029 夜道
TIPS:魔法刻印の適正・熟練度
・『魔法刻印の適正』
魔法刻印は基本的にただの道具であるので、誰がどんな魔法刻印を使っても一定の威力が出るということはない。
必要な才能があるのだ。
サッカーボールを蹴飛ばしたとして、運動能力の高低によって、遠く強く蹴飛ばせる子供が現れるように。
ゆえに、適正のない人間が剣術の魔法刻印を使用しても剣はうまくならないし、熟練度の上がりも悪くなる。
そして剣の
逆に剣に嫌われた者が剣術の魔法刻印を得たとしたならば、彼が一生を剣を捧げたとしても、第二スキルすら得られることはないだろう。
・『魔法刻印の深度』
刻印深度は劇的な成果を上げることで、時間や手間をかけずに深度を上昇させることができる。
某少年が
ちまちまと弱小のモンスターをテイムすることで微々たる熟練度を得るよりも、このように魔法刻印の性能よりも格上の相手をテイムすることで刻印深度を一息に上げることも可能なのである。
ただし、これらは狙ってできるようなものではない。
加えて、ⅣやⅤの深度ともなれば刻印の計画的な育成に加え、運と才能が必要になる。
・『スキルの熟練度』
スキルは使い込むことで熟練度を上昇させ、新たな特性の獲得や刻印深度の上昇に寄与させることができる。
しかし漫然と熟練度を上げただけではそのうちにスキルの成長は鈍化し、熟練度の上昇も停止するようになる。
深度上昇に至るためには
とはいえ、スキルの中には反復行動で熟練度が上がり続けるようなものもある。
それは図書館スキルのような知識系スキル、次元魔法における次元錨、ステータスを上昇させるパッシブ系などの誰がどうやっても同一の結果を得られるものだ。
これらのスキルは特に適正が必要なスキルではないため、使い続けることで誰でも一定の熟練度を得ることができるのである。
また図書館スキルなどの場合は、新しい知識を閲覧し続けることなどで熟練度の獲得にボーナスを得ることができる。
なお、某少年がやっているような、魔法刻印を改造することで自動的に熟練度を得られるような仕組みを作ることは世間的には推奨されていない。
魔法刻印はブラックボックスの多い技術であるため、何が起こるかわからないからというのが専門家の意見であるが、そこに卑怯者を見る求道者の軽蔑が混じっているのは否定できない事実であるのと、自動化を失敗して手当たり次第に動く者すべてに攻撃魔法を撃ち続けるような改造事故が起きた事例などがあるからでもある。
・『カオスオーダーとの契約』
カオスオーダーと契約することでカオスオーダーたちが言うところの☆5人材は契約初期から刻印深度Ⅲの力を得ることができるが、そのときに自動取得されるスキルや、カオスオーダーの持つ刻印によって解放される深度ⅣやⅤのスキルは未来において彼らが取得しただろうスキルとなっている。
また人材の☆の数を決めるのは適正の高さ、つまりは現時点の強さよりも才能や未来における可能性のあるなしであるようだ――とこの世界の人間は判断している。
カオスオーダーとの契約によって失われる自由は多いものの、確実に強さを得られ、またカオスオーダーの活動を通じて世界を守ることはこの世界の住人にとっての至上命題でもある。
そういったこともあり、カオスオーダーとの契約を断るような人間は少ないのである(初回SSR確定ガチャのような強制召喚も存在するが)。
またメインストーリー開始前のカオスオーダーは秘密組織であるため、幼い頃に召喚を迫られた子供がカオスオーダーのことを知っている割合は低く、初回召喚時の丁寧で詳細な説明は契約後の友好的な関係を築くためにも必須のようだ。
◇◆◇◆◇
夜の闇に覆われた荒野――廃墟の都市をクーと一緒に歩いていく。
道中、闇に紛れて俺たちに襲いかかるモンスターはもちろんいるが、次元の隙間に隠れたシリウスや吸血姫であるクーが召喚した眷属が処理してくれていた。
