015 第三スキル獲得その1


「それで、アレがどこに連れて行かれたのかわかったのか?」

 東京都の23区全域を利用して作られた学園都市。

 都市内に存在するブラッドプール本邸にて、壮年の男が配下の吸血鬼に静かな声で問いかけていた。

「いえ、わかりません。ただ相当に高度な召喚魔法が使われたようです」

 ブラッドプール家当主たるコンゴウ・ブラッドプールの娘であるクリスタル・ブラッドプールが召喚魔法によって拉致されたとき、当然ながらその周囲には使用人の吸血鬼たちがいた。

 真祖吸血鬼である彼女は下等な吸血鬼の使用人たちを背景以外だと認識することがないので、彼女が自分ひとりしかいないと思っていた自室であっても多くの使用人が待機していたのだ。

 召喚拉致されたその瞬間は、それら多くの使用人が目撃するところだった。

 コンゴウが深いため息を吐く。諦観と呆れが多く混じったため息だ。

「全く、出来損ないはどこまでも出来損ないだな」

 実の娘を嫌悪するような口調の声に、旦那様、と抗議するような視線を配下であり、使用人でもある吸血鬼たちが向けてくる。

 クリスタルは真祖吸血鬼の強者から見れば弱者の分類だが、使用人から見れば雲上人の類でもある。

 とはいえ、それはクリスタルに対する忠誠ではなく、真祖という種に対する忠誠でしかないが。

 そんな配下に対して、許せ、とおどけるようにしてコンゴウは手をひらひらと振った。

「まぁいい。見つけたら連れ戻せ。したいであってもだ。それと原因の召喚士は必ず殺せ。我がブラッドプールを虚仮にした報いを思い知らせてやれ」

 わかりました、と頭を下げる吸血鬼たちが去っていき、コンゴウは「出来損ないめ。手間をかけさせてくれる」と感情のこもらない声で呟くのだった。


                ◇◆◇◆◇


「これで、終わり、と!」

 廃墟で拾ってきた軍手でダンジョン苔を掴み、同じく廃墟で拾ってきたナイフでくり抜くようにして魔石を回収すること約2000回。

 作業を正確に、そして素早く終わらせる器用と速さのステータスに加え、疲労を軽減し、スタミナを増強する体ステータスやストレス耐性も上げる精ステータスがあるからこうして何事もなく終わらせられたが、まともな頭をしていたら単純作業の精神疲労で発狂していただろう。

「じゃあ、これ捨ててくるわね」

「ん、ああ、頼む。ありがとうな」

「えへへ。どういたしまして」

 俺が魔石を抜いた端からダンジョン苔の残りを影の眷属に運ばせるクーに礼を言いながら俺はさぁて、と悩む。

 レベルを上げて、ステータスを上げるのはいい。

 だがその前に――クーを隷属させたことで上昇した――隷属の魔法刻印の深度Ⅲで獲得できた第三スキル枠を埋めなければならなかった。

「さぁどんなスキルにすべきか」

 テイム魔法の第三スキル候補は無数にある。

 隷属させた対象を強化する眷属強化、隷属させる数を増やす隷属数強化、隷属しやすさを上げる隷属緩和、隷属の縛りを強化する隷属強化など隷属魔法を強化するものだけでもこれだけある。

 加えて隷属魔法とは無関係ながらも、落雷や大火炎の魔法、サイコキネシス、レーザーなど単体で強力な攻撃効果を発揮するスキルだ。

 第三スキルから取れる強力なスキルの選択肢は無数にありすぎて、どれも取りたくて仕方がない。

 それに次元魔法。こいつは隷属魔法にシナジーがないと思われるが、取得することで遠方の眷属を呼び出すことができるようになるスキル特性やインベントリ数を無限に拡張できる特性も取得できると魔法刻印知識が教えてくれる。

 次元魔法、これはどう扱っても腐る要素のない純粋な強スキル。

(次元魔法なら攻撃特性を取得することもできるしな)

 また、隷属魔法に完全なシナジーを示すわけでもないし、取得するのに必要な前提ステータスの獲得も面倒だが、カリスマのスキルも魅力的だ。

 全ステータス強化の覇気のカリスマ、魅力強化の魔王のカリスマなど、第三スキルから取得できるカリスマスキルはステータス強化の特性を多く持ち、加えて、味方の士気強化を可能とする広範囲バフ特性も多い。

