026 少女たちの事情/カウントダウン


 クリスタル・ブラッドプールは生まれて初めて、本気の努力をしていた。

 もちろん、今まで生きてきて努力自体はしてきていた。

 父に褒められるために肉体の性能を十全に使うことを当たり前にしてきた。勉学に励んだ。帝王学も覚えた。様々な知識もたくさん蓄えてきた。

 だが、今はそれ以上をしようとしている。肉体だけじゃない。精神、魂、そんなものまで総動員して主の望みを知ろうとしていた。

 もはや予感は確信に変わっていた。

 セイメイは確実に自分を捨てる。

 高い感ステータスがもたらす最悪の未来。

 それは悪寒やイメージとして、クリスタルの精神を苛んでいた。

 頭で否定しても無駄だった。

 その未来は確実に来るのだと、全身がクリスタルに訴え続けていた。

 どうして? どうして私を捨てるの? わからない。なんで捨てるのかわからない。

 こんなに尽くしているのに。こんなに好きなのに。こんなに愛して、恋して、魅了されて、奉仕して、魂から心服しているのに。

 だからクリスタルは毎日セイメイのために食事を用意する。ダンジョン苔を集める。モンスターを倒しその素材を献上する。それらの作業を全力で行う。優雅に、余裕に見せながら、けして手を抜くことなく、完全完璧にこなし切る。

 本体はセイメイの傍に控えながらも、クリスタルは眷属を生成し、眷属を行使し、眷属に収集させ、眷属を戦わせる。

 荒野に眷属を向かわせ、多くのモンスターを狩らせる。そんなことをしていれば吸血魔法の熟練度が上昇する。特性の三番目に『スキルリンク』を取得する。これはブラッドプールの家では教わらなかった、セイメイに教わった特性だ。

 他スキルに吸血魔法のスキル特性を乗せる特殊な特性。ブラッドプールの当主たる父が聞けば、誰にでも吸血する品がない魔法とでもいうような特性だ。

 だが、これによってクリスタルの持つ影の魔法が強化された。影の魔法に吸血魔法の特性が全て載るようになる。


 ――セイメイのおかげで、自分はきっと父よりも強くなる。


 セイメイからは貰ったものは多かった。

 もちろんクリスタルが与えたものも多かった。

 だが、ただ一人吸血鬼の姫でいたときではこのような強さは手に入らなかっただろう。

(セイメイ……セイメイ……セイメイ)

 クリスタルは荒野の中を眷属に疾走させていく、追いかけているのはレベルが40にも達する動物型モンスターだ。物理型なために魔法で狩りやすい。何より相手の装甲を無視する吸血魔法の特性が乗った影魔法は、相手がどのような防御方法をとっていてもその全てを貫通して相手にダメージを与えていく。もちろん精神ステータスによってダメージの減少は起こるだろうが、相手が動物型のために気になるほどのダメージ減少は起こらない。


 ――この狩りは、セイメイに指示されたものではない。


 クリスタルが自発的に行っているものだ。

 だけれど珍しい素材や魔石を献上すればセイメイはきっと自分を認めてくれるのだと。そうクリスタルは期待してしまう。

 殺していく。狩っていく。殺していく。狩っていく。

 クリスタルは次々と格上のモンスターを殺していく。眷属たちは相応に殺されるが、クリスタルは殺されれば殺されただけ生成して、敵を追い詰め、狩っていく。

 セイメイは優しい。優しいのだ。

 セイメイは父親と違って、抱きしめさせてくれる。抱きしめ返してくれる。

 セイメイの血を吸えば、クリスタルの心は高揚し、肉体は愛に狂う。

 セイメイは父親と違って、クリスタルを褒めてくれる。

 セイメイの体を保管したくなる。セイメイの心を閉じ込めてしまいたくなる。

 セイメイは父親と違って、クリスタルを評価してくれる。役に立つと言ってくれる。

 セイメイを連れ去ってしまいたくなる。二人でどこか、誰も知らない場所で暮らしたくなる。

 永遠に、ずっと、どこまでも、永遠に、ずっと、どこまでも。


 ――テイムの縛りが、クリスタルの過剰な愛を抑制する。


 セイメイに危害を加えてはならない。

 だけれど思うのだ。

 壊したいほどに愛したいし、壊れるほどに愛して欲しいのだと。永遠に。ずっと。いつまでも。どこまでも。


 クリスタル・ブラッドプールは壊れていた。

 愛に。壊されていた。


 だから準備するのだ。準備しているのだ。

 自身よりも圧倒的に格上のモンスターを殺しながらクリスタルは自身の魔法刻印が深度を深めていく気配を感じていた。


                ◇◆◇◆◇


 聖女アレクサンドラは聖女学園内に建てられた武道場内にてふぅ、と息を吐いた。

 足元には同輩である聖女が転がっている。アレクサンドラが転がしたのだ。

(砂塵結界、思ったより強力だね)

 セイメイに言われて取得したものの、第三スキルで取得する予定の攻撃スキルの補助程度だと思っていた。

 だが、アレクサンドラは連戦連勝し続けていた。

 この道場ではアレクサンドラよりレベルの高い聖女が数人いたが、その生徒たちにもアレクサンドラは勝っている。


 ――スキルのシナジーのおかげだ。


 アレクサンドラは砂塵結界を展開するだけでただ立っているだけで敵にダメージを与えられる。

 また日輪のバフ効果があるために多少のダメージなどは食らった端から回復してしまえた。

 ゆえに、アレクサンドラから攻撃をする必要などなく、防御の構えをしているだけで対戦相手はバタバタと倒れていってしまう。または弱っていく。

 属性ダメージを無効化するような相手もいるが同輩の炎の聖女が無効化できるのは炎のみ、追加ダメージである光輝属性で打ち倒せたし、茨や報復などの聖女のように食らったダメージをアレクサンドラにそのまま返すような相手でも自動HP再生によって打倒できた。