「はー、冬も近いよなぁ」
俺が吐く息には白さが混じっていた。
サバイバル生活が進行する中でクーがプレゼントしてくれた闇色のコートを着ながら歩く俺は、とぼとぼと俺の背後を歩くクーへ、くるりと振り返りながら明るい声で言う。
「そう……ね」
クーの返事に元気はない。なんでだろうと思うもののよくわからないので俺は楽しげに歩きながらクーに告げていく。
「学園都市についたら何すっかなー。やっぱ冒険者って奴? 金ないし、身分証とかないしさぁ」
「うん……私の家で、暮らすとか、どう?」
「あはは、無理だろ。クーの家ってめっちゃ金持ちなんだろ。俺みたいなのが行ったらそっこー追い出されちゃうぜ」
ケラケラと笑っていう。っていうか知らない家の子供とか来てもクーのお父さんとかお母さんとかが迷惑するだけでしょ。住ませて貰う側の俺だって、知らない家に居候とかめっちゃ気まずいし。嫌だよほんと。
「そんなことは……ッ、そんな、ことは」
否定し切れないらしいクーがなにかを言おうとして言葉に詰まっていた。
言いながら考える。クーの家ってでかい家なんだよな。吸血鬼たちの王の家、前世じゃ全く縁がなかった権力者っていう奴か。
どうしても、どうやっても俺が生活を安定させられなかったら頼ってもいいかもと考えてしまうが、サバイバル生活の中でクーに世話になりまくってた身からするとそこまで世話されてもちょっと恩を返しきれない感じもあるし、何より、吸血鬼の本拠地に行ったら俺が脱出できるかわからないのが怖い。
ワープは覚えたけど万能じゃないしな。
転移防止の魔道具も、スキル封じもこの世界には存在する。
様子のおかしいクーとだらだらと話をしながら俺たちは歩いていく。
――空を見上げれば、大きな、少し欠けた月が俺たちを見下ろしていた。
歩く。歩く。歩く。本気で走れば軽自動車並の速度は出せるが、走ってこの廃墟を突破することは考えていない。
クーの眷属たちが周囲のモンスターを処理する速度に合わせて移動しているためだ。
あまり早く移動しすぎると、魔物による
「初めて会ったときはさぁ。俺ってクーのこと狼の子供だと思ったんだよな」
「う、うん。そうだったわね」
「ふわふわのモコモコのかわいい犬っぽいのがいたからさ。俺、すっげー、なんていうか、そうだ。ペットだよペット。ペット飼いたい気分でテイムしたんだぜ」
ま、犬じゃなかったけど、と言いながら俺は道の先を見据える。
(まだ、だな。遠いな)
歩いてから時間は結構経っている。それでも荒野の切れ目は遠い。話のネタが尽きそうになるも、クーがボソボソと小さな声で何かを言った。もっと大きな声で頼むぜ。
「私は、別に……このままでいられるなら、セイメイのペットでも、いいのよ?」
ちょうど寒くて赤くなりかけた自分の耳を触っていたせいか、クーの声が小さすぎたせいか……俺にはクーがなにを言ったかわからなかった。
「んー」
聞き返そうとも思ったが遠くで戦いの音が聞こえた。
クーの眷属がなにかのモンスターを他のモンスターと戦わせているのだろうか?
昼より夜の方がモンスターの出現率は低いものの、強くて凶暴だったり、狡猾で生存力の高いモンスターが出没するようになる。
そんな強敵たちをクーの眷属たちは打ち倒していた。
出会ったときは怪我をしていたクーも強くなったものだと感心する。
(つか、夜のモンスターが強くなるとかゲームっぽいよな)
いいながら「クーも最初はお嬢様っぽかったけど、すぐに順応したよなー。食事とか、工作とか」なんて話し続ける。
暗い夜の街を無言で歩くと、耳鳴りがするように耳の奥に違和感が現れる。それが奇妙に嫌だった。だから声を掛ける。会話を続ける。
焦り、とかではないんだけれど。感知ステータスが仕事をしているのか、奇妙な胸騒ぎがあった。
サーシャ >セイメイくん どう?