 そういう意味ではテイムで配下を増やせるカリスマは俺からすると優先度が高めになる。

 とはいえ、優先度の高いスキルは他にも様々に存在するために、即座にじゃあ選ぼうとはならないのだが。

(あとは指揮や編成といった、配下をうまく使えるようになるスキルも欲しいが……欲しい以上にはならないか)

 俺は魔法刻印知識が教えてくれる数多のスキル候補からなるべく欲しいとか可能なら欲しいそういったものを削ぎ落としていく。

 とはいえ削ぎ落として候補は十以上も残る。第三からはマジで強いスキルばっかだった。

 そこから更に条件を厳しくし、最後に残ったものを俺は見た。

「んー……やっぱ次元魔法、かな」

 個人的には生存力を伸ばすためにステータスの補正が強いカリスマ系統を優先したかった。

 だが、カリスマは純粋なテイマー強化のために第四や第五にも強力な候補が追加されるタイプのスキルだ。

 あとでもいい、という妥協ができた。

 対して次元魔法は第三で取れるうえに、その上の段階のスキルを取る必要がないここで取得しておくのが吉みたいなスキルである。

 魔法スキルゆえに魔ステータスも強化される点も俺としては美味しい。魔力ステータスは隷属に関連するステータスだからな。

(というか、次元魔法を選ぶのは第一にスキル特性だからな。欲しいのがある)

 ため息を吐く。意味があるのかなぁ、ないのかなぁ、みたいな気分であるが義理・・はあった。

(で、決めたから、あとは素材か)

 ステータスを満たさずともこの手の強力なスキルが無条件に取得できるならテイムの魔法刻印はもうちょっと評価が高くなっただろうな、なんて思いながら魔法刻印知識から次元魔法の取得に必要なステータスの値と、素材・・を確認する。

(スキル取得に必要ステータス。知識が40に、魔力が40に、精神が20か。魔法系刻印持ちじゃねぇと取得できないタイプのステータス構成だよな)

 転移魔法とか便利そうなスキルであるものの、次元魔法の魔法刻印以外だと第三スキルからの取得のうえ、レベルアップに必要な経験値も膨大となれば早々に取得できないスキルだ。

 特に他スキルからすれば第三スキルは魔法刻印の初期魔法スキルを強化できるスキルが大量に候補に入ってくる。

 次元魔法がいくら強力な特性を開花させる可能性があるとはいえ、軽々に選べるものではない。

(加えて、必要素材もか)

 『次元系モンスターの魔石(中)』が20個だ。必要ステータスを満たしたうえでこれを『収穫ハーヴェスト』することで、次元魔法はようやく獲得できるスキル一覧に並ぶのだ。

 知ってなけりゃこのタイプのスキルを獲得するのは無理だろうな。

 知能にステータス振るのってみんな嫌がるみたいだし。

 知ステータスが無駄というより、振っておきたいステータスって多すぎるんだよな。どのステータスも1単位振るだけでも大幅に変化があるし。

「まぁいいや、とりあえず荒野の方に行って、魔石持ってるモンスターがいるか確認するかぁ」

 レベル上げやステータス振りはまだしない。目的のモンスターがこの周辺にいなかった場合、ステータスの振り損になる。

 俺は突発的にステータスを振りたくなる衝動を抑えるために経験値上げ用の極小魔石は使わずに全部貯蔵し、レベルアップしていなかった。

 レベルが低いままは落ち着かないが、テイムはそもそも前線に出る必要のない刻印のためにレベル上げの必要は薄い。


 ――それも、クーがいればこそ、だが。


 おーい、クー、と声を掛ければ大木の根本で本を読んでいたクーが「なぁに? セイメイ、お願い事かしら?」と聞いてくるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 セミくんは死んだ。最後のセミくんは一週間前に魔物の移動の衝撃に巻き込まれて死んだのだ。

