022 転生者むっちー
TIPS:カオスオーダー専用クエスト
転生者にしてプレイヤーであるカオスオーダーたちがこの世界において活動する際に、特定の場所に発生する異空間。
内部は異空間が発生した場所に酷似したものが生成される。そしてそこには生物は存在しない。
カオスオーダーたちがその異空間内に出現する敵――現実に存在する人物が複製されることもある――を制限時間内に撃破することで報酬が手に入り、またその際にカオスオーダーが保持するスタミナという概念が消費される。
このクエストには彼らが『周回』と呼ぶ、繰り返しの攻略も可能であり、カオスオーダーたちはこういったクエストを消化することでカオスオーダー専用の強化アイテムを入手し、己を強化することができる。
なお、この異空間で破壊活動を行っても現実に反映されることはない。物品の持ち出しなどは不可能である。
◇◆◇◆◇
「おう、召喚陣を発見したぞ。術式は……やはりクリスタル様を目標としたものだ! だが……御本人はいないな」
「こっちもカラだ。ちッ、ここじゃなかったか」
「探せ探せ! 召喚士は捕獲しているんだろう。拷問でもなんでもして情報を吐かせろ!
「やってるよ! ついでに自白剤をしこたまぶちこんで、器具にくくりつけて全身の血を絞り出してる最中だぜ。ケケケ」
消えた吸血姫。その行方を捜索するブラッドプール家の吸血鬼集団が東京郊外のあばら家を探索していた。
そこは本来の歴史でクリスタル・ブラッドプールを召喚誘拐したであろう召喚士の拠点だ。
だがクリスタルはいない。欠片も、痕跡すらそこにはない。
捜索部隊にひっそりと混じっていた一人の人間の少年が「お、おかしいな」と呟く。
プレイヤーネーム『むっちー』、本名
この世界がソーシャルゲーム『カオスオーダー』だと知っている人間――否、転生者であった。
「マスター、おかしいって?」
この捜索部隊の情報をむっちーに教え、参加することに協力し、人間を吸血鬼に
「い、いや、なんでもないよ」
むっちーが召喚し、自身の配下とした吸血鬼の美少年――レッドベリルの言葉にむっちーは否定の言葉を返す。
自身が配下とするレッドベリルのおかげでこの捜索部隊に紛れ込むことができたが、それはそれとして彼を完全に信頼しているわけではないむっちーとしては、彼に目的を話すわけにはいかなかった。
――むっちーはクリスタルとの
むっちー――いや、この世界に転生した多くのカオスオーダープレイヤーたちの総意がそれだった。
クリスタル・ブラッドプールが理想。いや、聖女アレクサンドラなら最高だろう。他にも護国の剣たるヨツムギや騎士王アーサー。征夷大将軍たる徳川家康にその配下たる四天王。魔王や機人なんかも――。
むっちーは最初のチュートリアルガチャでSSR吸血鬼『レッドベリル』をリセマラで手に入れたが、彼にとってレッドベリルは妥協スタートの産物だった。
女性プレイヤーに人気のあったショタ少年吸血鬼。戦力評価のTierでもAランクのレッドベリルは有用なキャラクターと言えば有用なキャラクターだろう。
――だが、それは戦力的であって、根本的な問題があった。
むっちーは歯噛みする。
イベント。そう、イベントが問題だった。
ソーシャルゲームの育成は基本的にイベントでの報酬で賄われる。
メインストーリーや定期クエスト、育成用の特別ステージなどもあるが、基本的にレアリティの高い育成素材の入手はイベントが主流だ。
カオスオーダーもそのソシャゲの基本に則っており、スキル限界突破アイテム、キャラクター育成用の高レアアイテム、また俗に言うキャラクターを『重ねる』用の特殊育成素材なども、カオスオーダーではイベントで入手する仕組みだった。
そして、それはカオスオーダーが現実化したこの世界でも同じだった。
――ゆえに、この世界においてプレイヤー用の育成素材は、入手が困難だ。
というよりも現実化したことで、ゲームで無数に手に入ったアイテム類が非常に入手の難しいものに変化した。
加えて、誰でもクリアできるような初級のクエストなどの発見が難しくなっている。
(お、俺の発見したクエストもダメだったし……)
むっちーもこのゲームのような世界で、いくつかのメインクエストにおけるステージにあたるものを発見していた。
だがそれらをむっちーはクリアすることができなかった。
もちろん努力はした。
ガチャ用の石を集め、なんとかキャラクターを1パーティーである6名集めた。
しかし、レベルの低いキャラクターたちではいくら数を揃えたところでクエストをクリアできなかった。
なにしろむっちーが発見したものはメインクエストの後半で出現するステージだ。推奨レベルが40や50。とても手に入れたばかりの仲間では役にたたない。
