■例え、どんな時だろうと猛禽類の眼は鋭い

第27話 外堀が埋められそう



 大学の最寄り駅は学生が多く出入りしていた。それは大学生だけでなく、中高生なども含まれる。ブレザーやセーラー服など多種多様な制服を着こなしている中高生が学友たちと喋りながら駅構内へと入っていくのを琉唯は眺めていた。


 ジュースを飲みながらぼーっとしていること数十分、「おーい」と遠くから手を振っている女子学生が目に留まる。紺色のブレザーにチェックの短いスカートを着こなす、短めな栗毛が似合うこれまたボーイッシュな女子学生は走ってきたかとおもうと琉唯に抱き着いた。



「るーくん、おっまたせー!」

「あーちゃん、遅い」



 琉唯に文句を言われて「ちょっと先生に呼び止められてたんだし!」と遅れた訳を彼女は話す。どうせまた課題を出し忘れていたのだろうと指摘すれば、図星だったらしくむーっと口を尖らせた。


 分かりやすいなと琉唯は思いつつ、抱き着いてくる彼女の頭を撫でてやれば、「子供扱いー」と不満な声を上げられた。いやまだ学生なのだから子供だろうと、突っ込んでやりたいが高校生ともなるとそういったことを気にする年頃なのだろう。


 悪かったと琉唯が謝れば彼女は抱き着きながら「るーくん早くない?」と聞く。講義が今日は少ない日だったのだと伝えれば、そっかーと分かっているのかいないのか分からない返事が返ってきた。



「あーちゃん、わかってる?」

「わかってるわかってる。あ、そうだ大丈夫だったの、サークルってやつ」

「あー、大丈夫。予定あるからって言っておいたし。まぁ、隼を置いてきたのはやばかったかもしれない……」


「あれでしょ! るーくんラブなイケメン!」



 彼女に会うことを隼には言わず、ただ予定が入ったから先に帰るとしかメッセージを送っていない。会わずに置いていってしまったのは駄目だったかもしれないなと思うけれど、彼には関係ないことなのだからわざわざ報告する理由はないはずだとも思ってしまう。


 スマートフォンを確認すれば、メッセージに既読がついているだけで返信はなかった。忙しいのか怒っているのか、それとも特に気にしていないのか、これだけでは判断ができない。



「そんなにるーくんが好きなんだねぇ」

「隼のことはいいから、あーちゃんそろそろ離れて」



 流石に学生服のまま抱き着かれてしまっては他所の目が気になってしまう。琉唯はそう言いながら彼女を見遣れば、目を瞬かせていた。なんだろうかと首を傾げれば、彼女の視線が背後に向けられていることに気づく。


 ひやりと背筋が冷えた。まさか、いや、そんなはずはないとゆっくりと振り返れば、鋭い猛禽類の眼がそこにある。



「……隼」



 隼がそこに立っていた。じとりと彼女と琉唯を交互に見遣りながらそれはもう不機嫌そうに。どうして、この状態で見つかるかなぁと琉唯は愚痴りたくなる言葉を溜息に乗せる。



「えっと、隼?」

「琉唯、説明をしてほしい」

「えっと?」

「何故、女子高生に抱き着かれているのだろうか?」



 その制服は南八雲女学高等学校のものだろうと言われて、よく知ってるなと琉唯は突っ込んでしまった。大学からほど近い位置にある学校なのだから知っていると言われては何も言い返せない。


 隼の眼を見てか、彼女が「るーくん、めっちゃ怖いんだけど」と琉唯の背後に隠れる。それがまた彼の機嫌を悪くさせた、るーくんとはなんだと。



「あーちゃん、ちょっと離れて。今、説明するから……」

「あーちゃん?」

「あぁ、もう! 隼、ちょっと落ち着いてくれ」



 それはもう怖い顔をするものだから琉唯は隼に「勘違いしないでくれ」とまず、彼女を紹介することにした。



「この子は緑川葵みどりかわあおい。おれの妹だよ」

「初めまして! あーちゃんこと、葵です! 兄がお世話になってます!」



 きらっと擬音がなりそうなウィンクをきめながら葵は挨拶をする。妹と聞いて隼は目を丸くさせていた。じっと葵を見つめながら、なんとも固まっている。



「兄妹ならば何故、あだ名で呼び合っているんだ?」

「え? おれの家ではお兄ちゃんで育てられてないからかな」



 琉唯の家庭では兄と妹といった枠組みで教育がされていない。例えば、「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」だとか、「お兄ちゃんなんだから妹の面倒をみなさい」といったことは一度もされたことがなかった。


 両親が自分がされて嫌なことだったようで、自分たちの子供にはそういったことはしないようにしようとした結果だ。妹も同じで「お兄ちゃんを見習いなさい」だとか、「お兄ちゃんはできたわよ」といったこともされていない。


