031 詳細鑑定



 TIPS:転生特典

 特典Ⅰ:前世記憶の保持

 特典Ⅱ:ゲーム知識+カオスオーダー魔法刻印

 特典Ⅲ:SSR確定単発ガチャチケット+『ログインボーナス』

 特典Ⅳ:チケット昇格 SSR確定10連ガチャチケット+『ユニークオーダースキル』

 特典Ⅴ:刻印機能スキル『主人公』


 スキル『主人公』。

 『強運Ⅳ』『魅力Ⅲ』『虫の知らせⅣ』『奇跡Ⅰ』の複合スキル。


 HPが0になっても根性で数秒耐え、カウンターで敵対者を一撃死させる。

 致命傷を負っても奇跡的に生存することができる。

 少女の祈りによって敗北寸前の状況が覆る。

 ピンチのときに突然仲間が現れる。


 現実化した世界に幻想を呼び込むことを可能とするスキル。

 愛と勇気と気合と根性で勝利を掴むことを可能とするスキル。

 現実化したことで原作主人公から失われたスキル。


 このスキルの所持者は世界に一人だけしかいない。


 カルマ値の低下によって失われる可能性があるスキル。


                ◇◆◇◆◇


「……は?」

 探索隊の隊長であるアイオライト・デッドリィが死んだ瞬間、転生者にしてカオスオーダーでもある、むっちーはその言葉しか口にできなかった。


 ――クリスタルがアイオライトを殺した。


 それも、一撃で。絶対にありえてはならない事象。

 刻印深度Ⅲレベル60の高位吸血鬼を一撃死させるなど、それはむっちーの常識からかけ離れた現実だ。

「く、クリスタルの、レベルは……?」

 むっちーは呆然と呟く。むっちーは額に配信用のカメラをつけていたが(コメントなどはできないようにしているオーダー用の、報告用の配信だ)、それの存在を忘れるほどの忘我である。

 否、理解はしている。

 カオスオーダーは拠点でカオスオーダー用のスキルを3つセットし、それを用いていることで戦闘指揮を可能とするが、相手の魔法刻印の情報はわからなくともレベルを見ることぐらいは基本的な機能として存在している。

 むっちーの視界にも、クリスタルの頭上には『クリスタル・ブラッドプール-レベル21』の表示は出ている。

「見えねぇのか! レベルは21だよ!! それより、なんだあれ!? どういうことだよ!! なにが起こってんだ!!!???」

 むっちーの呟きに、となりにいたカオスオーダーが反応。絶叫と共に警戒をあらわにした。

 アイオライトが同道すると聞いた瞬間からカオスオーダーたちはこのクエストは簡単に終わると思っていた。

 無論、ステージは困難極まる死地に近い。だがそれでも、だ。クリスタルに苦戦するとは思わなかった。

 道中こそが最も危険なクエストだと思っていたのだ。

 そして危険度こそ高いが、クエスト目標は簡単に達成できるものだと思っていた。

「雑魚モブっても、アイオライトは、れ、レベル60だぞ」

 また誰かの呟き。レベル差によるダメージ減衰は1レベルごとに1%。あの瞬間、クリスタルの攻撃は39%カットされていたはずだった。

 だが一撃で殺していた。高位吸血鬼を。一撃で。

「一撃!? ありえねぇ! てか、アイツ。アレ! さっきまでいた奴! なんなんだアイツ!!」

 誰かの言葉に先程までいた少年を思い出す面々。不思議と攻撃したいとかそういう気分にならなかった誰か。

 レベル60の、セイメイとかいう少年。

 ぞくり、とむっちーの体が震えた。あとからじわりと滲んでくる悪寒。セイメイという少年から攻撃を食らっていたのだ自分たちは。

 多くの権能を持つカオスオーダーはステータスを持っていない。

 力も体も0。命も0で、魅も運も0だ。とはいえ完全に0というわけではない。

 刻印が持つパッシブスキルとして全ステータスに10程度の補正はある。もちろんそこにステータスごとの数値の多寡や個人差などもあるが。

 加えて、オーダースキルには死なないための保険があるものの、強力なステータスで武装した超人が闊歩するこの世界では圧倒的に不利な存在でしかなかった(ソーシャルゲームの設定として、主人公の虚弱さは世界観の強度やガチャの価値観を保つための重要項目である)。