それでも悪あがきのように、キャラクター操作のテクニック――原作知識による指揮――で突破しようとしたが、雑魚の一撃で主力のレッドベリルさえワンパン即死するのである。クリアは不可能だった。
クリアできれば初回クリアボーナスでガチャ石や、周回クリアで低レアの育成素材などが手に入ったというのに。
現実化したことによるデメリットが、むっちーの前に高くそびえ立っていた。
――この世界は、レベル上げが難しい。
カオスオーダーにおけるキャラクターのレベルアップは、基本的にアイテムを使用するものだ。
ステージをクリアしただけでは経験値は手に入らないし、キャラクターのレベルは上がらない。
プレイヤーたちは経験値結晶と言われるアイテムを入手し、それをキャラクターに投資してレベルを上げる必要がある。
またスキルもプレイヤーがスキル特性や新規スキルを選ぶことはできないものの、この世界の人間のように熟練度を上げなくともキャラクターに素材を投資するだけで刻印深度を高めたり、新規スキル特性を入手することができる。
しかしそれらを行うのに必要な、強力な経験値結晶や素材はメインにあたるクエストでは潤沢に手に入らないのだ。
少量の経験値結晶や低レアの装備アイテムなどが手に入ることがあっても、現状では焼け石に水である。
(そもそもがメインクエストは育成に使う立ち位置じゃあなかったんだよなぁ)
そういった理由もあって、むっちーのキャラクターたちではむっちーが発見したクエストのクリアには何もかもが足りていないのが現状である。
とはいえ、むっちーのカオスオーダーとしての力を高めるにはこういったクエストのクリアが必要なために諦めることもなかったのだが……。
経験値結晶が手に入らない現状、この世界の正規の手段である魔石でのレベルアップもむっちーは考えた。
だが、魔石自体もむっちーが満足する量はギルドの販売では入手が難しく、外で採取しようにも都市の外に広がる荒野に出たところで手持ちの6名を発見したメインクエストがクリアできるレベルにまで育成することは非常に困難で、時間のかかる作業に相当した。
(だからイベント。イベントなんだよなぁ)
むっちーは唸る。イベントならば新規プレイヤー用の低レベルクエストが用意されているはずだったからだ。
なお地道にこの世界の冒険者のように育成することは考えていない。
手持ちのキャラクターの年齢が子供であったり、本業を抱えているため冒険者稼業ができないからといった問題も強く作用したからだ。
無論、ゲームではそうではなかった。キャラクターたちは常にプレイヤーに協力的で、彼らの事情を慮る必要など何もなかったのだ。
そう、むっちーのようなカオスオーダーがゲームのようにキャラクターを自由に連れ回すには、カオスオーダーたちの組織の出現を待つ必要がある。
(それにカオスオーダーの勢力『オーダーギルド』ができるまでは勢力が支配する場に、他の勢力のキャラクターは連れてこられないしなぁ)
夜王国の吸血鬼の姫が誘拐された場に、他の勢力のキャラクターを連れてこられるわけもない。
今のむっちーの手勢は貴族吸血鬼のレッドベリルだけである。
加えてカオスオーダーの魔法刻印は命数を取得できないためにむっちーにも少し以上の不安はあった。
とはいえ現実化した利点もある。
むっちーが所持する主力のレッドベリルは、むっちーが何もせずとも自分で勝手にレベルを上げ、自分で勝手に修練をしてスキルを成長させてくれるのだ。
ただし、この形の成長は他のキャラクターにはできないことだ。
魔石は高価で、スキルの訓練は戦闘用のスキルを周囲に影響なく使える施設が必要だからだ。
実家が貴族であるレッドベリルだからこそ行える手段だった。
(くそッ、早く育成を始めないと、他のプレイヤーに何もかも奪われちゃうぜ)
現在は本編開始の9年前に相当する時間軸にあたるため、カオスオーダーが使える専用のショップすら開店していないのだ。
(あー、オーダーギルドってそう言えば、太陽の聖女アレクサンドラが主人公に恩を持っていたから教会が後援してくれてスムーズに作られたんだっけ……か?)
カオスオーダーたちが所属することになる組織『オーダーギルド』。
ゲームでは、その中の売店では現金でいくつかのアイテムを買えるようになっていた。
低レアの育成アイテムをコツコツ買うのはプレイヤーの嗜みだったぐらいの重要な要素だ。
それにデイリークエストやウィークリークエスト、実績関連の報酬もオーダーギルドが支給していた設定だった。
(てかアレクサンドラって今どこにいるんだ?)
