013 幸福な溺死
ステータスを強化して得られた恩恵は様々だが、その中でもやはり食料調達に関しては一つ抜けていた。
「よッ」
川の中に立った俺が、槍状に加工した木の枝を流れる川に向けて突き出せば、枝先が水中に沈み込み、そこでゆらゆらと泳いでいた川魚を突き刺している。
「ま、こいつがなんの魚かはわからんけど」
ヤマメかイワナか。ニジマスかもしれないし、もしかしたら別の魚かもしれない。
スキルによって初見の魔物の詳細すらわかる俺でも、図鑑がなければ川魚の名前もわからない。
とはいえ、これが何の魚かはどうでもよかった。
俺はこれを繰り返して、魚をたんまりと手に入れると、拾った包丁を使って魚の内臓を処理してから石がゴロゴロしている河原を歩いてキャンプ地に向かう。
逃げる準備などしない。俺にとって、もはや野生動物は脅威ではない。
力ステータスが10もあれば熊が来ても素手で対処できるからだ。
そうして俺はテイムした
火の番をしていた少女は、じとっとした目で俺を見た。不審者を見る目だった。
「それで、クリスタルはなんでこんなところにいたんだ?」
「ん……逆に、貴方はどうしてこんなところにいるのよ?」
枝に突き刺した魚に廃墟で手に入れた塩を振り掛け、焚き火の傍に枝を石で固定しながら俺は考えた。正直に言うべきか? と。
教会に襲われた事実を知れば、目の前の相手がどう出るだろうか。
一瞬だけ悩むも、すでにテイムしているのだ。相手が俺に害意を持ったとしてもそれを実行することはできないだろう。
テイムされた者は主人を殺すことはできないのだ。
なので、テイムは解除すると決めていたものの、その予定はなしである。
少なくとも、この少女と別れて、俺を追跡不可能なほどに相当な距離を移動するまでは、だ。
「聖女の幼なじみが教会に拉致されて」
「え、聖女? 拉致?」
「そう。聖女の幼なじみが教会に拉致されて、その晩に俺は誰かに殺されたらしくて、蘇生地点に設定してた場所で目覚めたから、こうやって逃げてる」
俺の言葉に「そ、そうなの。それは、不幸だったわね」と言いながらクリスタルと名乗った少女は「わ、私はよくわからない人たちに、召喚されて、そこから逃げてきたの」と言った。
「召喚されて……人間が召喚されるのか?」
「相当に高位の術者なら、できるのよ。ただ、でも、やっぱりおかしいとこはあったけど」
「おかしいとこ?」
「うん。私ぐらいに高いステータスだとそういう魔法を自然と弾くんだけど、それもなかったし。そもそも人間が住んでる場所にはちゃんとそういう魔法に対する対抗設備があるのよ。偉い政治家とかが召喚拉致されたら困るでしょ? あ、あとほら、こういう魔導具とかもあるから」
クリスタルがドレスの中からネックレスを引きずり出して俺に見せてくる。その際に少女らしい下着が見えた。
無防備な奴だなと思いながらも俺はクリスタルの身につけていた装飾品を見る。
装飾はそこまでされていない、無骨なネックレスだ。
それでも召喚魔法などの違法な魔法に対する抵抗力を高める効果があるらしい。
「へー、でも
「それは弱ってたからだし! だいたい吸血種に対してテイム試すような馬鹿いるわけないじゃない! そもそもテイムなんて知能のある相手にはそこまで拘束力がないから、テイムされても気合入れるとか、解除の魔導具使えば一発で解除できるのよ!!」
ほら、と俺が焼けた魚を渡しながら言えばクリスタルは唇を尖らせてそんなことを言う。
まぁ、隷属魔法が人間を完全に支配するようなものなら、そもそも魔法屋で売ってないもんな。
「第一、人間に対するテイムって違法よ?」
「い、ほう……?」
え? 違法? マジで?
