024 魔法刻印アプリ『サーフェイス』


 TIPS:魔法刻印の改造

 この技術の利用としては、前提として魔法刻印に関する高い知識、それに加えてその知識を理解し、運用する高い知力ステータス。魔法刻印を操作可能にする高い魔力ステータスにそれなりの器用ステータスが必要になる。

 知識スキルはともかく、必要なステータス値を揃えるのに一般人であればレベル30程度は必要になるため、魔法刻印を改造できるだけの技術を持っている人間は非常に少ない。

 とはいえ、図書館持ちテイマーのようなバグじみた――ダンジョン苔から魔石を入手できると知っている人間は専門の研究者ぐらいであるためそのような組み合わせの人間を作ろうという権力者はいない――人間よりは存在しているため、裏社会においてはこのような人物が鑑定時のステータス情報偽装のために組織のお抱えとなって闇医者紛いのことをしているパターンは多い。


 ※熟練の鑑定者や高レアな看破スキル持ちなどは、鑑定情報を偽装されていることに気づくことができるので改造したとはいえ、過信は禁物である。


                ◇◆◇◆◇


(よし、完成、と)

 精密な魔力操作を用いた、魔法刻印へのプログラミングを終えた俺は、脳内に展開するイメージ状のキーボードを畳んで、ふぅ、と息を吐いた。

(久しぶりにかなり集中したなぁ)

 魔法刻印知識を噛ませている魔法刻印用アプリ制作ツールが、改造したことでのバグや誤作動などをチェックする。

 結構集中していたせいか、時間が結構経っている気がしたので、周囲に視線を向ける。

 クーの姿はない……と思う。理由はわからないが、離れているようだった。

(好都合とは言わないが……なんだろうな)

 奇妙だなと思いつつも、自分の作業に集中する。アプリこれ、きちんと働くかその辺の昆虫で試してもいいが、無理なんだよな。魔物刻印を含めた魔法刻印用アプリだから、刻印持ってないとダメなんだよなぁ。

 加えて、アプリを動かすのにも、ある程度の知ステータスがないといけない。

 昆虫程度の知能ではアプリを動かすことはできないのだ。

 ふむ、と俺は傍でじぃっと浮いていた次元精霊のシリウスで試すことにした。


 ――魔法刻印用交流アプリ『サーフェイス』


 制作したこのアプリ、一体どういうものかと言えば前世で大いに流行ったSNSアプリの模倣品である。

 この世界にもスマホはあって、そっちに同じようなアプリがあるらしいが、俺がお尋ねものである現状、スマホを正規の手段で購入できるか不明だったから作ってみたのだ。

(っていうかスマホの場合は盗聴も怖いしなぁ)

 魔法刻印知識によれば電子戦が可能になるハッカー専用魔法刻印もこの世界には存在しているらしい。

 反面、俺が作ったこれは魔法刻印内の余剰スペースと所持者の魔力を少量使うことで起動できるようにしたものだ。

 通信にはテイムによる隷属のパスと次元魔法における多次元間の繋がりを利用しているので物理界だけにしか効果のない盗聴スキルなどは一切気にしなくていい。

 なおアプリ作成時に隷属魔法の『感覚共有』特性や次元魔法の『次元錨』特性を常時使用するようにプログラムを組んでいるので、このアプリを作成し、シリウスの魔物刻印に植え付けた時点で俺の隷属魔法と次元魔法に微々たるものだが常時熟練度が入るようになっている。

 俺以外が使っても俺の2種スキルの自動熟練度稼ぎが可能という素晴らしいアプリだった。お得アプリである。

 なお『感覚共有』も『次元錨』も微量に魔力を消費するスキルなんだが、称号効果で魔ステータスが70に到達した俺にとっては全く苦にならない消費だ。

 ただクーと別れたあとを考えると……まぁいいか、と気を取り直す。

 クーの称号で上がっている魔ステータスは、クーとの隷属解除で下がるが、レベルを上げて改めてポイントを振ればいいだろう。

 俺の刻印深度はⅢだからな。まだまだレベルを上げられる余地がある。

(あとこのアプリのデメリットとしては、俺がテイムした対象にしか使えないってのがあるけど……)