 とはいえ精神抵抗などは刻印の機能として備えられており、20程度の魅力なら完全に遮断することができた――はずだった。

 だがあの瞬間、それらはあっけなく貫通されていた。予想できるのは一つだ。

「魅力、特化型……かよ!!」

 見た瞬間に魂が虜にされるような感覚があった。懐かしい人にあったような。泣きたくなるような暖かさがあった。ずっと傍にいたくなるようなそんな感覚があった。守りたくなるような心持ちにされた。ありえないほどの心地よさに精神を浸された。

 あの少年に、むっちーたちは奇妙な引力を感じてしまった。彼らが連れていた契約キャラクターたちもそうだった。

 高い魅力値にさらされるというのはそういうことだ。無条件で好きにさせられる。好意を捧げてしまう。そういう生き物にされてしまうのだ。

「誰か! セイメイとかいう奴鑑定できたか!!」

 むっちーが叫ぶ。最重要項目のようにそれは思えた。

 遠くではアイオライトの死体が消えていくのが見え、吸血鬼部隊は動揺で動けていない。

 自分たちも、契約キャラたちも呆然と立ったままだった。


 ――この場の全員が何秒を無駄にしているのか、不明だった。


 アイオライトが死んだことが、それだけ動揺をこの場に呼んでいた。

 吸血鬼の君主に仕える幹部、八血陣は、この世界における強者だ。原作だったらレアモブ! レアドロップあざっす! と気軽に言えるむっちーだが、転生した今となっては絶対に敵対したくない相手の一人がアイオライトという男だった。

 あれと敵対したら人生が終わる。そういう怪物だったのに。アイオライトは。

 それが一撃で殺されるだと!? 一撃!? どうやった! なんでだ! ありえない! 九歳時のクリスタルじゃあ泥仕合を続けても絶対に殺せないのがアイオライトだというのに。

 加えて、セイメイ。あれはなんだ。なんなんだあいつは。

「しょ、詳細鑑定終わったわ。でも、あいつ……何、アイツ」

「早く言え! なんだったんだ!!」「解析情報よこせ!!」「早く! 早く!!」

 鑑定のために連れてきている女カオスオーダーの言葉にむっちーたちは即座に答えを要求する。

 詳細鑑定は原作では敵の弱点などを詳しく解析するだけのスキルだ。

 攻略サイトがあったために実際に攻略をする最前線フロントランナーのプレイヤー以外は使わなかったスキル。

 ただし現実化した現在ではむっちーに加えて、多くのプレイヤーにとっては使いたくても使えないスキルになっていた。

 詳細鑑定は何もかもを丸裸にする。年齢性別体重身長どころではなく、全てだ。血液型から傷病歴、殺人経験や遺伝情報、何もかもをだ。

 だから鑑定した情報の解析に知能ステータスが20。加えて解析専門の魔法刻印が必要な高度なスキルになってしまっていた。

 今報告をしようとする仲間も、そういった解析専門のキャラクターと契約をしていた。詳細鑑定自体はむっちーも保険として確保しておきたいスキルだったが、解析能力のある刻印持ちのキャラは希少なため、むっちーの手持ちにはいない。

 そんな詳細鑑定を使ってくれた少女は、情報解析専門のかなり優秀な仲間だった。信頼している仲間だ。だから少なくとも、嘘はつかないだろうと皆が思っていた。

(鑑定情報……早く言え……あれは、なんだったんだ?)

 むっちーの脳裏に消えた少年の姿が思い出される。魅力値の影響が残っているのか。この場の主役たるクリスタルよりも気になってしまっていた。嗚呼、正体が知りたい。ありえないほどの魅力値の少年。だが……だ。敵の、はず。あんなの原作にいなかった。シナリオ修正主義者に違いなかった。そうであって欲しかった。そうであれば……また、会う機会が……――。

 だから、続くその言葉に、この場の全員が動けなくなる。

「転生特典Ⅰ。名前はセイメイ・ゴトウ。9歳。深度Ⅲのレベル60。魔法刻印は、隷属テイマー

 転生特典Ⅰ。それは、前世の知識があるだけの存在だ。転生者であることは予想できた。だが、ゲーム知識なし。ゲーム知識なし!?

