020 聖女アレクサンドラ/嫉妬2


 汚臭と無臭が入り交じる聖堂。聖女アレクサンドラ――サーシャは日々の習慣たる祈りを終えるとその場から立ち上がった。

(セイメイくんの無事を祈るついでに神に祈るふりをしてるけど……案外、バレないものね)

 サーシャは神など信じない。信じていない。神聖のステータスは信仰ではない。彼女が祈るのはセイメイにだけだ。

 周囲には同じく祈りを捧げる聖女見習いに、聖女たちがいる。


 ――嗚呼、こいつらをいますぐ殺してやりたい。


 実際の感情がどうであれ、聖女は聖女から悪心を感じることはない。彼女たちにとってサーシャは同類なのかもしれなかった。

 だがサーシャにとってはこの小綺麗な聖堂も、その聖堂を要する聖女学園も、その聖女学園の運営母体たる統一神聖教会も、そこに所属する何千万、何億という信者たちも、何もかもが汚物の掃き溜めのようなものだった。

 サーシャは奪われた。あの暖かな日々を。

 サーシャは奪われた。あの汚臭のない清らかで恋しい幼馴染を。

 サーシャは奪われた。奪われたのだ。奪われているのだ。

(そうだ。私は奪われ続けている)

 あの日、セイメイの死を知らされ、復讐のために教会への所属を受け入れたあの日からサーシャの待遇は変わった。

 綺麗な服を与えられた。豪華な食事を与えられた。高度な教育を与えられた。

 汚臭のない生活を与えられた。自分と同類の聖女たちに会わせられた。その聖女候補たる少女たちも見せられた。


 ――だけれど、セイメイの価値と比べたら塵芥のようなものでしかない。


 聖堂を去り、歩き始めたサーシャの背後に何人かの少女たちがついてくる。

「太陽の聖女様、十時からは政治学の講義です」

「太陽の聖女様、十一時からは外国語の講義です」

 未だ九歳のサーシャだが、知能ステータスが20もあるため、どんな高度な講義にも簡単についていけている。

 小走りにサーシャの前に出て、先導する聖女見習い。その少女の後ろについていくサーシャ。

「太陽の聖女様、十二時からは昼食の予定です」

「そう、ありがとうね」

 お礼などとんでもないです、役目ですから、と秘書よろしく囀る修道服の少女たち。

 こいつらは自分の側近になるらしい聖女の候補生たちだった。

 この少女たちの成績が優秀で、教会に対して忠誠心が高くあれば、教会が所持している過去の聖女が亡くなったときに回収された魔法刻印が与えられるのだという。


 ――もっとも、私はこいつらに興味はないけれども。


 汚臭漂う少女たち、当たり前だ。生まれてから嘘を一度もついたことのない人間などセイメイ以外には存在しない。日常の些細なことでさえ、少女たちは嘘をとっさについてしまい、汚臭を漂わせる。

 聖女の魔法刻印さえあればこの少女たちも汚臭がなくなるのだろうが、今の臭さを思えばサーシャは積極的に登用してやろうという気にはなれなかった。

 だけれど……だけれど側近が優秀であれば自分がこの教会で成り上がる役に立つだろうか? 我慢しなければならないか?

(私は、偉くなるんだ)

 偉くなって、武力と人員を手に入れ、セイメイくんと私を引き離したバカどもを皆殺しにしてやる。

 それがサーシャの現時点での最優先目標だった。

 そうして邪魔者を全員ぶち殺してからセイメイと平和に過ごすのがサーシャの夢だった。

 いつかの未来、誰も、何もいない荒野を想う。悪臭のない未来で、セイメイと二人きりで暮らすのだ。

(力……力……力がほしい)

 聖女用の豪華な修道服の内側に光量を抑えた大量の日輪を発生させ、魔法刻印を鍛えつつ、サーシャは周囲の少女たちに「ありがとう、貴女たちのおかげでいつも助かっているわ」と笑顔を向けてやる。

