクリスタルに説得は無駄だということはまともな頭があればわかることだった。

 戦いを挑むのは、順当といって良いだろう。

 カオスオーダーがクリスタルに戦いを挑んだのは、そういうふうに考えることもできた。

 しかし、むっちーたちカオスオーダーはそんな小賢しいことは一切考えていなかった。


 ――彼らが戦うのは、ゲームでそう・・だったからだ。


 説得に必要なのは武力。とにかくぶっ叩いて戦闘不能にすれば対話可能になってなんとかなるだろう。この程度の考えである。


 ――暴論である。だが、それはこの場では真実正しかった。


 真祖吸血鬼であるクリスタルにとって、迫りくる吸血鬼や殺人鬼たちは血袋――否、ただの経験値にしか見えていなかった。


 見えていなかったのだ。


                ◇◆◇◆◇


 ――獲物が走ってくる。


 クリスタル・ブラッドプールは正面から突っ込んでくる吸血鬼と殺人鬼、魔族などの集団を見ながら心中でのみ舌なめずりした。

 表でやらないのは真祖の姫である彼女にとって、舌なめずりなど下品だからである。

 なお彼女の認識ではセイメイを前にして興奮して体を擦りつけたり、匂いを嗅いだり、舌を這わせて抱きしめたのはノーカンであった。

 幸福な記憶を思い出しながら「流石に多いわね」とだけ彼女は呟くと『真祖吸血鬼』の魔法刻印に備わった基本機能である『邪眼Ⅲ』を発動する。

 邪眼は強力な異能である。

 しかし60相当の精神か状態異常耐性がⅢもあれば何の痛痒も発生しないような対策のされやすい能力でもあった。

 実際、視線をあわせることで効果が発動するスキルは防御手段も豊富なため、対策装備が学園都市では出回っており、カオスオーダーも今回はクリスタルが敵対者である可能性が高かったため、しっかりと調達していた。

 なおセイメイの魅力が通じていたのは、装備込みでも精神ステータスを60にするほどにレベルを上げている者はカオスオーダーにはいないためである。

 ステータスの暴力で屈服させる魅力特化型というのはそれだけ脅威なのだ。

 閑話休題たたかいにもどる

 クリスタルの邪眼が効果を発揮し、突っ込んでくる敵集団の中で発狂や魅了の状態異常にかかった者がいたらしく仲間割れが発生する――とはいえ。

(ちッ、結構残ったわね)

 クリスタルの舌打ち。

 多くのものが駆け出した時点で邪眼封じのサングラスを掛けていたため、同士討ちで脱落したのは二割程度だった。

 彼らのすべてが対策アイテムを持っていなかったのはアイテムが高価なものだったからで、彼らが道中に対策アイテムを身につけていなかったのは戦闘で破壊される危険性を考えてのことである。

「おらおらおらぁあああああ!」「やるぜ!!」「ロリスタルお嬢様、お覚悟!!」

 多少は減ったものの迫ってくる敵は未だ多数。とはいえクリスタルは突っ込んでくる敵を見ても欠片の恐怖も抱かなかった。

(雑魚、ね)

 レベルは最大でも30か40ぐらいだろう。世間一般では強者の部類。加えて、中には屋敷で父への客として見かけたような高位吸血鬼も見受けられた。刻まれている刻印も高性能なものだろう。

 それでも、クリスタルにとっては雑魚という感覚だった。


 ――アイオライトを殺し、吸血鬼どもを殺したからだ。


 下僕どもを殺したことで真祖吸血鬼の魔法刻印。それが成長する感覚がクリスタルにはあった。

 クリスタルは自身の刻印についての理解を深めていた。

 真祖吸血鬼の魔法刻印の成長条件は、おそらく自身の強さへの確信・・だ。他者への支配。捕食者としての自覚。

(私は、強い・・。強くなった)

 下位の吸血鬼どもの群れを圧倒した。蹂躙した。殺戮した。自分が吸血鬼たちの上に立つべき貴種だと本能で理解を得た。

 それを、理解する。した。実践もした。

 くふふ、とクリスタルは影魔法を展開する。

 距離はまだまだあった。アイオライトが連れてきた吸血鬼たちが殺されている間に接近すればよかったのに、とクリスタルが感想を抱くように、カオスオーダーの部隊はまだクリスタル目掛けて駆けている最中だった。

 通常ならば射程外だ。

 だけれどクリスタルには確信がある。


 ――夜の闇はクリスタルの味方だと。


(嗚呼、本当に、私は、強く――強く!!)

