002 プロローグ その2
それを見た瞬間に思わず、へ? と声が漏れた。
「え? お、おっさんおっさん! なんでこれこんな安いの? テイム魔法でしょこれ!」
二回目の人生、孤児に生まれた俺は小学校に通い続け、三年生に、九歳になった。
そんな俺は今日も今日とてサーシャと一緒に空き缶を拾い集め、ホームレスのおっさんに小銭とポイントとに交換して貰うと、最近毎日のように遊びに行っている、町中にある個人商店の魔法屋に行く。
買うわけではない。売っている魔法刻印を見に、遊びに行っているのだ。
――魔法刻印は、種族人間が生涯一つだけ身につけられる魔法の源のことである。
いつものように遊びに行った魔法屋の店先には、セールの文字と一緒に99%減額されたテイム魔法の『魔法刻印』が置いてあった。
元値が100万だから1万円だ。すっげぇ!! 99万も割り引いてる!!
「ってか、1万でも売れないのおかしくない!? テイム魔法だぜ!? なぁおっさんおっさん!!」
俺に呼びかけられた店主のおっさんがだるそうに俺を見てくる。
「ああ、それな。そろそろメーカーの保証期限が切れるんだよ。だからセールしてんだよ……はぁ。ちなみにな、これだけ安売りしても売れねぇのはテイム魔法がクソ魔法だからで、コイツは老人になるまで魔法を身に着けてなかった爺さん婆さんぐらいしか欲しがらないからなんだよ」
「はー、魔法身につけなかった人っているんだ」
「ステータスが身につくのは人生で有利っちゃ有利だが、魔法刻印は冒険者なんかの迷宮関係者にでもならない限りは必須ってわけでもないしなぁ。あとは金がないとか、選ぼう選ぼうと迷ってるうちに生きていくだけなら魔法とか必要ねぇなって判断する連中がいないこともねぇからってのもある。で、なんだよ坊主ども。今日も魔法見てくのか? カタログ出してあっから勝手に見てろや」
言いながらお茶とお菓子を出してくれる店主のおっさん。ツンデレっぽさがあるので内心にんまりする。
やいのやいの騒いでいた俺と、ダルそうに俺の相手をしていた店主のおっさんを横目に、完璧な金髪碧眼美少女に成長中のサーシャはちょこんと椅子に座って、勝手にお茶を淹れて、くぴくぴと飲み始めていた。
呆れた様子のおっさんがお茶菓子を選んでいるのを横目に俺はガラス棚に顔を近づけて、セール中のテイム魔法をじーっと見つめる。
そんな俺に、店主のおっさんは呆れたように言う。
「あー、忠告してやるが若いうちからテイム魔法なんてやめとけやめとけ。言っておくが、それ、戦闘の役には全く立たないぞ。孤児の行き先なんざたいていは冒険者だろ? 身につけると損するぞ」
「戦闘の役に立たない? 戦いで使えないってこと? モンスターテイマーってテイムした魔物で戦うんじゃないの?」
「そりゃそうだが、それは理想だろ。モンスターにも種族差ってもんがあるんだよ。その辺の草原で最強のウルフ種を捕まえて育ててもそいつが殺せるのは頑張ってせいぜい1ランク上のモンスターぐらいなんだぜ? 捕まえる手間だの、世話する手間だの、育てる手間だの、手間がかかる割にテイム魔法ってのは弱ぇんだ。しかもテイムってのは支配系能力だからな。坊主がテイム魔法を身に着けたとしても、魔物をテイムするなら自力で魔物を屈服させる必要がある。その面倒くささがわかるか? お前が想像してるよりもずっとダルいぞ? だから世間一般の冒険者ってのはそんな面倒な真似するより射程と攻撃力が両立してる雷魔法なんかを刻印してるんだわ。高い威力の攻撃魔法ぶっ放してりゃ強い、生存力が高まるってのが冒険者の常識だからな」
それと、と店主は先程の注意点を事細かく解説してくれる。とはいえほとんどが忠告だった。
このおっさんは俺が何もわからない小僧だと思っているのだ。
前世の知識があっても実際この世界のことなんか全然わかってない小僧っ子だから正解だけど。
おっさんの言葉が頭に染み込んでいく。テイムしたら魔物の食費がかかる。世話も必要。住居も必要。ちゃんと育てなきゃ好感度や忠誠度が低くなる。もちろん戦闘のたびに古いテイムモンスターを使い捨てて新しいモンスターをテイムする方法もなくはないが、モンスターもランクが一定段階以上からは知能の高いモンスターが混じって、そういった戦闘を拒否するようになる。加えて種別ごとに世話の方法が異なるためにモンスターの生態に関する知識も必要だ、などなど。忠言が耳に痛い。
また支配系統魔法といえど強く知能の高いモンスターほどテイム魔法に強力に抵抗するようになってくるため、
「な? 面倒だろ? それより高火力が期待できるし、身一つで戦力になれる攻撃の魔法刻印にした方が便利だぞ」