「ゲーム知識、ないのに。ここに絡んでくる……のか?」

 むっちーは呆然とする。よりにもよってクリスタルのイベントに? 嘘だろ?

 そして転生特典Ⅱがないということは、原作知識もそうだがカオスオーダーの魔法刻印も持っていないということだ。どうやって生き延びてきた? どうやって強くなった?

 何より恐ろしいのは9歳という情報。

「9歳で、刻印深度Ⅲ?」

 それはつまり、前世基準で言えば9歳でオリンピックに出場するような人間を打ち負かせる、超天才という意味合いになる。

「レベル60……? 9歳で?」

 それはつまり、9歳で1000歳超えの吸血鬼と同じ存在ということになる。

「なん……だ。それ、は」

 呆然と黙り込むむっちーの隣で誰かが呟いた。カオスオーダーたちは呆然としてしまっていた。彼らの中にクリスタルに対応できる貴重な時間が失われているなんて考えられる人間はいなかった。頭が悪いとか、覚悟が足りてないとかそういうことではない。この場の全員が魅力値60に精神を侵されていた。戦場を戦場とわからず、セイメイに注目してしまっていた。


 ――強烈な魅力とはそういうものだ。


 ただ鮮烈に、強力な印象を心に焼き付けるだけではない。あとにずっと引くような、脳に絡みつくような印象を残すのも強烈な魅力の特徴だ。魅力特化が危険視される、生きていけなくなる、監禁されてドロドロに溺愛される理由だった。

 もしセイメイが、次元魔法ではなく混乱や魅了などのアクティブ効果のある状態異常魔法を取得していたなら、この場の全員を一息に殺害することだって容易だっただろう。

 無論、クリスタルを隷属させていることで超強力な魔力値を持っているセイメイであるなら、この場の全員の魔法抵抗を無視し、転移魔法で上空1000メートルからコンクリートの地面や海面に叩きつけるなどの方法をとることもできた。

 もちろんそれは、この場の誰も知らないことでもあったが。

 否、解析しているカオスオーダーの少女だけはその事実に気づいて顔を青ざめさせているものの、それよりも重大なことを彼女は皆に告げる。

「セイメイのッ! 契約、キャラ・・・クター・・・ッ――!!」

 キャラクター……? とその場の全員がさらなる混乱に陥る。ああ、そういえばセイメイは隷属の魔法刻印持ちだったか。隷属。テイム魔法だ。ウェブ小説なんかでは定番の強スキル。モンスターと契約するための、そのためだけの魔法刻印。

 ただし前世では強スキルでもこの世界ではクソ雑魚扱いされる魔法刻印でもあった。

 彼らがセイメイの魔法刻印に重要視せずにレベルや刻印深度だけを注目した理由だった。

 ただ、テイムはカオスオーダー全員の認識でもゴミ魔法刻印ではあるものの、原作では飛竜ワイバーンと契約し、モンスターのステータスを増強するサポートスキルでシナジーを作っていたSSRキャラクターなんかもいる程度には、キャラクターを選べば使える刻印でもあるという認識はあった。あったのだ。

「契約キャラクター! クリスタル・ブラッドプール!!」

 解析専門のオーダー少女が叫ぶように、現実を否定するように声をあげた。

 なにかの粒を手のひらに取り出して吸収しているように見えるクリスタルを遠目に、カオスオーダーたちはそれを聞いている。

 クリスタルの頭の上の数値が、レベルが上昇していた。だけれど告げられたその言葉を彼らは考えていた。


 ――何を言っているのか、よくわからなかった。


「な、なんだって? も、もう一度頼む」

「クリスタルと契約してるのよ! クリスタル・ブラッドプール! あれと! あれの契約者がセイメイ!! あれをテイムしてるのよ!!」

 悲鳴のような声だった。セイメイのステータス欄には彼が隷属させた存在の情報が載っていた。

 また、セイメイはモンスターとも契約していた。鑑定した彼女はその情報を知った。ただモンスターは無視した。次元精霊に絡繰鉄馬バイク。どちらも原作では雑魚扱いされたモブモンスターだったからだ。だからモンスターを彼女は省略した。

