第28話 和やかな食事会にはならず


 琉唯は流れに全て身を任せようと諦めた。適当に誤魔化してしまおうと考えていたというのに、汐里がわざわざ連絡を入れていたことで両親から「お前、同性の恋人ができたのか」と二人にまで隼が恋人認定されてしまったのだ。


 琉唯は「これはちょっと違くて」と説明しようとするのだが、両親は「恥ずかしがらないでもいい」や「同性だからと気にしなくていい」と何か勘違いしている。違うのだ、そうではないのだと主張したいけれど、二人が隼に会うのを楽しみにしてしまっている。


 葵はここまでのことになるとは思っていなかったらしく、「ごめん、るーくん」と謝ってはくれた。隼の態度も態度だったのも悪いので、妹だけを責めるわけにもいかない。もうこうなってしまっては仕方ないのだと琉唯は諦めた。


 それにこれは考えるきっかけになるかもしれない。自分は隼からの想いに応えきれていなかった。他人から見れば、彼の好きだという一途な想いを利用しているように感じるかもしれない。自分でも答えないことで、彼を縛っているようにも思ってしまったのだ。


 とりあえず、隼が両親と会った時にどういった反応をするのか見てみようと琉唯は決めて、食事会当日を迎えた。食事会の会場は汐里の実家で、彼女の家はとても広く、集まるには丁度良い。琉唯は隼を駅まで迎えに行って、汐里の実家までやってきたのだが、気が重くなる。


 何度も集まりで訪れたことがあるけれど、今回は隼がいるのだ。広い日本屋敷は少し珍しいのか彼は建物を眺めていた。街中のほうだとこういった家は少ないかもしれないなと琉唯でも思う。


 汐里の実家は県内ではあるものの、田舎町寄りなので少し行くと田んぼや畑が見える。家がぽつぽつとあるといったほど田舎ではないけれど、それでも街中に比べたら少ないほうだ。


 いつまでも玄関前にいる訳もいかず、琉唯は「変なことはするなよ」と隼に念を押しながらインターフォンを鳴らした。田舎ならではというのだろうか、玄関には鍵がかかってなくて、「琉唯だけど」と言えば、「開いてるから入ってきていいわよ」と返事が返ってきた。


 玄関が開いているというのは衝撃的だったのか、隼が「不用心すぎないか」と突っ込んでいる。まぁ、その通りではあるので琉唯は否定ができずに笑うしかない。琉唯が玄関を開けて入れば、奥から汐里がやってきた。


 汐里は隼を見て「来てくれたのね」と嬉しそうに頬を綻ばせる。もうみんなは集まっているからと汐里が奥の広間を指さした。案内されるままに広間に向かえば、宴会用のテーブルを囲むように男性陣が酒を飲んでいる。


 まだ昼なのもあるが料理の準備もできてないだろうという言葉を琉唯は言わない。これはいつものことなので、いちいち指摘していては疲れてしまう。汐里の婚約者である高雄はすでに男性陣に捕まっていて飲まされていた。


 三人の男性陣の内、一人は汐里の父である源次郎だ。彼は大の酒好きなので飲める相手を見つければ酒を勧める。残りの二人は智子の夫である将司しょうじと息子の哲也てつやだ。彼らも酒をよく飲むのでこの三人に捕まって逃げられたものはいないので、可哀そうにと琉唯は高雄に同情してしまう。


 ちなみに琉唯の父であるわたるは酒はたしなむ程度に飲めるが、それほど強くないので三人に捕まる前に「飲めない」という設定を貫いて事なきを得ている。女性陣はキッチンから料理を運んでいるのだが、葵は父と喋っていた。


 琉唯が来たことに気づいてか、葵が「るーくんこっちー」と呼べば、広間に居た男性陣がこちらに目を向ける。もちろん、注目されているのは隼だ。そんな視線など気にも留めていないといったふうに隼は頭を下げて室内へと入った。



「父さん、お待たせ」

「彼が言っていた人かな?」

「初めまして、鳴神隼といいます」

「琉唯の父の緑川渉です」



 いつも息子がお世話になっているようでと渉が挨拶をすれば、隼は愛想のよい笑みを浮かべながら対応していた。こいつ、こういうことができるなら最初っからしてくれないだろうかと琉唯はじとりと隼を見遣る。


 葵も隼の素ともいえる状況を見ているので、この対応にはほへーと呆けた声を出していた。



「なかなかによくできた青年じゃないか」

「源次郎さん、酔ってるだろ」

「これぐれぇ平気だ」

「俺は大したものではありませんよ」



 にこりと返す隼に源次郎は「酒が飲めたら一緒に飲みてぇものだ」と笑う。なんとも機嫌が良さげな態度はきっと隼が低姿勢だからだろう。


 なんと大人な対応だろうか。琉唯は隼の他人への態度を見てきているので意外だった。何せ、刑事の前ですら堂々と自分の意見を言っていたし、考えを曲げなかったのだから驚かないわけがない。他人に興味がないというのに気を遣うことができている。


 それができるなら普段からしてくれないだろうかと思ったけれど、彼なりの理由があるのかもしれない。琉唯は自分の父である渉と話す隼の様子を眺める。営業スマイルとでもいうのか、猫かぶりというのか、凄いなと感心してしまった。



「このお兄さんがるーくんの恋人!」

「あ、お母さん」



 料理を運んでやってきた琉唯の母、香織かおりが渉と話す隼に挨拶をする。食事会に来てくれたことに感謝しつつも、「迷惑でなかったかしら」と香織は申し訳なさげだ。そんな彼女に隼は「そんなことはないです」と返す。