と考えたが文明圏からすでに追い出されている俺にとって、法律違反と言われてもそこまでダメージはない。
「そ、そうか。そうかー。違法かー」
「ま、まぁ、私を助けてくれたみたいだから、私は通報しないであげるけど。っていうか貴方、名前は?」
「セイメイ」
「そう、私はクリスタル。クリスタル・ブラッドプール」
魚をもしゃもしゃやりながら改めての自己紹介を交わすと、クリスタルは「それで、これから貴方どうするの?」と聞いてくる。
帰りたいでも、ここどこ、でもなく、俺について聞いてくることに一瞬疑問を抱くも、この年齢の女児の考えることなどわかるわけもなく俺は魚をもしゃもしゃと食べながら「荒野を抜けた先に東京――あー、学園都市があるから、そこを目指してる。ただ今はレベルアップが先かな」と答えた。
「学園都市! 奇遇ね! 私の屋敷、学園都市にあるの」
屋敷……ああ、お金持ちのお嬢様っぽいもんな。なんて思いながら「そうか、奇遇だな」と淡々と言葉を返した。
「そ、その、どうしてもって言うならセイメイと一緒に行ってあげてもいいわよ?」
一瞬、単独で行動するのと、この少女と一緒に行動することのリスクや、荒野突破の成功率を考え――まぁいいかと俺は内心で計算を放棄した。
とにかく人恋しさというものが限界だったのだ。
◇◆◇◆◇
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ステータス
テイム名:クー
名前:クリスタル・ブラッドプール
年齢:9
レベル:5
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◆ステータス(ポイント残:0 使用済み:30 初期10 獲得20)
力:0(+20) 体:0(+20) 器:0(+20)
速:0(+20) 命:0(+2) 神:0(+20)
知:10(+20) 魔:20(+30) 精:0(+20)
感:0(+20) 運:0(+20) 魅:0(+20)
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◆魔法刻印【真祖吸血鬼】 深度【Ⅱ】
▽第一セットスキル:『真祖吸血鬼』
・『身体強化【Ⅴ】』――全ステータスを特大上昇させる。
・『吸血鬼の祖【Ⅴ】』――神聖特攻Ⅴと生命特攻Ⅴを持ち、日光や十字架などの一般的な吸血種の弱点を持たない。
・『眷属生成【Ⅲ】』――取得スキルに合わせた眷属を生成可能。(上限10)(個体ごと設定ステータス合計100)
・『邪眼【Ⅲ】』――視線を合わせた相手に複数の状態異常を与えることが可能(眩惑・発狂・魅了)。
・『吸血鬼の変身』――霧、蝙蝠、狼などに変身可能。
参照ステータス:【知力】【魔力】 消費コスト:【魔力】
▽第二セットスキル:『影魔法』
・『魔力強化【Ⅲ】』――魔力ステータスを中上昇させる。
・『影感知』――影を感知可能。
・『影操作』――影の形状を操作可能。
参照ステータス:【知力】【魔力】 消費コスト:【魔力】
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◆スキル構造:
▽『真祖吸血鬼』
――スキル特性1『吸血魔法』
・耐久を無視して魔法属性のダメージを与える。
――スキル特性2『生命転換』
・吸血で与えたダメージを自身のHPに変換する。
▽『影魔法』
――スキル特性1『影の矢』
・『魔ステータス×2』の威力を持つ闇属性の魔法の矢を『1本』生成し、射出する。
――スキル特性2『影潜り』
・影に潜ることができる。
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◆称号
『貴種吸血鬼』:真祖吸血鬼の魔法刻印を獲得。
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◆
・この情報を閲覧するには権限が必要です。貴方は権限を保持していません。
・特になし
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◇◆◇◆◇
(あ、圧倒的
クリスタル・ブラッドプール。黒髪紅瞳の吸血鬼の少女はセイメイと名乗った少年と行動を共にすることにした理由は一重にそれだけだった。
元の顔の作りがどうであったとしても魅力値20という魅力ステータスを持つ現在のセイメイの姿は、クリスタルにとってはとにかく美男子に見え、セイメイが何をしようとも、見るだけでクリスタルが嬉しくなってくるという幸福スパイラル状態だった。
とはいえ、魅力値20は高魅力値の生物にとってはそこまで高い数値ではない。
現に高位生物たる真祖吸血鬼のクリスタルも同じ魅力値を持っていた。加えて、通常は精神ステータスによる抵抗もあって通用しない。
そう、
クリスタルは通常の精神状態ではない。隷属状態なのだ。