 両親が二人をあだ名で呼ぶから必然的に琉唯も葵もそうやって呼ぶようになった。外から見れば不思議な光景かもしれないが、自分たちはこうやって育っているので違和感などは無い。



「理解はできたか?」

「あぁ、一応。彼女は琉唯の妹であるのは把握した」

「あたしは妹なのでご心配なく!」



 お兄さんが思っているような関係ではないので大丈夫ですと、それはもう分かっていますよといったふうの笑みを葵は浮かべた。それに隼が琉唯を見遣るのだが、そろりと目を逸らす。



「琉唯」

「るーくんから隼さんの話はよく聞いてるんですよねー」

「ほう」

「あーちゃん、やめて、マジでやめて!」



 葵が話そうとするのを琉唯が止めれば、隼は何故といったふうに首を傾げる。いや、家で話していることを知られたくないと思うのは当然ではと琉唯は思ったのだが、彼は違うようだ。



「琉唯は俺にことについて何か話しているのだろうか?」

「悪いことは話してないですよ? めっちゃ懐かれてるって相談されただけで」

「相談?」

「異性ならまだしも同性から一途に想われたことなかったからって」



 ここまで一途に想われてしまうとちゃんと考えなければいけないのではと琉唯は思っていた。一歩一歩、確実に落とされている自覚があったのもある。とはいえ、こういう時にどうすればいいのかはわからず、妹に相談してみたのだ。


 それを本人に告げ口されては恥ずかしくて相手をまともに見られない。「あーちゃんのばか」と顔を覆って彼女に苦情を言うことしかできなかった。



「えー、だってこの人、話さないとずっと聞いてきそうだったんだもん」

「俺は琉唯の事であれば全て知りたいと思っているのだから当然だ」

「もう、もうマジでやめて……」



 恥ずかしさで死にそうな琉唯だが、ずっと顔を覆っているわけにもいかないので仕方なく手を離せば、それはもうなんとも嬉しそうにしている隼と目が合った。このやろうと文句を言ってやりたいけれど、逆に自分が追撃に合いそうなのでやめる。


 なんとでも思えといったふうにしていれば、隼は機嫌良さげに「兄妹で買い物だろうか?」と質問してきた。あれだけ機嫌が悪かったくせにと琉唯は突っ込んでやりたかったけれど我慢して、「親戚のお姉さんが結婚するんだ」と妹と一緒にいる訳を話す。


 親戚の汐里しおりさんは琉唯たちが幼い頃からよく世話になったお姉さん的存在だ。親戚の集まりなんかで暇を持て余していた時によく遊び相手になってくれたり、困ったことがあれば相談に乗ってくれていた。お姉さんは琉唯たちの事を本当の弟妹のように可愛がってくれていたので、彼女から「夫になる人を紹介したいの」と食事に誘われたのだという。


 待ち合わせがこの駅で二人は汐里を待っているところだった。それを聞いて隼はなんとも悩ましげに眉を下げる。



「買い物ではないのならば、俺が着いていくわけにはいかないな」

「待って、買い物だったら着いていく気だったのかよ」

「あぁ」

「うわーお、るーくんめっちゃ愛されてる~」



 君が心配なのだからと当たり前だと言う隼に、琉唯はこの一途で過保護な猛禽類をどうしたものかと頭を悩ませる。とはいえ、事情は理解しているようなので食事にまで着いていくつもりはないようだ。そこはちゃんとわきまえているようで、「仕方ないので諦めよう」と残念そうにしている。



「琉唯くん、葵ちゃん久しぶりー」

「あ、汐里さん!」



 ほんわりとした落ち着いた声音に呼ばれて視線を向ければ、小綺麗なワンピースに身を包む女性が手を振ってやってきた。艶のある黒髪を高い位置で結っている可愛らしい彼女が汐里だ。その隣には少しばかり厳つい顔立ちのけれど男前な男性がいる。おそらく彼が汐里の婚約者なのだろうなと琉唯は挨拶をした。


 彼は新島高雄にいじまたかおと名乗り、話は聞いているよと爽やかな笑みを見せる。好青年といった印象を琉唯は受けた。



「待たせてしまってごめんなさいね……って、あらその方は?」

「あ、彼は……」

「るーくんの恋人だよー!」

「ちょっ! あーちゃん!」



 葵の言葉に何を言ってるんだと突っ込めば、てへっと舌を出された。てへっではない、なんてことをしてくれたんだと慌てて訂正しようとすれば、汐里はまぁときらきらした瞳を向けてきた。



「そうなのね! とても格好良い方だけれど、同級生?」

「初めまして、鳴神隼といいます。大学二年生で琉唯とは同じ学科です」

「同じ学科なのね。琉唯くんにそんな方がいたなんて!」



 汐里は相手が琉唯と同性であるというのを知りながらも、弟妹のように可愛がっていた琉唯に恋人ができたことを喜んでいた。もうその嬉しそうな表情に訂正したくてもできない。