アレクサンドラの所在は前世持ちプレイヤーたちが作っているコミュニティ掲示板でも疑問に思われていたことだった。
諸説はある。孤児院だの、放浪中だの、そういったものだ。
むっちー的に、今頃は主人公役の奴のところでイチャラブしているのだろうか、なんて考えてしまう。
なおむっちーはプレイヤーだが主人公的な立ち位置は狙っていない。
本編主人公の軌跡をたどる
また、歴史を変えるほどの修正や、ヒロインの過去に関わって重大なフラグを折ることなど考えたこともない。
これらを行えば原作主義者というよりも、未来が予測不能になることでのデメリットが強すぎて、他のプレイヤーから死ぬほど恨まれることを認識していたから当然のことでもあった。
しかし、それでもむっちーはここにいた。
クリスタルを助けるためじゃない。吸血姫クリスタルが幼少期に誘拐されるイベントに遭遇し、縁を結ぶことが目的だった。
そうだ。縁さえ結べれば召喚ができるようになる。特にクリスタルは他の勢力トップと違って狙い目のキャラクターだ。
特にクリスタルはプレイアブルRレアリティが用意されていた数少ない重要キャラクター。
転生特典であるレッドベリル以外はRキャラクターしか召喚できていないむっちーのリアルラックでも召喚できそうな唯一と言っていいキャラクターなのだ。
(でも、なんかおかしいんだよな)
ガジガジと爪を噛みながら唸るむっちー。本来、クリスタルを捕らえた召喚士はここで捕まらなかったはずだった。クリスタルを捕まえた彼はクリスタルを人質にして逃亡と潜伏に成功し、クリスタルは数年ほど過酷な境遇に置かれることになるはずなのだ。
(それにクリスタルがいない、なんてことがあるのか?)
この状況は本来召喚誘拐される時期に召喚を差し込んだ他のプレイヤーのせいでもあった――とはいえ、クリスタルがそのまま逃亡しなければ送還されることで帳尻は合うはずだった――が、そんなことを知らないむっちーはこの改変がなんの影響を及ぼすのかを考えてしまう。
(いや、いやいやそれよりもクリスタルが手に入らないとまずいんだよ。イベントに参加できないじゃんか)
まさか、イベントクエストの発生状況がプレイヤーごとに紐づいてるなんて、とむっちーは内心で唸ってしまう。
むっちーが所持するキャラクターは6名。ゲーム本編に出てくるキャラクターは2名で、他はこの世界に存在する、ゲーム本編では名前すら与えられていなかったキャラクターだ。
(俺が持ってる原作キャラクターは『SSR』死赤連鎖のレッドベリルに、『R』無敵大尽ブッチャー・ガッチャー)
しかし夜王国所属のSSRとはいえ、一部でのコア的な人気しかないレッドベリルがメインで関係するイベントは一つか二つ程度。
『R』無敵大尽ブッチャー・ガッチャーに至っては暗殺ギルド所属という表に出てこれない設定に加えて、そこまで人気ではないビジュアルからかネタ扱いでいくつかのイベントに数行出た程度である。
(くっそ~~! まさか、イベント開始用の起点キャラクターが決まってるなんて!!)
この世界において、転生したプレイヤーたちがイベントに参加するためにはイベント開始の起点イベントを起こすためのキャラクターが必要だった。
起点イベントが発生させなければイベントの場所に行っても何も起こらないし、何も得ることはできない。
これは特にレイド系が致命的で、ほとんどの起点キャラクターをアレクサンドラやクリスタルのような勢力トップキャラクターが担っていた。
もちろん起点キャラクターだけではなく、イベントに関連するキャラクターさえいれば参加も可能なイベントもないことはないが、むっちーが現在所持するキャラクターではむっちーが満足するほどの成長素材を集めることは不可能なのだ。
このままでは最悪、本編開始時に1パーティーすら戦力化できてない可能性もあって、むっちーはずっと不安になっていた。
(刻印深度Ⅳのキャラが一人ぐらいはいないとヤバイだろ……)
モブに徹すると言っても、限度ぐらいはあるのだ。
ゆえにこのクリスタル探索に参加し、彼女との縁を深め、低レベルのクリスタルを召喚することで縁を深めようとしたのに……。
(肝心のクリスタルに会えないって……いや、そもそも、今の状況、誰か把握してんのかよ)
誘拐されたクリスタルが実の父親と実の姉を殺さないと、ストーリー通りにクリスタルが生徒会長になれるかわからないのに。
むっちーは不安から、頻繁に周囲をきょろきょろと見回し、レッドベリルから困惑の視線を向けられるのだった。
◇◆◇◆◇
TIPS:血影の幼姫クリスタル・ブラッドプール その2
「くすくす。カオスオーダー。あなたって本当に面白いわね」
スマートフォン向けアプリゲーム『カオスオーダー 邪神討滅』第一章から名前だけは登場し、いくつかの季節イベントやキャラクターシナリオで登場することもあった彼女だが、第四章『天魔同盟』から正式に登場。
第六章『魔族戦線』のメインヒロイン。シナリオクリア後にガチャに追加され、プレイアブル化した――という公式の設定だが、実のところ初期のガチャラインナップにRレアリティで紛れ込んでいる。
公然の秘密としてファンたちからは誰だろうなぁ、と噂されているお忍び吸血少女がソレだ。
性能は高レアリティのクリスタルよりも劣るものの、この低レアリティのクリスタルがいるためにイベント時のクエストボーナスを受けられたというプレイヤーは多く、奇妙な愛着を持って受け入れられ、育成されていた。
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