 情報には、優先されるものがある。

 だから叫ぶのだ。もう一つの情報を、重大な事実を、この場の全員に伝えなければならないから。

「それに! もうひとり! もうひとりいるのよ!! ッ……ッ、もう、ひとり!!」

 いつも淡々と鑑定結果を教えてくれる少女の動揺。何がそんなにやばいというのか。ティアー表におけるSランクでもいるのか。S級冒険者とか、クリスタル以外の魔族勢力のトップとか、教会の執行者とか。裏ボスとか。

 すぅ、と少女は息を吸った。そして情報を吐き出した。

「ッ――太陽の聖女アレクサンドラ!!」

 その言葉に、オーダーたちは停止した。それだけの衝撃があった。聖女がテイムされるなど、ありえない事態だった。そもそもあの魔法刻印に、聖女をテイムするような強力な力はないはずだし、そもそも深度Ⅲで転移魔法が使えるような刻印構成ではクリスタルやアレクサンドラの意思を螺旋曲げて、契約を強化、維持するための隷属スキルの補助スキルを獲得できないはずであった。

 カオスオーダーたちは、情報の衝撃で、ぐらぐらと頭が揺れたような気がした。魅力の影響も残って、内容を冷静に把握できない。

 何? なんだって? 意味が、わからない。

 それに、とカオスオーダーたちは思った。どうやってアレクサンドラを制御している?

 この世界に来て、情報が更新されたものは多い。

 聖女はその一つだ。

 カオスオーダーたちの間では聖女は契約しても自分たちを見下す傲慢な生物という印象だった。

 聖女と契約したカオスオーダーはいたし、魔界同盟にも所属していたがどうやっても仲良くなれず、放置するしかなかった。

 誰かがフレーバーでしかなかった虚偽感知が仕事をしているという情報を出したこともあったが、教会まるごとと関係が断絶するリスクを考えれば聖女の情報を丸裸にする詳細鑑定をかけることは――鑑定された場合、たいていは精神抵抗の発生で本人に鑑定されたという情報が伝わる――戸惑われ、結局何が原因か正確に把握することが困難だったのだ。

 もちろん彼らは、カオスオーダーが3つセットするスキルのテンプレ構成の一つ、鑑定対策にセットしたパッシブスキルである『ステータス偽装』が仕事をして聖女に生涯嫌われる原因を作っていることには気づいていない。

 どれだけ親身にし、高価なプレゼントを与えてもが微かにしか上がらない、たぶん清廉潔白な原作主人公ぐらいにしか懐かないと思われる聖女たち。

 そんな聖女筆頭のアレクサンドラをテイムしている? どんな奇跡? 魅力ステータスってそんなに強力なの?

 その情報を聞かされ、情報を咀嚼し、飲み下す。

 カオスオーダーたちの停止していた時間は、三十秒ほどだった。

 その停止した中でも状況は進む。アイオライトが殺された衝撃から復帰した吸血鬼たちは再起動した。彼らはクリスタルへと迫り――だが、同時に、レベル上げを終えたクリスタルはレベル40へと到達していた。


 ――アイオライトが死亡してから、一分も経っていなかった。


 しかし貴重な一分だった。むっちーの視界に映るクリスタルの頭上には、レベル40の表示があった。

 クリスタルを拘束できたであろう最後のチャンスが失われたことに。この場の誰も気づいていなかった。


 ――まだ勝てると思っていたのだ。愚かなことに。


「私は……私はッ! 貴方達を殺して、刻印深度を上げてやるッッ!!」

 迫る吸血鬼たちに相対したクリスタルが遠くで叫んでいた。オーダーたちは、まだ戦闘態勢を整えていなかった。

 動揺からの復帰は遠い。

 魅力60の枷は、まだ残っていた。


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