 なので偵察にはクーを使う。正確にはクーの影人形たちだが。

 視界の先、蝙蝠型の影の眷属が複数、廃墟めいた都市型荒野の上を飛んでいる。

 全包囲に目を生やした蝙蝠の視覚を共有したクーの視覚を共有リンクしながら、大木に背を預けて座った俺は、膝上のクーに問いかける。

「次元系モンスターって、どんなモンスターなんだろうな」

「セイメイが知らないの? え? 魔物知識があるんじゃないの?」

あるよ・・・。だけど知らないんだよ」

 魔物知識があるから、膨大な魔物情報から目的のモンスター情報を探すことはできる。

 ただ調べてみたところ、過去現在に発見されたものや未発見なものも含めて大量にヒットしたために俺は真面目に見るのをやめていた。

 加えて次元系モンスターというのは明確な生息地が決まっていない。

 たいてい荒野のどこそこにポツンと一匹だけいるとか、どこそこの土地に群れでいるとかそんな感じなのだ。

「廃墟になった都市に出やすいのは大目玉アイボール系らしいが」

 アイボール。巨大な目玉に触手が生えたモンスターだ。レーザー系の魔法を主に使う、魔力も生命力も高い強力なモンスター。

「アイボール系ねぇ。それって異形とか悪魔系じゃないの? 次元属性の魔石が取得できるの?」

「次元魔法覚えてる率が高いらしいぜ?」

 アイボールの中で次元魔法を覚えた個体が進化するなりして次元系のアイボールになるらしい。

「うーん、アイボールねぇ。強そうだわ。私の眷属で倒せるかしら」

「倒すだけなら漁夫の利でもいいし。とりあえずいるかどうかの確認だな」

 いなかったらまた別のスキルを探さないといけないから、先に素材が手に入るかの確認は必須だ。

 存在を確認しなければステータスを振ることもできない。空振りが怖いからな。

「まぁ探してみるけど……ボール系ってどこにいるの?」

「暗くてジメッとしたとこじゃねぇの?」

 なにそれぇとケラケラ笑うクー。

 ただアイボール系が湿った日陰にいるというのは確かな話である。弱点の目玉が丸出しのモンスターのために戦わないときはずっと隠れていると魔物知識には生態が載っていた。

 そんなことをクーに教えながら上空から様々なモンスターを確認しつつ、地上のモンスターを確認していれば「お、いたな」と俺はそれを発見した。

「え? あれってアイボールじゃないわよ?」

「ああ、アイボールの率が一番高かっただけだから」

 要は次元属性の魔石持ちならなんでもいいのだ。

 言いながら俺はクーに指示して、そのモンスターを監視させる。

 眼下の住宅街を次元系の中型魔石を持つモンスターが練り歩いている。


 ――次元じげん鎌鼬かまいたち


 小さな鎌を持った鼬が二体、大きな鎌を持った鼬の傍を歩いていた。三体で一体と判定されるタイプの厄介なモンスターだ。

 なお本体はあの大きな鎌鼬で、大きいのが死ねば小さい方も死ぬタイプのモンスターでもある。

 魔物知識が鎌や風属性ではなく、次元属性で獲物を切り裂くようなモンスターだと補足してきた。

「ふーん、小動物型だな。レベルは高いがなんとかなるか? クー、あれ以外にもいるか調べてくれ」

 任せて、とクーは言い、しばらくしてから結果を教えてくれる。

 彼女の言葉から周辺にそこそこ生息していることがわかり、俺はよし、と頷いた。

 獲物はアレにしよう。


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:スキル構成理論


 一般的な冒険者(物理型)

 第一スキル:剣術や槍術などの武器スキル

 第二スキル:ステータス強化 または 身体強化魔法

 第三スキル:強力な物理攻撃スキル または 防御スキル または状態異常耐性など ポジションによって選択肢は多岐に渡る。


 一般的な冒険者(魔法型)

 第一スキル:属性魔法

 第二スキル:属性強化 または 魔力強化

 第三スキル:強力な属性魔法 特性で範囲化や複数攻撃などを取得する


 一般的な冒険者(スカウト型)

 第一スキル:隠密や索敵、感知などの索敵の役に立つスキル

 第二スキル:開錠やトラップ解除などの探索強化スキル

 第三スキル:可能なら次元魔法(脱出、ワープなどの特性狙い) またはインベントリ強化、金策のためのドロップ率操作などのスキル


 なお第四スキルまで深度を深められる冒険者は稀であるため、優秀とされる冒険者のゴールは第三である。

 そのため知識スキルなどの余計なスキルを取得する余裕などは一切ない。


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