セイメイ >超余裕 俺に任せろ
サーシャ >嘘じゃないってこと……ん、それ、何も考えずに適当に言ってるだけでしょ?
セイメイ >たはは バレたか
サーシャと会話していれば、クーが「ふふ」と俺のバカ話に笑ってくれた。
「セイメイ、ねぇ、私は、私はね。セイメイの役に立ちたかった」
クーは言う。俺の後ろを歩きながら「ご飯も、食器も、椅子やテーブルだって作った。なんだって、なんだって! 私が、私が一番セイメイの役にッ」クーは言い続ける。
「ずっと! ずっと一緒にいたい!! セイメイと一緒に!!」
クーは言う。
「どうして学園都市に行く必要があるの? セイメイぐらいのレベルがあれば、私がお手伝いすれば、あの山の中でだっていくらでも快適に暮らせたでしょ!? 足りない資源だって、私が頑張ればいくらでも手に入る! 私がどうとでもできる!!」
子供らしい言葉に苦笑してしまう。楽しいサーカスの帰りみたいだった。いつまでも遊んでいたい、そんな夢の場所。
だけれどピエロが言うのだ。坊っちゃんお嬢ちゃん帰りましょう。さぁさ、閉幕でございまする。そう、子供はいつか家に帰られなければならない。
「クー。クー。わがまま言うなよ。歯医者とかどうすんだよ。あと学歴。俺、ちゃんと都市で学校に通いたいんだよな。履歴書に小卒とか書くの勘弁だぜ?」
というか小学校に通ってる途中だったので正確には小卒ですらない。幼稚園卒だろうか。就活のときに信じられないアホだと思われそう。やだなぁ。
そんな俺をクーは信じられない顔をして見ている。
「歯医者って……体力ステータスが20もあれば虫歯になんかかからないわ」
「わかってねぇなぁ。歯医者ってそれだけじゃないんだぜ?」
俺は魅力が60もあるから歯列矯正は必要ないけど、それはそれとして歯石とってくれたりホワイトニングしたりと健康的な歯には定期的なメンテは欠かせない。若いクーにはわからないだろうけれども。
「ねぇ、セイメイ。戻りましょうよ。こんな夜に、明日にしましょうよ」
「いや、都市に行くよ。さすがに冬は寒いし」
体力値20あるから風邪は引かないだろうが、山の中が暮らしにくいことは確かなのだ。
戻りましょうと強い口調で言ってくるクーを無視しつつ俺はずんずんと進んでいく。
これでよかった。クーが戻ろうといっても俺が進むかぎり、こいつはついてくる他ないのだから。
「わ、私は! これ以上進みたくない!!」
振り返れば、クーが立ち止まって、両手の拳を握って俺を見ている。俺は笑って言ってやった。
「早く来いよ。置いていっちまうぞ」
クーが「モンスター倒さないから! 進めないから!!」と言うも、邪魔なモンスターは次元に『潜航』できるようになったシリウスがいればなんとかなる。クーの眷属は時短には必要だが、絶対に必要というわけではなくなっていた。
だからか、俺が進めばクーはぐすぐすと泣き始める。泣きながら俺の後ろをついてくる。
(あーあ、泣いちゃった。可哀想に)
――クーは、俺に執着している。
その執着を俺は利用している。
だからクーが望まなくても俺が移動したいと言えばクーは従うしかなかった。
それが隷属による効果かはわからない。
好感度のせいかもしれなかったし、ただクーが素直な少女だからなのかもしれなかった。
(家に帰らせれば、いつかテイム前のクーに戻るんだろうか?)