 クリスタルは両腕と翼から影魔法を射出し、接近してくる間に何人も殺していく。通常は射程外の距離だ。だが命中する。的中する。殺害していく。

 もちろん相手側も無防備に突っ込んでくるわけではない。瓦礫や建物を利用し、迂回して進もうとする者もいれば、防御スキルで攻撃を防いだり、影の魔法を叩き落とそうと剣やナイフなどで相殺したり、クリスタルに向かって超長距離でも効果を発揮する攻撃魔法を撃ち込んでくる者もいる。

 それらに対してクリスタルは影に潜ったり、影を盾にしたり、相手が1の魔法で攻撃するのに10の魔法を撃ち返して殺していったりする。

(そうだ――私は、真祖吸血鬼だけじゃない。影の魔法への理解を――嗚呼! 嗚呼!!)

 高速移動スキル持ちが突っ込んでくるのを、その進路上に刃状にした影を設置すれば、移動スキルが切れた瞬間に人間の輪切りが出現する。

 雷撃スキル持ちがクリスタルに向けて雷を纏い突っ込んでくれば、影魔法を防御が飽和するぐらいに叩き込んで殺した。

 一塊になって突っ込んでくる相手にはそのど真ん中に影を利用して突如出現してやり、敵集団の足元から影を刃状にして出現させると踊るようにして刃を高速回転させて敵集団をミキサーのようにして肉塊にしてやった。

「あははッ! あはははははッ!!」

 クリスタルは確信していた。

 自分は強い。強いのだ。弱者ではない。あの館で姉の下位互換だと蔑まされていた自分は馬鹿だった。

 わたしはこんなにもつよいのに。

 つよいのに――強いのに!! なんで!! どうして!!

「セイメイ! セイメイ!! セイメイ!!!」

 私は強いのに。こんなに、こんなにも強いのに!! なんで私を捨てたんだ!!!

 空を見上げる。くらい。暗き闇だ。暗黒だ。そうだ! そうだ!! 理解だ!! 脳ではなく、精神で! 魂で理解する!!


 ――夜天の下は、全てだ。


 ゆえにクリスタルは夜の世界では無敵だった。

「ぎゃああああああ!」「うわああああああ!」「た、たすけッ!!??」

 迫ってきた敵が肉として処理されていく。

 悲鳴は歌のように。刃は闇そのもので。クリスタルは彼らにとっての死神だった。

 『瞬間強化』や『瞬間回避』『瞬間防御』など、カオスオーダーたちは各々がセットしてきたオーダースキルで契約しているキャラクターを援護するも、クリスタルの蹂躙を止めることは難しかった。

 瞬間強化で攻撃力を上げても影を自在に移動するクリスタルに攻撃を当てることは難しく、瞬間回避で攻撃を避けても、避けたあとに攻撃を放たれて殺され、瞬間防御で無数の影魔法に耐えても、その上からさらなる影魔法で削り殺される。

 もちろん攻撃が当たることもある。だがクリスタルは吸血鬼だ。吸血魔法で即座にHPを回復し、負傷など秒で消えてしまう。倒すならば即死させるほどの威力が攻撃に必要だった。

 無論、カオスオーダーたちとてこの世界で何年も生きてきた。

 実戦経験を積んでもいる。だが、どこか甘えがあった。

 自分たちは特別だと。これだけ数が揃っていれば勝てない敵はいないと。


 ――だって、ゲームでは勝てていたのだから。


 ――だって、メインストーリー開始前のイベントなのだから。


「なん、で、あんなに強い……?」

「レベル上がったってもレベル40、だろ。レイドボスじゃあるまいし、なんで勝てない……!」

 戦場から少し離れた位置で契約キャラクターたちを援護していたカオスオーダーたちは頭を抱えることしかできなかった。

 むっちーも自慢のレッドベリルとそのサポートとして向かわせたブッチャー・ガッチャーが何もできずに殺されており、護衛として他のキャラクターを召喚するか迷うぐらいだ。

「きゅ、吸血鬼以外出したらまずいよな……」

「いや、出しとけ。身代わり・・・・は必要だぞむっちー。てかとりあえず撤退しようぜ。無理だ。勝てねぇよ」

 誰かの言葉にそうだな、と誰かが返す。むっちーも頷きながら撤退しようとして「あら? 帰るの?」と幼い、だけれどとても綺麗な響きの声を聞く。

 見上げれば、少女が立っている。

「あはッ。あははははッ。死んでいきなさいよ。送ってあげるから」

 くふふ、と彼らの頭上に、物質化した影に腰掛けて、黒髪紅瞳の吸血姫――クリスタル・ブラッドプールが嗤っていた。


 ――『真祖吸血鬼』の理解を深めました。刻印深度が成長しました。

 ――新たなスキルが取得可能です。

 ――セットスキル『影魔法』が新たなスキル特性を取得可能です。


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