021 狩り


「名前をつけるか」

 ふよふよと浮いている次元精霊。レベルは20のままだ。

 次元魔法習得を優先しているために進化用の素材が集まっていないこともあるが、こいつのレベルを上げると対応してクーのレベルも上げなければならなくなる。

(これ以上は、クーを抑えるのが難しくなる)

 クリスタル・ブラッドプール、あの吸血姫の少女と別れることは決まっていた。


 ――人間へのテイムは違法である。


 それはクーから教わったこの日本での常識らしい。まぁ、言われてみれば当然のことで、どうして俺はこんな簡単なこともわからなかったのか、と自分自身に呆れてしまうぐらいのレベルの常識だ。

 そしてこの世界の人間に魔族――吸血鬼は当てはまる。理性を持った、人の姿をした種族。それが大雑把な人間の定義だからだ。

(知的生命体か。アンドロイドとかもいるんだろうか)

 このゲームっぽい世界。前世の日本と違った種族が共存共栄といった感じに存在するのはダンジョンから発生する瘴気や、世界に満ちる魔素、というよりも神の影響だろうな。

 俺は寡聞にして見たことはないが、この世界に神は実在する――らしい。

 統一神聖教会が崇める廃女神シズラスガトムやクーたち魔族が崇める魔神テイルズフェイト。あとはサーシャのステータスにあった『邪神特攻』や魔法刻印知識から得られるいくつかのスキルに記述される、神の関わる特性。

 信仰のパラメーターを上げることで取得可能になるスキルには神の奇跡を願うこともできるものもあるらしい。

 もちろんそんなスキルを取得する予定のない俺にとってはあまり関わりのないことではあるが、それでも神の存在はこの世界で生きるには無視できない要素だった。

 閑話休題はなしをもどす

(俺は、なるべくなら法律は遵守したい)

 俺の目標は病気になったときに気軽に病院にいけるレベルの生活水準だ。

 ここでスキルの取得やレベル上げを終えたら俺は都市を目指すことになる。

 そのときになって、クーのテイムがバレて指名手配されて俺が望む水準の生活ができなくなっては敵わない。

 というかクーはお嬢様っぽいし、バレたら確実に逮捕されるし、逃げても指名手配である。

(つか教会が俺を指名手配してる可能性もあるんだよなぁ)

 死体が残らなかっただろうから、俺の生存は確実にバレている。

 追手は、出されているかわからないが都市内で活動すれば確実に出現するだろう。

 生きていくには教会の追手を返り討ちにする戦力を手に入れる必要があるんだろうが……。

 生命点があるから死んで逃げるのも手だが……いや、次は確実に蘇生対策が取られるだろうから、やはり次元魔法の習得は急がれる。

 同じく次元魔法で対抗される危険も考えるが、この世界の強者の平均は刻印深度Ⅲだ。それも習得済みスキルのシナジーを選ぶために次元魔法を取得する人間は少ない――はずだ。

(便利だけど、自分で取得したいたぐいの魔法じゃないんだよな。次元魔法)

 便利=強いではない。もちろん俺のような最初から戦闘力を求めてない人間からすれば次元魔法が十分に強いスキルに入るが、第三スキルで取得するには戦闘力の上昇が他のスキルに比べれば一段下がるのが次元魔法だ。