 そこまで考えて、ただ一人と連絡さえ取れればいいか、と思い直して、とにかくアプリを使ってみるべく起動してみることにした。


 ――魔法刻印用アプリケーション『サーフェイス』『会話スペース01』に次元精霊シリウス様を招待しました。


 シリウスにこのアプリがどういうものなのか口頭で説明しつつ、アプリを使用する。

 脳内にメッセージを表示する欄とキーボードが表示される。

 アプリには思考での文字入力も可能だが、それだと乱雑に現在の思考をアプリ上に垂れ流すことになってしまうのでこうやって制限を加える仕様に俺はしていた。


 セイメイ >シリウス、わかったか? こんな感じで文字を打ち込める。


 シリウスの魔物刻印内に隷属のパスを通じて作成した『サーフェイス』が俺の発言をシリウスへと送る。

 シリウスの頭の中にはぺこん、という電子音とともに俺がなにか発言したと通知がきているはずだ。


 シリウス >……なる、ほど、です。


 ぺこん、と俺の脳内にシリウスからのメッセージを受け取ったと通知が出る。

(なるほど、なるほど)

 おー、こんな感じか。脳内で自分に自分に拍手する。うまくできてるじゃないか。

 あー、設定で通知音を消せるようにして、ついでに通知が来たら視界の端にでも表示が出るようにするか。

(あと思念でアプリを即時起動できるようにも調整が必要かな?)

 消した魔法刻印用の調整コンソールを再び脳内に呼び出して俺はカタカタとアプリをアップデートする。

 その間にもシリウスからは発言が届く。


 シリウス >あるじ あるじ あるじ 言葉届く


 今までなんとなくで感じていたシリウスの思考がアプリを通じて届いてくる。

 ふよふよ浮くシリウスを手元に引き寄せ「そうそう、いい感じだ」と俺はシリウスをよしよししてやる。

 喜悦の感情とともに「うれしい」「人間の言葉覚えた」と次々と発言がなされ、俺の魔法刻印に微量だが熟練度がどんどん溜まっていく。

 くく、と俺の顔も喜悦に歪む。魔法刻印の深度Ⅳは遠いと思ってたが、こうやってテイムモンスターにアプリを使わせるってのはかなりいい考えなんじゃあないか?

 ついでに俺の図書館スキルの知識を参照できる共用アプリを作成しておくか。図書館スキルの熟練度稼ぎ用にちょうどいいだろう。

 とはいえ魔法刻印知識内にある刻印の作成・改造知識は出さない。

 テイムモンスター相手でも俺のアドバンテージは保っておきたいというのもあるが、テイムした連中が勝手に自分の刻印を改造して、その結果、モンスター連中の刻印がぶっ壊れたら困るからである。

 割りとデリケートなのだ。魔法刻印というものは。改造は俺ぐらい慎重にやれる奴じゃないとな。

 それはそれとして……ふぅ、と俺は息を吐く。緊張の息だ。

(大丈夫だよな? 忘れられてないよな? あのとき説得に参加しちゃったけど裏切り者だとか思われてないよな?)

 今からアプリを送りつける先を思えば、自然とそんな考えが浮かぶのだった。


                ◇◆◇◆◇


 金髪碧眼の美少女。

 学園支給である聖女用のローブ風制服を着た聖女アレクサンドラ――サーシャは内心の退屈を隠しながらも日本史の講義を受けつつ、視界に現れたそれを見て、表情を凍らせた。


 ――セイメイから魔法刻印の基本構造への干渉要請が出ています。

 ――危険度不明。許可しますか? Y/N 


(……私が、断る、わけがない、よ)

 感情は混乱に満ちていたが、判断は即座だった。サーシャは思考でYesと許可を出した。

 余談だが、主人との関係性が悪いテイムモンスターはこういった命令や要請を拒否をすることがある。

 その場合は、隷属主と意志力での勝負や、肉体的、精神的な苦痛を与えられることで屈服し、要請を許諾させられることになるのが一般的だった。

 また、その際にモンスター側が隷属主を圧倒し、支配の関係性を覆すほどのステータス差などがあれば隷属関係を破壊することも可能である。

 閑話休題そんなことはどうでもいい

 講義を聞きながらもサーシャはじっとステータスを見ている。

 魔法刻印の基本構造へ遠方から干渉がなされ、自身の魔法刻印に刻印アプリという項目が追加されているのを見てしまう。

(魔物知識と、魔法刻印知識の入った図書館知識の閲覧アプリケーション? あと……これは、ええと交流用アプリケーション……『サーフェイス』?)

 疑問に思ったサーシャの前で、ぺこん、と表示が出た。


 セイメイ >よぉ、元気か?


