第26話 一歩一歩、確実に落としていく



 警察署内で隼は腕を組んで何が悪いのかといったふうに立っていた。そんな彼を琉唯はどうどうと落ち着かせる。目の前では田所刑事が複雑そうな表情を見せているのだが、隼は気に留める素振りすらみせない。


 琉唯たちの後ろにはその様子を窺っている千鶴たちがいるのだが、彼らもなんと声をかければ良いのかと悩ましげだ。いや、どういった言葉が正しいのかなんて誰にも分からないだろう。


 聴取を終えた琉唯たちは田所刑事に呼び止められた。彼はこの前、注意したことを話していたのだが、隼は聞く耳を持っていない。別に悪いことはしていないといったふうに。



「俺はあくまで自分の考えを話しただけだ。それを参考にするかは警察である貴方が判断すればいいと言った。結果、犯人が自白しただけだろう」


「そのね……。はぁ……君は頑固だな。緑川くんが絡むとこうなのかね?」

「まぁ、鳴神くんは緑川くん一筋なんで……」



 千鶴はこれがデフォルトだと言うように答えれば、田所刑事は琉唯へと目を向けて「手綱はちゃんと握っておいてくれよ」と注意した。



「君しか彼を止められないんだからな」

「いや、おれでもきついって。多分、またやるよ、隼は」



 琉唯が不安を恐怖を抱けば、助けてほしいと願えば、被害を受ければ、隼は止められてもそれを解消するべく、また探偵まがいな推理を始めてしまう。止めたところで彼は聞いてはくれない、それほどに一筋なのだ。


 危ないから止めておけと琉唯が注意したところで、隼は行動をやめることはない。だから、「おれが事件に絡まないことを祈るしかないよ」と琉唯は答えるしかなかった。



「だって、事件に巻き込まれたらやっぱり怖いとか不安は感じるし」

「それはそうだけどね……」

「事件が解決したのだから別に構わないと俺は思うが?」

「一般人に解決されて警察の面目がつぶれているんだがなぁ」



 こうも事件を一般人、それも大学生にさらっと解決されてしまうと、警察としては複雑なのだという。確かに事件が早期解決することは良いことではあるけれど、面目というのはあるわけで。とは言ってもそれは隼には関係ないことだ。


 そんな面目など知らないと隼は「琉唯を安心させる方が優先度は高い」と当然のように返す。面子など、威厳など知ったことではないというふうに。



「でも、ほら、鳴神くんの推理って良くなかったですか! ちゃんと、事件解決に貢献してますし!」

「鈴木、落ち着け。刑事さんの心境も察しろ」

「だって、田中くん。別に悪いことはしてないじゃないですかー」



 里奈が「事件解決はしているし」と不服そうに言えば、「危ないことでもあるだろ」と聡が諭す。素人が探偵まがいなことをして何かあったらどうするのだと。これは現実であって漫画や小説の世界じゃないんだからと。


 それを言われてしまうと言い返せず、里奈はむぅと頬を膨らませた。そんな二人をまぁまぁと千鶴が間に入って落ち着かせる。



「隼、おれのためなのは分かるけどさ……」

「これでも自重したつもりだが?」



 犯人が分かっても警察が来るまで待機していたし、すぐに語らずに刑事に事情は話した。犯人を煽ることはしていないし、現場は荒らしてはいない。隼は「約束は守っているはずだ」と話す。


 犯人を煽るようなことはしていないけれど、探偵まがいなことをするなというのは守れていないよなと琉唯は思ったけれど突っ込まなかった。それは田所刑事も同じようで痛む頭を押さえている。



「俺は琉唯の為だけにしかこんなことはしない。いちいち事件に首を突っ込むことはしないと約束はしよう」


「それは緑川くんが絡むと推理するということになるね……。はぁ……」



 前回の会話で匙を投げていた田所刑事は隼の考えを嫌でも理解したようで、「せめて危険な行為はしないでくれ」と諦めた。刑事が大学生に負けないでくれと琉唯は思ったけれど、隼はどんなに叱られようとも、怒鳴られようともこの考えは曲げないだろう。


 嫌というほど気持ちが伝わってくるので、下手に何かいうよりもせめて、これだけや止めてくれよというのを伝えるだけに止めておいたほうがいいと判断したようだ。その判断は正しいと琉唯でも思った、隼の性格を鑑みれば。



「ここの管轄ならおじさんがどうにか融通を利かせられるけれど、そうじゃないところでは大人しくしていてくれよ」


「気にかけてはおく」

「君のそれは信用できないなぁ……緑川くん、彼にさっさと首輪してやってくれ」



 田所刑事は本日、何度目かの溜息を吐いた。その疲れた表情に琉唯は申し訳なりつつ、隼に首輪をつけられるのは自分だけなのだろうなと自覚する。彼の行動原は自分のためなのだから。


 田所刑事は「無茶だけはしないように」と再度、念を押してから琉唯たちを解放した。やっと話が終わったかといったふうの隼に「お前のせいだよ」と琉唯は彼を小突きながら警察署を出ていく。


 千鶴たちも隼の態度にこれは治らないだろうなと察したように苦く笑っている。里奈と聡は隼が事件を解決するのを見たのは二度目だが、驚きよりも琉唯への愛情の重さに引いているようだった。


 ただ、里奈の場合は「ミステリー漫画や小説で見たことある!」と興奮していたので、少し違うかもしれない。大学生などの一般人が事件を解決するというのは漫画や小説では見かけるので、ミステリー好きからすれば興奮するポイントなのだろうと琉唯は思った。



「おれのことは別に気にしなくていいんだよ。隼に何かあったほうが嫌なんだけど」


「それと同じで俺も琉唯に何かあったら嫌なんだ」



 琉唯に何かあったなど考えたくもないし、不安や恐怖を抱いている姿など見たくもない。自分がそれをどうにかできるのであれば、全力を尽くす、ただそれだけなのだと隼は話す。俺は君を愛しているのだからと。


 なんと、なんと愛が重いのか。さらりとまた告白をされて琉唯は言葉を詰まらせる。重いよとか、その愛はしんどいとか、言葉はいくつもあるのだが、琉唯はそれでもやっぱり隼の事が嫌いにはなれなかった。


 自分のためにこんなにも愛してくれて、行動してくれる人などいるだろうか。気持ちを曲げる訳でも、裏切るわけでもなく、一途に想ってくれているのだ。その愛情は温かくて、心地良くて、手放し難い。


 一歩一歩、確実に落とされているような気がすると琉唯は気づいて、なんとも渋い表情をしてしまう。このままだと隼無しでは生きられなくなりそうだなと、そんな考えが過って。



「俺無しで生きられなくなればいいと思っているし、そう行動している」

「おれの考えを察したように言うのやめてくれ」

「緑川くん、もう駄目だって、諦めよう」



 琉唯の考えを察したように現実を突きつける隼に千鶴が言う、諦めた方が楽だと。里奈も聡もうんうんと頷いているの見て、琉唯はうぐぅと呻ることしかできなかった。


 夏の香りがする風が吹き抜けて、隼との関係がまた一歩、進んだような気がした。



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