 深度上昇ができるような強者が選びたいスキルではない――と俺は思う。

 他にもいろいろと考えは浮かぶが、結論としては油断するな、だった。俺には何もかもを警戒しつづけるほどの精神的な余裕はない。

「まぁ、いい。とにかく名前だ。名前」

 どうすっかな、とテント内でふよふよ浮いている次元精霊を見る。今の最優先は、こいつの名前だ。

 呼びかけるなら簡単な名前がいいよな。長めの名前だと呼びかけるのがめんどくさいし。

 ポチとかタマとかでもいいんだが……安直か。アレックスとかジョーンズとかじゃ、ダメか。

「ふーむ、キラキラ光ってるし。シリウスってのはどうだろうか」

 前世の神話の名でもよかったが、星の名前でもよさそうだった。そんなふうに俺が口にすればふよふよと浮いていた次元精霊――シリウスは楽しげに俺の周囲を舞ってみせる。

 気に入ったようで何よりで、俺はうむ、と頷きながらうりうりと指でつついて喜びを伝えてやった。

 ふふ、ははは、と俺が楽しんでいれば「セイメイ、朝食できたわよ」とテントの外から声が聞こえた。


 ――暗い。暗い声だ。


「おう、今いくよ」

 立ち上がり、テントから出れば、ぽすん、と俺に抱きついてくる小柄な少女がいる。

「うぅ……うぅぅ。セイメイ、どうして私を優先してくれないの?」

 クーの情緒がぶっ壊れている。どうして一緒に寝なかった程度で泣いているのかわからない。

 なお一緒に寝ないのはクーに対するしつけ、俺離れ・・・の為である。

「はいはい、飯だろ。準備ありがとうな?」

 ぐすぐすと泣いているクーを撫でながら移動する。なんだろうな。なんなんだろうな。俺が自分の魅力を上げたせいか。それともテイムの悪影響か。好感度100の影響か。それとももともとのクーの資質なのか。このクーの有様はおかしいとしか言いようがない。よくこれで今まで生きていけたな?

(サーシャは、どうだったか)

 サーシャはそもそもテイムする前から好感度100と態度が同じだった――気がする。

 次元精霊シリウスだってそうだ。無色精霊の頃とあまり変わった印象はない、と思う。

 セミくんはセミくんだったしな。

(これは、やはりクーの性格なんだろうか)

 歩きながら考えるもクーに関しての結論は出ない。

 河原の傍にはクーの手慰みに作った、装飾の施された木製の机や椅子の上があり、机の上には朝食が皿に盛られて綺麗に並べられている。

(椅子とか、二万円ぐらいで売れそうだよな)

 これらの木工品はどれもクーが作ったものだった。

 クーぐらいの人間なら、器用が20もあれば一流の木工職人が作るレベルの制作物ぐらいは作れるようになる。

 ちなみに俺が同じステータスにしても同じものは作れない。芸術センスはステータスでは上げられないからだ。

「セイメイ、あーん」

「あーん」

 焼き魚、炊いた米、丁寧に下処理された野草のサラダなどをクーに雛鳥のように食わされる。恥ずかしいという感情は特にない。バカップルみたいだと思うが、それよりも危機感が勝っている。

(真面目に、クーのテイムを解除する時期を考えなきゃな)

 クーの精神へテイムが悪影響を与えているのかもしれないと考えると早めに解除した方がいいのかもしれないが、それはそれとしてまず前提に俺がクーから無事に逃げられる方法を取得する方が先なのだ。

 もちろん、このままテイムを維持した方が楽なんじゃないかと思うこともあるが、クーがいるとテイムモンスターを殺されるし、そもそも法を犯してるなら都市に入ってから問題が起きても困る。道徳的にもどうかと思うことはないでもないし。

「ふぅ……ごちそうさん」

 食べ終わり、クーの頭を撫でつつ礼を言う。

 対するクーは俺の首筋に舌を這わせ、血を吸い始めた。

「セイメイ……セイメイ……好き……好き」

 ぴちゃぴちゃと卑猥な音を立てながら体を押し付けてくるクー。シリウスに近づかないように指示を出しながら「クー、次元鎌鼬。狩るように指示出すから、囮、頼むな?」とお願い・・・をすればクーが指を軽く振って生み出した眷属をシリウスの傍に移動させる。