 興味はないが、こいつらが自分に反抗して敵になるよりも、手なづけて味方にして上手く使えれば何かしら楽になるだろう、とサーシャは考えて接してやっていた。

 自身が仕える聖女に褒められ、嬉しそうにサーシャについていく少女たち。サーシャは少女たちを見ながらも自身のことだけを考えていた。

(まずは成績を上げて、成績優秀者に与えられるレベルアップ用の魔石を手に入れる。そして、この役立たずの魔法刻印を成長させてやる)

 現時点では、自身へのバフスキルしかない太陽の聖女の魔法刻印は大器晩成といっていい雑魚紋章だ。

 ゆえにサーシャには、孤児院に自分を捕獲にきたあいつらに、あのとき負けなければ、という後悔が色濃く焼き付いている。

 ああ、私は弱い。弱すぎる。


 ――今のままでは、絶対に目標は達成できない。


(偉くなる。強くなる。絶対に。絶対にだ!!)

 サーシャがセイメイと離れてから半年も経っていない。

 しかし彼との思い出は今でも鮮明で、色濃く残っていた。


 ゆえに、憎悪も憤怒も、殺意も。常に色濃く、新鮮だった。


                ◇◆◇◆◇


 黒髪紅瞳の吸血姫、クリスタル・ブラッドプールはテントの前で小さく息を吐いた。

 その家族用のテントは、廃墟型の『荒野』内にあったキャンプ用品店のバックヤードにあったテントをクリスタル――クーが生成した眷属が回収してきたものだ。

「……セイメイ……」

 テントの中ではセイメイが寝ている。だがクーは追い出されている。明確に、入ってくるなと命令・・されている。


 ――7回。


 それがクーがこの一週間でセイメイのテイムしている次元精霊を殺した回数だった。一日に1回、クーはアレを殺していた。

 精霊を完全に殺害する前にセイメイに強く止められてしまっていることで殺し切ることはできなかったが、クーとしては隙さえあれば確実に仕留めておきたいのがあの次元精霊だった。

(でも、でも、しょうがないじゃない)

 最近のセイメイはあれに付きっきりだ。

 あれを育てて、あれを褒めて、あれと一緒に過ごして、あれを手元においている。

 今もこのテントの中ではふよふよとバカみたいに浮いているあれと一緒の空間にセイメイが寝ているのだ。

 ギリギリとクーは歯を噛み締めた。

 羨ましい。クーが強く感じているのは次元精霊に対する憎しみだ。

(あのクソ精霊! あいつ、私が、私が褒めてもらうチャンスを奪ってる! 許せない!! 許せない!! 許せない!!!!)

 セイメイが狙っている次元鎌鼬ぐらい自分がレベルアップすれば簡単に殺せるはずだった。

 今は虐殺することは無理でも、クーの命数はセイメイのスキル効果をあわせて3つもあるのだ。

 クーが眷属を総動員して襲いかかれば一日に1つか2つぐらいは次元属性の魔石ぐらい手に入る。

 というより、いくつかはもう集まっているのだ。正面から戦った結果ではないが、それでも手に入れることには成功していた。

 そう、狩りをしている次元鎌鼬の戦いに横殴りし、不意打ちで仕留めることに、自分たちは成功していた。

 殺害は次元精霊がやったが死体の回収はクーがやった。セイメイは褒めてくれたが、次元鎌鼬を殺害せしめたあの精霊の方を、セイメイは先に褒めていた。

 ぎりぎりとクーはテントを見ながらあの瞬間を思い出す。

(悔しい! 悔しい!! 私の方が頑張ってるのに! 私の方が評価されるべきなのに! 私が! 私の方が!!)

 クリスタル・ブラッドプールは憎んでいた。

 自分より可愛がられているあの次元精霊を。


                ◇◆◇◆◇


 あとがき

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