 今回の相手もそうだ。学年で上位の相手で、今までアレクサンドラは負け越していた相手だったが、砂塵結界で弱らせたところをアレクサンドラが突っ込んで転がして頭を蹴飛ばして気絶させたのだった。

(余裕だね。これもセイメイくんのおかげだ)

 苦戦したという印象はなかった。危なげなく、百戦すれば百勝できるぐらいにはアレクサンドラは強くなった。スキル一つでだ。

「せ、聖女アレクサンドラの勝利」

 審判が宣言をするがアレクサンドラは息を整えて「次を」と対戦相手を要求する。

 しかし誰もアレクサンドラと試合を望む者は出てこない。

 アレクサンドラの周囲は砂の世界によって覆われていた。魔力と神聖なる力で作り出された砂だ。

 またアレクサンドラはこの結界を全力全開で展開すればこの武道場を覆うこともできた。

 だが、展開する範囲は現在絞っており、練習試合をしている試合場のみである。

 それでも、生徒たちはアレクサンドラを恐れるようにして彼女を遠巻きにしていた。

 砂の世界に踏み入ればアレクサンドラに倒される。その認識が広がっていたからだ。

(困ったな)

 力を見せつけすぎたせいで練習相手がいなくなってしまったアレクサンドラは眉をへの字に曲げて、困った、と内心を口にした。

 もともと練習試合のような殺し合いにならない戦いでは刻印深度の上昇をもたらすような経験はそう多くは得られない。

 それでも0ではないのだ。

 無論、日々の弛まぬ鍛錬で深度上昇のための経験を得ることはできる。

 だがそれはこんな命のかからぬ練習試合よりも少ないものだ。

 そして、それらは命がけでモンスターと戦って得られる経験と比べれば塵のような経験でしかない。

 アレクサンドラではクリスタルには追いつけない。


 ――このままでは、期日・・に間に合うかどうか。


 クリスタルと契約を解除する前にセイメイがアレクサンドラに連絡をしたのは、彼がアレクサンドラとすぐに連絡を取りたかったという理由があるだろう。

 しかし、理由は一つではなかった。理由はもう一つあった。

 アレクサンドラは知っている。セイメイは準備をする少年だ。

 彼はその日が来る前に確認をしたかった。

 アレクサンドラがまだ味方なのか。

 アレクサンドラがまだ使える・・・かどうか。

 そしてアレクサンドラは使えるとわかった。

 しかしアレクサンドラの刻印深度はまだⅡだった。

 もちろんセイメイは、それに関しては何も言わなかった。力不足を嘆かなかった。


 ――力不足を嘆いたのはアレクサンドラの側だ。


 もちろん刻印深度Ⅱは、アレクサンドラのような低年齢では偉業に入る部類。天才といっていいもの。

 セイメイを奪われたという失態が生み出した執念が生み出した成果だ。

 だが、そこからが遠い。刻印深度Ⅲ。冒険者たちの到達点と言われる領域。

 自分を遠巻きに見る聖女たちを見ながらアレクサンドラは考える。

 主力になるだろう三番目のスキルの取得は諦めるしかないかもしれない。

(ごめんねセイメイくん。期日には、不完全な状態で挑むことになる)

 40に達した感知ステータスを持つ少女は、迫る死闘の予感に身を震わせていた。


                ◇◆◇◆◇


 俺はふわふわとした毛皮の子狼を撫でていた。

 狼はクーだった。なかなか狼状態では撫でさせてくれないクーだが、ここ最近のクーはふわふわの体を抱かせてくれるし、もふもふさせてくれるし、顔を埋めてふかふかの体を吸わせてくれるようになっている。

(ふふ、契約解除するのがもったいないぐらいだぜ)

 狼モンスターでも捕獲しようかと悩むものの、やはりこの毛皮はクーだけしか持っていないものだろうと俺は思う。

 本来の狼モンスターは獣臭さがあるが、クーはそういうのはないのだ。

 もはや俺に鍛錬は必要なかった。

 アレクサンドラとシリウスがもりもりとサーフェイスアプリを使ってくれるおかげで隷属魔法、図書館、次元魔法に経験値が大量に入ってきているおかげだ。

 加えて共感特性でアレクサンドラが聖女学園の授業内容を映像にして送ってくれている。学校の授業を見ながらアプリ作成の作業をしていることでこの世界の常識をきちんと知ることができていた。

 次元魔法、これなら二番目の特性はもうすぐか。三番目は、一ヶ月もかからないだろうか。

 次元魔法のあのスキル特性が得られたなら、準備は終わる。

 そうすれば、クーとの契約も解除していいだろう。

 加えて使い捨て昆虫をまたテイムして捜索に出しているから、作戦の補助になる探しものも見つかりそうだしな。

「セイメイ」

 クーが胸元で俺を呼ぶ。子狼の顔が俺を見つめている。

「遠慮しないで、もっと撫でて、ね?」

 ふわふわの毛皮を撫でろと要求する。

 遠慮なく俺はクーを撫でてやる。

 暖かな、可愛らしい子狼はふわふわして、まるで夢のような撫で心地だった。


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