 隼に至っては営業スマイルを張り付けて汐里と会話をしていた。こいつ、やりやがったなと琉唯は気づいたけれど、時すでに遅く。汐里はすっかり隼を琉唯の恋人だと認識してしまった。



「送迎までしてくれるなんて優しいのね。そうだわ! よかったら一緒にお食事どうかしら? 琉唯くんの恋人さんなんだもの、せっかくだし!」

「邪魔にならないでしょうか?」

「そんなことないわ! 高雄くんも大丈夫よね?」

「オレは大丈夫だよ。今更、一人増えても問題ないさ」

「え、まだ誰かいるの?」



 葵が問えば、汐里が「智子おばさんが……」となんとも申し訳なさげに答える。智子おばさんは琉唯たちの親戚に当たるのが、近しい親族は汐里だ。智子はある意味で親戚内で有名だった。


 お節介もそうだが自分勝手しいで、自分の意見を押し通そうとする。パワースポットやら縁起物やらそういったものを信じていて何かと押し付けてくることもあった。そんな彼女はえらく汐里を可愛がっていたので、この食事会にも引っ付いてきたようだ。


 高雄は何度か会ったことがあったので、彼女の性格は把握している。少しばかり我が強い人という認識で「まぁ、話を合わせていれば大丈夫だから」と。



「あらー。みんな先についていたのね!」

「智子おばさん、こんにちは」



 仕立ての良い着物を着こなす少しばかり年の老けた女性がにこにことしながら話の輪に入ってきた。彼女が智子なのだが、挨拶もそこそこに「何の話をしてたのよ!」とぐいぐい突っ込んでくる。


 汐里が隼の事を琉唯の恋人だと紹介すれば、それはもう驚いたように声を上げた。周囲の注目の的になるからやめてほしいと琉唯は「声が大きいよ」と注意してみるけれど、智子はそんなことはお構いなしと隼にあれこれと聞いている。


 隼は受け答えをしているが琉唯には分かった、物凄く面倒だと思っていることに。これは彼の為にも引き剥がさねばと琉唯が「ほら、食事に行こうよ」と声をかける。



「あぁ、そうだった。ごめんねぇ、おばちゃん喋り出すと止まらんからぁ」

「そうだ。学生さんが多いしフレンチ料理よりは別のほうがいいかしら?」

「なら、今日は魚料理よ! 運勢的に今日は魚介類が良いって出てたのよ!」



 何の占いだろうかと琉唯は疑問を抱いたけれど、智子には信頼している占い師がいると聞いたことがあったのでその人が言っていたのかもしれない。汐里はまたおばさんのと困ったふうだが、彼女は「魚よ、魚!」と言って聞かなかった。


 まぁ、何処でもいいけれどと琉唯が思っていると、高雄のスマートフォンが鳴る。彼は電話の相手を見て慌てて出た、どうやら会社かららしい。何度か話をしてから電話を切った彼は申し訳なさそうに手を合わせる。



「申し訳ない。急な呼び出しで会社に出社しなければいけなくなりました」

「え、大丈夫?」

「あらあら、お仕事が忙しいなんて、大変ねぇ」

「本当に申し訳ない。今日の食事会はオレ無しで……」

「それは駄目よ! 主役が揃ってないなんて縁起でもない!」



 あんたさんがいないなら今日の食事会は中止よと智子は言う。琉唯もその方がいいのではと思ったので頷けば、高雄はなんとも申し訳なさげにしていた。何度も頭を下げる彼に気にしないようにと返事を返す。


 智子は「どうせ、親族の食事会があるんやから大丈夫やろ」と笑っている。そういえば、結婚の挨拶ということで顔合わせの食事会があるんだっけと琉唯は思い出した。それに緑川家も誘われているので参加を予定している。



「高雄くんは親無しだって聞いてご両親が心配なさってたけど、大丈夫よ、気にしなさんな。あぁ、そうだそうだ。琉唯くんの恋人さんもよかったらおいで」

「ちょっと待って、智子おばさん!」

「そうよね! せっかくだし、よかったら来て!」



 智子の提案に汐里がそれは良いわと微笑む。待ってくれと琉唯は言うけれど、二人の耳には入らない。恋人だものねといったふうに話をしているのだが、恋人にはなっていない。


 この食事会に琉唯の両親も参加するのだ。そうなると恋人として隼を紹介することになってしまう。無理があると首を左右に振るものの、二人は隼に「遠慮せずに来てね」と声をかけていた。



「るーくん、あれ無理だよ」

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

「恋のキューピッドあーちゃんのおかげ?」

「怒るぞ」



 このやろうと頭を小突けば、葵は「えへ」と悪びれる様子もない。隼は二人の話に合わせているし、こいつのことだから絶対に参加してくる。両親に挨拶できるチャンスを逃すわけがないのだ。


 外堀が埋められる、琉唯は逃げ場を失った小動物の気持ちをこの時に理解した。



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