俺の知らないクーになるのだろうか。
気になる。気になるが答えはどこにもなかった。
それに結局のところ、これは俺がやるべきことなのだ。
時間はかかってしまったが準備もしたのだ。クーを送り届ける準備。それはもう終わっている。
冬が来る前に、全てを終わらせたい。
これ以上引き伸ばすわけにはいかないのだ。
俺がやるべきことはいくつもあった。
だが、今日ここで達成しなければならないものは一つだけだ。
――クーを、学園都市に帰らせる。
この家出娘を家に帰らせて、小卒の称号を与えなければならないのだ。
ブラッドプールってお貴族様っぽいからな。さすがに小学校も卒業できてなかったらクーの人生終わってしまうだろう。
(いや、っていうかクーより俺だよ俺。まぁ、レベル高いし最悪暴力で生きていくことになってもなんとでもなる……かなぁ? ま、俺の事情はクーの事情とは関係ないから今はいいんだが……んん……やっぱ不安だよなぁ)
学校とかに通えなくてもクソ底辺なブラック企業とかなら履歴書に書いてある内容が適当でも大丈夫かもしれないし。
(あ、でも俺って経歴に虚偽は書けないのか)
適当な嘘を履歴書に書いて、聖女という超権力者になるだろうサーシャのコネが消滅するのは痛い。
はぁ……冒険者って幼稚園卒業でも大丈夫なんだろうか?
(冒険者用の学校とかあるらしいしなぁ)
冒険者学校はたぶん幹部候補生が育つ場所なんだろうけど。
そもそも俺が学校に通うなら戸籍が必要だ。それも嘘をつかない必要があるため、正式に綺麗な戸籍を取得する必要がある。
教会に殺されたとされている俺の戸籍はどうなってるんだろうか。わからない。わからないがたぶん殺されたことになってるだろうから院長先生が喪失させてるんだろうな。
(不安だ)
生存を証明して再取得したら暗殺者がまた来るんだろうか?
そいつらはシリウスで撃退できるだろうか。また別のモンスターを捕獲して護衛として育てる必要があるんだろうか。
クーと会話し、サーシャとチャットしながらも考えることはそんなことだった。暗い未来。暗い将来。俺の希望はどこにある。
未来は不安に満ちていて、明るいものは何もない。
――それでも、俺は都市に行きたかった。都市で暮らしたかった。
(年寄りになっても山の中で暮らすとか嫌だぜ俺。コンビニすら傍にない生活とか勘弁だわ)
ぐずぐずという泣き声が背後から聞こえる。
「セイメイ……私を……捨てないでよぉ」
「捨てるって、捨てられないよ俺は」
だってお前は俺のものじゃない。捨てるも何も俺はクーを所持したことはない。
俺の言葉にクーは全く安心した様子を見せなかった。ただ捨てないでと懇願してくる。コートの裾を掴まれ、俺は背後に引っ張られながらも前を歩いていく。
闇夜の廃墟を俺たちは歩き続けた。
歩いて、歩いて、歩いて、そうして、歩いた先でそれに遭遇するのだ。
「く、クリスタルお嬢様?」
燕尾服の老人や、それらに付き従う闇色の衣服を着た人々と。
――それはクリスタル・ブラッドプールを探す吸血鬼の部隊だ。
こうやって会ったのは偶然ではなかった。
クーは俺を先導してくれたが、脱出ルートを決めたのは俺だ。
そして吸血鬼の部隊を、ここに誘導したのは俺だった。
クーを探していたいくつかの人物の手には布でできた衣類やハンカチがある。
俺がクーの荷物から拝借して、テイムしたスズメバチを使って都市の近くに投げ捨てておいたものだ。
吸血鬼たちの捜索は難航していたようだが、クーの所持品があって、捜索やサイコメトリーの魔法刻印の持ち主がスキルを使えばクーの居場所はこのように簡単に割れてしまうのだ。
ちなみに、こうして誘導した彼らが俺たちがサバイバルしていた拠点に来なかったのは、廃墟型荒野を闊歩する寄生樹アビステラーみたいな化け物がいたためだ。彼らは俺たちのところまで到達することはできなかったようである、合掌。
だがそれでも……こうやって俺がクーを連れ出せばそんな彼らと遭遇することは簡単なのだ。
(ふぅ、これで俺の役目は終わりかな。よかったな、クー。学校にいけるぞ?)
いいことした気分で俺はそっとクーを振り返った。
「クー、なんか呼ばれてるぜ。知り合いか?」
「う、うそ……なん、で? ここが、こんなところに……?」
そこに俺が予想した喜びの表情はなく……クーは涙で濡れた顔で吸血鬼たちを見ていた。
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