「あー、まぁ俺、別に冒険者なりたいわけじゃないし……」
ふわふわ毛玉が飼いたいだけなのだ。ふわふわ毛玉。ふわふわ。
就職はサラリーマン――なんてことはあんまり考えない。就職氷河期世代だったからな、前世の俺。とにかく食っていける仕事見つければなんでもいい。
「そうなのか? それならわからなくもないが、孤児院で生き物飼っていいのか?」
「まぁたぶん大丈夫でしょ」
ダメかもしれないけど。でも頑張って説得すればいけるかもだし。というか刻印が手に入る頃には俺は孤児院出てる可能性の方が高い。
ちなみにだが、ふわふわ毛玉を遊ばせてもらった老婆は結構前に老衰で死に、毛玉魔物もテイムから解き放たれる前に処分されてしまったと聞く。
あのときはサーシャが泣いて大変だったななんて思い出しながら俺は今溜まっている金額を思い出す。
1万円には足りてないな……。貯めた小遣いに、自販機の下から拾った小銭、空き缶を集めた金を合計しても7千円ぐらいしかない。
「あー、おっさん? いや、店主さん?」
「なんだよ気持ち悪ぃな」
「これっていつまでセールやってんの?」
「来週までだな。1万持ってくればお前にだって売ってやるぞ」
「7千じゃダメ?」
ななせん~~? と懐疑的な目で俺に顔を近づけてじろじろ見てくる店主のおっさん。
「まぁ刻印を正規処分する手間と、99%オフ考えれば今更3千ぽっち、どうでもいいんだが……本当にテイム魔法でお前、後悔しないか?」
「後悔って」
「クソ面倒な魔法身につけた奴ほどあとからあれがよかったこれがよかったって言うんだよ。っていうかテイム魔法よりこっちの水魔法の方がいいぞ。20万円ぐらい足りないけど。でも水魔法は攻撃以外にも使えるしな。あと生き物飼いたいだけなら、ペットショップにでも行ってこいよ。金魚とかおすすめだぞ」
「金魚はふわふわしてないじゃん」
俺の返答に店主が「ふわふわなぁ」と呆れたように言う。
「まぁ、お前の人生だからいいけど。一日ぐらい悩んだ方がいいんじゃないか?」
「今売ってくれよ! 7千円はここにあるから!」
首に下げていた小袋の中身を俺は店主の前に取り出した。中には白いビニール袋に入れられた千円札と小銭が入っている。何しろサーシャという超絶美少女を侍らせているのだ。金など嫌がらせで盗まれる危険性が高く、貯めた金は肌身離さず身につけておくしかない。
っていうか一万円で魔法買えるなら、それがテイム魔法だろうとなんだろうとその辺の高校生とかが買っていきかねないだろ。
買うなら今でしょ! そんな気持ちで店主を見上げればしょーがねーな、と店主はセール品のガラス棚から箱に入った魔法刻印を取り出した。
「あとから絶対文句言うなよお前」
「言わない言わない」
そもそもこの変な日本そっくりとはいえ、魔法のない世界からの転生である。魔法のない生活が当たり前だったから、攻撃魔法がなくても生きていく自信ぐらいはあるのだ。冒険者とか糞みたいな3K職やるぐらいなら血反吐吐いて就活してサラリーマン目指すよ!!
「セイメイくん! テイム魔法買うの!?」
そんな俺と店主のやり取りを口をぽけっと開いて見ていたサーシャがここでようやく口を開いた。
その顔は期待と驚愕に満ちあふれている。
「そうだよ。テイム魔法買うんだよ」
「ふわふわ! ふわふわ毛玉!」
「そうだよ。ふわふわ毛玉テイムするからな! 俺は! やるぜ!!」
やったー、と喜ぶサーシャ。そんなサーシャの様子を見て店主が「ふわふわ毛玉ってあれか。婆さんが飼ってた三式綿毛ボムか。いや、捕獲依頼ちゃんと出せよ? 坊主どもが自分で捕まえに行くと即死するからな」と忠告してくる。魔物図鑑見たからな。わかってるよ。あのふわふわ毛玉が見た目以上にやばすぎる爆弾生物だってことは予習済みだぜ。
なお図鑑を見たときに知ったが、伝説的なテイム魔法習得者があのふわふわ毛玉を大量捕獲して、大量爆撃してダンジョンを攻略したこともあったらしいが、すぐにその戦術は廃れたようだ。どうにも捕獲費用がかかりすぎてその費用を回収できなかったらしい。
そんなことを考える間にも店主が箱から棘付き首輪の紋様の魔法刻印を取り出して、刻印に魔力を注入して活性化させている。
きらきらと光る刻印が綺麗で、俺とサーシャはぽけっと口を開けて見入ってしまう。
「ほら坊主、腕だせ腕」
「はい」
素直に差し出した右腕の肩あたりに、店主によってタトゥーシールみたいな魔法刻印がぺたっと貼られれば、ぞわぞわっとした感触のあとに何かが皮膚の下に潜り込んでいく感触が伝わってくる。きっしょ。うげぇぇぇ。