 同時に、映像のようなものが出される。どこかの山中。ドローンかなにかだろうか。浮遊しているなにかの視点からセイメイの姿が映し出される。

 サーシャはわからないが、次元精霊であるシリウスの視覚情報をアプリ状に共有してセイメイは表示していた。

 サーシャの脳内に広がるセイメイの姿。最後に別れたときより少しだけ成長した姿。どこかで調達したらしい、サーシャの見覚えのない服や靴を彼は身に着けている。手作りのような木工品の椅子に座り、彼は手を振っている。


 ――サーシャの魂が歓喜していた。


 いままでは隷属スキルから送られるかすかな繋がりでしか認識できなかった肉体と精神と魂の、真の主の生存を確認できたからだ。

「サーシャ、お前が連れてかれたその日のうちに俺は教会に殺されちまってさぁ。今は逃亡生活をしてるんだよ。今、山ん中な」

 セイメイの現状を聞き、サーシャの胸の内が怒りの感情で満たされた。嗚呼、嗚呼! 畜生! 畜生! 統一神聖教会。その構成員は全員殺す。サーシャは深く決意する。絶対に殺す。必ず殺す。命数をすり潰して確実にその魂を地獄に落とす。絶対にだ。

「虫まで食ったんだよ。うげーって感じ。今は魚とか、イノシシとか食ってるよ。レベルも上げたしな。そこそこ快適かな」

 しばらく近況報告をセイメイはしてくれる。

 だが彼は周囲を警戒している様子だった。誰かになにかを聞かれていることを恐れているような気配でいる。なにかあるのだろうか。

 自分が傍に行ければ……今なら、セイメイに甘えるだけじゃなく、セイメイのために戦うこともできるだろうか。

「とにかく、ええと、次元魔法を取得してようやく連絡できるようになったんだよ。やっぱ座標がしっかりしてないとこういうのもうまく、え、シリウス? 何? え? クーがこっち向かって来てる? やべっ、いや、待て、ていうかなんであいつ離れてたんだ? いや、まぁいい。サーシャ! サーフェイスアプリを使えばいつでも連絡が取れるようになるから! ええっと、伝えたいことは他に! あ、そうだ。あー、悪かったな。あのときはなんかいろいろ言ったけど、かなり本心だったけど、また、こうやって連絡とれて俺は嬉しいよ。俺を見限ってなかったら、またいろいろ話そうぜ」

 慌てたように通信が切られる。どういう理屈で映像を飛ばしたりしているのだろうか。そんなことを考えながらサーシャはアプリを起動してセイメイに向かって試しに文字を送ってみることにした。

 とりあえず、短い文章でいいだろう。


 サーシャ >セイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくんセイメイくん――


                ◇◆◇◆◇


 コウモリ型の眷属に遠方から見晴らせていたセイメイはシリウスになにかを指示し、誰かと連絡をとっているような素振りを見せている。

 吸血姫クリスタルことクーはじぃっとそのセイメイの姿を確認しながら思考する。

(新しいスキルでなにかを、している?)

 セイメイが次元魔法を取得したとは聞いていない。だが、シリウスに狩りをやめさせた時点でセイメイはスキルの取得の算段をつけているはずだった。

 セイメイはレベルアップもスキルの取得も時間をかける傾向にあるが、それでもやるべきことをやらない性格ではない。

 素材が揃った時点で第三スキルである次元魔法を彼は取得しているはずだった。

「セイメイ……あなた」

 クーはそれを言うか言うまいか悩む。口に出せばそれが明らかなものになってしまうような気がした。だけれど、観念してそれを口に出した。

「楽しそう」

 誰かに向けてなにかを喋っているのだろうか。

 セイメイのもとへとわざと音を立てて歩きながら、クーは音にはせず、口の形だけでそれを口にした。


 ――私と・・いるときよりも


 感ステータスが20もあれば、限定的な、直近の未来予知ぐらいは可能になる。

 もちろん人が多くいればそれぞれの感ステータスが干渉しあって予知は予知ではなくなる。勘がいい程度のものになる。

 しかしこの山中にいるのは三人だ。セイメイとシリウス、それとクリスタル。

 三人の中でもっとも感ステータスの高いクーには予感があった。絶対に外れない。必ず当たるだろう予感。

(セイメイは、きっと私を捨てる)

 信じたくはなかった。だが、そういう予感があった。

 あの少年は、なにかわからないが、便利でかわいくて健気で優秀で最高の美少女である自分を捨てる。


 なぜ?


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