ね。羽虫」

「シリウス。次元鎌鼬、狩ってきてくれ」

 お願いすれば明滅とともにシリウスが移動していく。

「シリウス……? あの羽虫に名前をつけたの?」

「ああ、いい名前だろ? そう呼んでやってくれよ」

 ぷい、と俺の胸元で顔を背けるクー。そうしてから甘えるようにして「ねぇ、私の第三スキル。一緒に考えて」と言ってくる。

 レベルが上がったクーは廃墟街に眷属を派遣し、低級のモンスターを狩るようになっていた。

 まだ刻印深度は上がっていないが、大量にモンスターを狩っているクーならば近いうちに深度Ⅲまでいけるだろう。

 なお、そうやって狩ったモンスターから取得できた素材や魔石を俺へと差し出してくることも多いが、魔石以外の素材は使い道のないものも多い。

 肉は食べられるが皮や骨などはこんなサバイバル下では利用が難しいからだ。

 ゆえに鍛冶や魔道具作成などの生産系スキルを持ったモンスターをテイムすることも最近は考えていた。

 冬も近い。居場所が見つかるかもわからない都市に下手に移動するよりも、こちらで過ごした方がいいかもしれない。


 ――クーから逃げ切れたら、になるが。


「そうだな。クーのスキルはなぁ」

 隷属している相手ならばステータスが見れるので俺の魔法刻印知識も利用できる。

 最上級刻印だからか俺よりも多彩で高度なスキルが取得できるクーのスキルを見ながらいろいろと候補を考えてやるのだった。

 なおわざと弱いスキルを選ぼうとは思わない。クーは友達だ。クーのために俺は逃げたいと考えているが、わざと弱体化させるような、そんな不義理をするつもりはない。


                ◇◆◇◆◇


 次元精霊であるシリウスはふよふよと荒野内の市街を移動しつつ、先導する吸血姫の眷属を追いかけていた。

 本当は主から離れたくなかったが、主の命令には従わなければならない。

 扱いにくい存在だと認識されればアレのようにテイム状態から解放することを画策されるかもしれないからだ。

 主のペットでいたければ従順で居続けることは重要だった。

 一見して、まるで何も考えていないように見えるシリウスだがその知力ステータスは20ある。

 演算装置たる脳を所有し、複雑な思考や行動を可能にする人間よりもすでにシリウスは賢かった。

 そのシリウスは考えていることは一つ。


 ――吸血姫アレは、危険だ。


 クリスタル・ブラッドプールをシリウスは危険視している。

 アレはレベル20――小さな村ぐらいなら単独で攻め落とすことができる次元精霊シリウスをすでに幾度も殺している化け物だ。

 とはいえシリウスは己が殺されたことを危険視しているわけではない。

 ともに主に仕えるあの少女が、主にとって害のある生物であるがゆえに危険視しているのだ。

 もちろん今はまだ害も主の許容範囲に収まっている。それは主がアレを隷属させているからだ。自由にさせていないからだ。


 ――だが、主はあれを解放しようとしている。


 なぜかはわからない。主には主の理屈があるらしい。

 しかし、危険なのだ。

 テイムしていれば危害を加えられることはない。吸血にしたって、セイメイが吸い殺される前に隷属下にあるアレは止める。

 だがテイムを解除すれば、あれは狂う。愛に狂い。嫉妬に狂い。怒りに狂い。セイメイを捕らえにくるだろう。

 アレの目的はセイメイだ。ゆえに殺しはしない。だが監禁し、己の虜にし、その血が枯れ果てようともけして手放すことはなくなる。

 シリウスも殺される。クリスタルは強い。シリウスでは勝てないからだ。


 ――吸血姫は、狂ってしまっている。


 精霊という魔力で構成された精神的な生物だからこそわかることもある。

 隷属魔法は猛毒だ。

 隷属――そう、自分シリウスはセイメイに隷属している。望んで隷属している。知っていても隷属している。

 知ってなお抵抗しようとも思わない。