テイムされていることで設定された好感度がセイメイの魅力値を何倍にも増幅し、更にテイムされていることでクリスタルの精ステータスによる抵抗値は無効化される。
人を超越した魅力値の暴力に精神が曝され、クリスタルの精神は山中で自分を救ってくれた少年に傾倒していっていた。
(昼だとダメだったけど、夜間に影の中を移動すれば、モンスターに会わずに荒野を突破して屋敷に帰れるだろうけど……セイメイと一緒に帰ればいいか)
そんなことを考えてしまう程度には。
(それに、お父様だって、別に……私に帰ってきてほしいわけない、もんね)
おそらく父親は自分を探しているだろう。召喚されて連れ去られたことはあきらかだからだ。
しかしそれは、拉致されたクリスタルを心配してではなく、
敵対者に対し、父はアクションを起こすはずだった。
――クリスタルの理性は帰るべきだと促している。
しかし帰りたいとは思わなかった。
それは自分に冷たい父親を困らせてやろうという思惑があったわけではない。
ただ、積極的に帰りたいという気分でもなかったというだけのことだった。
その気分を、セイメイというイケメンの側にいたいという欲求が後押しする。
そうして、クリスタル・ブラッドプールはすぐに帰らないことに決めたのだった。
――彼女がそれを致命的な失策だと気づくことは、生涯なかった。
山中での活動はとにかく、都市の屋敷で侍女や侍従に傅かれて生きていたクリスタルにとって苦痛を如くように思えたものの、実際に活動してみれば真祖吸血鬼の魔法刻印がもたらす高い体ステータスが齎す環境適応や、高い精ステータスが齎すストレス耐性によって不便は極限に緩和されている。
というより、とにかくセイメイの傍にいて、セイメイに
セイメイは父とは違ったからだ。クリスタルが狩りの手伝いをすれば素直に褒めてくれるし、料理を手伝っても素直に褒めてくれる。廃墟で見つけた着れそうな服を手直ししてから着て見せればかわいいと言ってくれて――嗚呼――撫でてくれる。どんな美酒よりも美味しい血をときおりくれて、唇を首筋に擦り合わせ、彼の熱い吐息を感じながら吸う血液の――嗚呼、なんて――生まれて初めての感覚にクリスタルは戸惑う。夜は寒いからと子狼に変身させられてクリスタルは主人に抱きしめられ、ふわふわの毛皮を撫でられて――嗚呼、なんて至上の幸福だろう――クリスタルは長いからと「クー」「クー」と呼ばれればクリスタルの精神はそれだけで絶頂に達した。
日に日に好感度が溜まっていく。好感度は大丈夫かとセイメイに問われたけれどクリスタルにはよくわからなかった。好感度って何? そんな雑魚刻印の追加ステータスが私に影響を与えるわけがないでしょう?
クリスタルは正常だ。自分の意思を保っている。
――と、彼女は思っていた。
だが
他の刻印がステータス強化や状態異常耐性、様々な特殊能力を持っているのに、テイムはその高価さや刻印の複雑さに対して持つ能力は一つだけ。
対象を隷属させるという、それだけの効果。
その刻印効果の全性能で、対象を支配することを目的とした、失敗作とも言われた欠陥魔法刻印。
ゆえに
都市でまともな教育を受ければ人間に対する隷属が違法であり、それを教わったサーシャが誰かしらの大人に
だが太陽の聖女はその前に溺れきった。好感度が齎す快楽と異臭がしない主人の傍にいるという安心に。だから彼女は自分が隷属していることを誰かに教えることはない。そして隷属は状態異常ではないためにどのような治療を受けても治療されることはない。
それに、彼女は主人の存在を魂と結びつける
クリスタルもそうだった。こうなる前に逃げる道は残されていた。
それを自ら断ったのはクリスタルだ。
親から逃げ、双子の姉から逃げ、そして幸福に溺れた。溺れきった。
セイメイと行動を共にして、10日。
彼のレベルアップに付き合うという名目で屋敷への帰還を遅らせたその時間で。
――クリスタルの好感度は100に到達した。
クリスタル・ブラッドプールは幸福に溺れ、その精神は、脳は、常に快楽に浸されきっていた。
◇◆◇◆◇
TIPS:隷属魔法の危険性
当初は人間を隷属させる危険性があるとされた隷属魔法だったものの、知性ある生物を隷属させるための難易度が高すぎるためにそれらの危険性は認知はされているものの、誰もが忘れてしまっている。
そもそも攻撃魔法を使えるものたちはそんなことをしなくてもレベルアップを繰り返せば暴力や金で他者を容易に従わせることが可能になるために弱い隷属魔法に目を向けることはない。
しかし隷属魔法のもっとも危険な部分は、隷属した者が、隷属させられたことを忘れ、奉仕に幸福を見出すようになる点である。
自死すらも厭わぬ献身を強いることすら可能な、強力な魔法刻印。
扱い切ることのできる者が絶無なことから、その真の危険性は、認知されていない。
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