「俺は琉唯と長く居られるならばそれでいいので」

「おい、こら」

「何か問題でもあっただろうか?」



 隼にはないだろう、隼にはと琉唯は溜息を零す。この場には両親がいるのでこの会話も聞いているのだ。二人はまぁといったふうにこちらを見つめているではないか。葵に至っては吹き出して笑っている、誰のせいだと思ってるんだと琉唯はじとりと妹を見るけれど、彼女は悪びれる様子もない。


 もういいやと琉唯が諦めたところに汐里と智子、それから女性がやってきた。テーブルに料理を並べてる汐里と智子だが、女性は隼を見て目を丸くさせている。



「え、何このイケメン」

「恵美子さん、直球すぎ」

「琉唯くんの恋人ってこの人? はぁ? どうやって捕まえたの!」



 智子の娘である恵美子は緩く巻かれた茶毛を慌てて整えながら近寄ってくる。間近で隼を見てこんな逸材は早々いないと琉唯に質問攻めをし始める。どうやって捕まえたんだと言われても、相手が知らぬ間に食いついてきただけなのだがと琉唯は答えるしかない。


 それで納得してくれるわけもなく、今度は隼にまで聞く始末だ。それに彼が「全てに惹かれたのだが」となんでもないように答えるものだから、琉唯は恥ずかしくて逃げ出したかった。



「恵美子、いい加減にしぃや。他人の恋愛事情を根掘り葉掘り聞くなんて、はしたないったらありゃしない」

「だって、気になるじゃない」

「相手のことを考えなさいな。あぁ、これだから不出来な娘は嫌だよ。ここまで空気が読めないとは思わなかったわ」



 智子は嫌味のような呆れた言葉を恵美子に言ってから、隼に「ごめんなさいね」と頭を下げる。うちの娘がはしたないことをしてと、まぁ娘下げをする発言をつらつらと述べる。


 気がきかない、料理もまともにできない、空気が読めない、自分勝手だと娘の前で愚痴っては「ほんと、不出来だわ」と溜息を零す。



「あぁ、ほんと嫌だわ。汐里ちゃんみたいなよくできた娘が欲しかったわぁ」



 あー、いやいやと智子は手に持っていた料理をテーブルへと運ぶ。恵美子はといえば、なんとも不機嫌そうに母親を睨んでいた。そんな娘に「ほら、料理を準備する」と叱られて渋々といったふうにキッチンへと引っ込んでいく。


 なんとも空気が微妙になったのだが、隼は気にするでもなく琉唯の両親と話をしていた。三人の会話にどんな爆弾が投下されるか分からずひやひやしていれば、「ちょっとこっち手伝ってよ」と汐里に声をかけていた。


 その口調というのがなんとも強いもので汐里に対して敵対心のようなものがあるように感じた。昔から汐里と比べられて育ってきたからかもしれないなと琉唯は何となしに二人へ目を向ける。


 恵美子は汐里に茶碗蒸しが乗ったトレーを渡していた。それを受け取って汐里がテーブルに一つ一つ並べていく。茶碗は和柄で花や蝶々が描かれているもので、可愛らしいなと琉唯は眺めた。


 料理の準備ができたからと皆が席に着く。汐里の隣に腰を下ろそうとした智子が目を瞬かせながら「ちょっと席を交換してちょうだい」と彼女に頼む。汐里が不思議そうに席を交換していたのを琉唯はどうしたのだろうかと首を傾げた。


 源次郎さんの「今日はよろしく頼む」という挨拶を合図に食事会は始まった。高雄が質問攻めに遭っている中、隼は琉唯の両親に大学でのことを聞かれている。息子はちゃんとやっているだろうかといったものから、友達たちと仲良くしているだろうかといった心配など、親が不安に感じることを聞いていた。


 子供からすれば聞かれると恥ずかしいことなので、琉唯がむっと眉を寄せれば、隼は当たり障りないような言葉を返していた。琉唯のことを想ってのことだったようで、その点には助けられる。



「うぅ……」

「智子おばさん!」



 汐里の声に顔を上げれば、智子が床にうずくまっていた。上手く呼吸ができないように息が止まかけ、全身が痙攣している。意識が遠のいているように見える症状に皆がどうしたと彼女に駆け寄る。



「彼女にアレルギーはあるだろうか」



 皆が慌てる中、隼が智子の症状を見て問う。それに答えたのは彼女の夫である将司で、「妻は蜂蜜アレルギーだ」と教えてくれた。隼はそれを聞いて「すぐに救急車を」と指示を出した。


 意識が朦朧としている智子の姿勢を変えながら「エピペンは所持しているだろうか」と隼が将司に聞く。どうやら重度のアレルギーのようでエピペンは常時、持ち歩いていると将司は傍に置いてあった彼女の鞄から取り出した。



「エピペンの取り扱い方は知っているだろうか?」

「え、いや……私は妻が使っているところは見たことがなく……」

「なら、貸してくれ」



 将司からエピペンを受け取った隼は青色のキャップを取って智子の姿勢を変えると太ももにオレンジ色の先端を押し付けた。手慣れた手つきに皆が驚いていれば、救急車を呼んでいた汐里が「もうすぐ到着するわ!」と声を上げる。


 はっと我に返った将司が智子に付き添い、香織が彼女の荷物を纏める。源次郎が玄関を出て救急隊員を迎え入れる準備を始めて、残された琉唯たちはただ、その様子を見守ることしかできなかった。






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