 クリスタルに殺されようとも、無色精霊だった頃のような抗う力のない存在だった頃と違い、力を得てもだ。

 離れようとは思わないほどに。セイメイに仕えることを己から望んでしまっている。

 粗雑に名前を与えられても、歓喜に精神を染められるぐらいに。


 ――テイムは精神に毒を垂らす。


 アレはそういう魔法刻印だ。弱いと見せかけているだけで、その性能のすべてを支配に向けている最悪の魔法刻印。

 好感度という、どう数字が上がっても自分たちを縛りようにないと思わせているアレは、その数値だ。

 好感度なんて生易しい表示をしているからセイメイは勘違いしているが、あれの本質はもっと別のものだ。

 精神を依存させる劇毒。従うことに快楽を生じさせる魔の法。

 好感度100。一度でもその領域まで囚われれば、上位者でさえも下位者に傅くようになってしまう。

 クリスタル・ブラッドプールがまさにそれだった。

 生まれながらの貴種。人間を軽く殺せるような次元精霊でさえも羽虫と蔑める強者がクリスタルだ。

 それがあんな端女のようにただの人間に仕えてしまっている。

 クリスタルは、セイメイに溺死している。それを喜んでいる。

 取り上げられれば、死にものぐるいで取り戻そうとするだろう。


 ――ゆえに、己がセイメイを守らなければならない。


 思考をしながらシリウスはその動きを止めた。クリスタルの眷属が合図をしたからだ。その合図に従い、シリウスは身を物陰に潜めた。

 目の前でクリスタルの眷属の一体が狩りをしていた次元鎌鼬に横から襲撃をかけた。

 強者たる次元鎌鼬からしても脅威になる影魔法による攻撃だ。しかし次元鎌鼬の感知のステータスが高いせいか、影魔法の矢は回避されてしまい、次元鎌鼬は反撃の一撃で眷属を一刀両断する。

 同時に次元鎌鼬が今まで相手をしていた狼のモンスターが次元鎌鼬に襲いかかるが、それすらもカウンターで一刀両断する次元鎌鼬。強い。あのモンスターはこの辺一体では頭ひとつ抜けている。


 ――しかし、こちらはそれを狩るために来ているのだ。


 勝利後の一瞬の隙を狙って、シリウスは次元属性の矢を連射していた。音も立てずに致命的な威力の籠もった不可視の魔法の矢が飛んでいく。

 致命的一撃クリティカル! 当たりどころがよかったのだろう。次元鎌鼬の胴体にすべての矢が突き刺さる。

 小動物モンスターゆえの低HPが削り取られ、次元鎌鼬ほんたいのお供だった小鎌鼬二体が意識を失い崩れ落ちる。

 そこにすかさず残った吸血姫の眷属が駆け寄り、死体を回収して走り去っていく。振り返ることはない。周囲にはすでにこの争いを察知した他のモンスターが駆け寄ってくる音が響いていたからだ。

 シリウスも戦果の回収を確認してからふよふよと逃げていく。

 進化してからのシリウスはこういった狩りを行っていた。

 乱戦を発生させたうえで、シリウスが魔法の矢による暗殺サイレントスナイプを行う戦法だ。

 これはクリスタルにはできない戦法でもある。影の矢では対応されてしまう。他の魔法と違い、視認が難しい形で発生する次元属性の矢をシリウスが使えるからこその戦法だった。

 もちろんこうやって狩れるからといって、シリウス単独で相対するのは不可能だ。

 次元鎌鼬の狩りの最中に、囮として眷属のが割り込むからこそ成功する方法だ。

 といっても今回は運がよかった。次元鎌鼬はたいてい群れて狩りをするのでこうやって単独で狩りをする個体は少ないからだ。複数匹になるとこの方法でも失敗することは多々あった。

 ああいう単独個体は自信過剰な若武者なのか。群れから離れた若い個体なのか。

 そんなことを考えながらシリウスは新たに周囲にやってきた吸血姫の眷属に連れられて、別の狩り場へと向かうのだった。


 次元属性魔石は着々と揃っていく。

 そろそろ主が求める数にも到達するだろう。


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