カリフラワー食べたあとのような気分でぐったりしていれば、店主が真面目くさった顔で俺に言う。
「あ、お前、もう半袖着るなよ」
「半袖?」
「カタログ見てりゃわかるだろうが、刻印はそれぞれ紋様が違うからな。お前がテイム魔法持ちってのは見りゃわかるんだ。んで、テイム魔法持ってることが知られるとめんどくさいぞ。モンスターよこせとか、弱いから変な奴に絡まれたりとか」
「あー、はい。わかりました」
「なんだよ坊主。いきなり丁寧だな」
「そりゃ値引きしてもらったし……」
神妙な態度の俺を見て吹き出した店主に対し、俺は刻印を隠すために素肌っぽい素材のシールがほしいな、なんて考えてしまう。
(あ、風呂の時間ずらさねぇとな)
まぁ狭い孤児院での集団生活だ。魔法を刻印したことはいずれバレるだろうが、まずは何かできるようになるまでは内緒にしたいところだった。
「一晩もすりゃ刻印が根付いて魔法が使えるようになるが……テイムならそうだな。魔物に使うまえに、虫とか小動物とか、魚に対して行ってテイム魔法を成長させておくようにな。魔力は使ってりゃ成長するだろうが、一日一回ぐらいで……ふわふわ毛玉は、見た目に反してあれは結構強い魔物からな。刻印の深度はⅡぐらいで、隷属の強化スキルと特性が必要だろう。結構めんどくさいぞ? 坊主に達成できるかな? ああ、そうだ。魔法は使いすぎると魔力切れで倒れるから注意しろよ」
矢継ぎ早の忠告に、了解、と頷く。てか思ったが、魔法って資格とかいらないんだっけ? 前世だと銃を買うのにも資格とか警察への届け出とか、そういうの必要だったんだけどな。
「そういや免許とかいらないの?」
「ほー、魔法免許をよく知ってるな。サーシャちゃんと遊んでばっかりじゃなくて勉強してるようで安心だ。で、免許な。攻撃魔法は必要だが、テイム魔法はいらんぞ。攻撃性能がないからな。ただ、魔物をテイムするなら冒険者ギルドに届け出が必要だな。あと他人のペットを勝手にテイムしたら捕まって刻印に封印措置がされることもあるから気をつけろよ」
店主の説明にはい、と神妙に頷いておく。オーケー。当たり前の常識守ってりゃいいわけな。盗むな犯すな殺すな了解。
そのあとは店主にあれこれ説明を聞きながら、サーシャと一緒にお菓子を食べて孤児院に帰っていくのだった。
ちなみに客はあんまり来なかった。あまりの少なさに俺が大人になるころにはこの店潰れてそうだと思ったのは内緒だ。
なお、こういった店が、冒険者ギルドや冒険者学園への魔法刻印納品が本業で、店頭販売はほとんど利益を考えてないと俺が知るのはっもっとずっとあとのことである。
◇◆◇◆◇
さて、そんなこんなでテイム魔法を手に入れた俺がやったのはテイム魔法の練習である。
孤児院の裏庭、日陰になっていて誰もこない場所にサーシャと二人でこそこそと話し合う。
魔法を使いこなすには修練を積む必要がある。
火魔法なんかが最初は弱い魔物しか倒せない魔法しか使えないのと同じように、テイム魔法も最初は昆虫とかそういう知能が低くて雑魚い生物への支配しか成功しないからだ。
もちろん最初から小動物にやっても効果は出ない。小動物は初期テイム魔法からすると、身体が大きく、知能が高すぎるためである。
魔法店のおっさんがネットで調べてくれた情報によると、最初は蛆とか蟻とかで試すといいらしい。
それは後で試してみたいが、俺にはまずやってみたい方法があった。うまく行けば一足飛びに魔法刻印の深度を深めることができるだろう。
「と、いうわけでふわふわ毛玉を飼うためにサーシャには協力を頼むぞ」
金髪碧眼美少女が両手をぐっと握って俺にきらきらとした目を向けてくる。
「ふわふわ! わかった。セイメイくん、どうすればいいの?」
「簡単だ。俺がテイム魔法を使うから、サーシャはテイム魔法を受け入れてくれればいい。テイム成功すりゃ刻印が育ってふわふわ毛玉ゲットってわけだからな!」
「ふわふわ! わかったよ! がんばるね!」
こくこくと一生懸命に頷くサーシャ。
そう、テイム魔法の経験値は、でかくて知能の高い生物ほど高いのだ。ならサーシャ使えばいいってわけ。俺って超かしこい。
よっしゃよっしゃと内心で呟きながら、右腕に根付いた刻印を通じて頭の中に入ってくる魔法術式を起動する。
「よしサーシャ! 受け入れろよ。いくぜ!
魔力を纏わせた手でサーシャに触れた瞬間――
――太陽の聖女アレクサンドラの
◇◆◇◆◇
TIPS:人間へのテイム行為
当然、違法である。
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