第24話 獲物は捕らえられる



「また、君たちか」



 屋敷に到着した警察が現場へやってきて捜査されている中、琉唯は目の前でなんとも言えない表情をしている田所刑事に苦く笑い返す。部屋にやってきた彼は琉唯たちを見て渋面をさらに渋くしていた。


 隼は特に顔色を変えるわけでもなく、ただ捜査している警察官たちを眺めていた。彼が大人しくしているのを見てか田所刑事は「何もしていないだろうね」と琉唯に聞いてくる。隼に聞かないのは彼の言動が言動だからだろう。とはえい、やってないかと問われると微妙だった。何せ、周囲の状況を確認し、質問などをしていたのだから。それが何かしたに当たるかは微妙だったので、琉唯は「……多分」と答える。


 もうそれだけで何かしらの事をしているのだなと田所刑事は察した。「探偵ごっこはやめなさいとあれほど言っただろう」と呆れている。



「探偵ごっこなどしてはいない。琉唯を安心させたいだけだ」

「だからね、君……」

「この中に犯人がいるとなって暫く拘束されるのは目に見えている」



 これが毒殺と決まれば犯人はこの中にいる可能性は高く、拘束されてしまうのは誰でも想像できることだ。犯人だと決めつけられている、そうでなくともこの中に殺人犯がいるという不安で精神的な疲労は免れない。琉唯はすでに感じているようなので、それを取り除いてやりたいと思うのは当然だと、さらりと隼は答えて田所刑事は溜息を零した。


 それは君がもうすでに探偵まがいなことをやったという言質になるのだがと、田所刑事は突っ込みたかったようだが、それは息と共に零れいてしまう。琉唯は「その、すみません」と謝るしかなかった。



「緑川くんが謝ることではない。これは彼の重すぎる感情のせいだろう……。はぁ……それで、君は何か分かったというのかね」



 田所刑事は隼が勝手に行動する前に話を聞こうと問う。また犯人を刺激するようなことをされないためだ。その判断は正しいと琉唯でも思う、隼は愛した人の為ならば思ったままを口にしてしまうから。


 隼は組んでいた腕を下して田所刑事に「いくつか確かめなければいけないことがあるが」と前置きをして答えた。



「犯人は分かってる」

「……は?」



 田所刑事は隼の返答に呆けた声を上げた。それはそうなってしまうよなと、琉唯はその反応も無理はないと頷く。自分も「なんで分かるんだよ」と突っ込みたいのだから。


 隼は「琉唯の気づきで犯人は割り出せた」と犯人に関して自信はあるようだが、自分の推理が正しいのかは警察の捜査で分かったこととすり合わせなければならないと説明する。



「けれど、一般人が警察の捜査情報を聞くことは難しいだろう。だから、俺は此処で自分の考えを発表するしかない」


「ちょっと待ちなさい。また推理を披露するとでもいうのかね?」

「俺は披露するわけではない。自分の考えを伝えることで警察の捜査に協力するだけだ」



 俺はただ、ここで一人、自分の考えを語るだけだ。それを参考にするかは警察に任せるとなんでもないように隼は言う。別に一人で語るだけならば邪魔にはならないだろうといったふうに。


 なんでそんなに平然としていられるのだろうか、琉唯は不思議に思うけれど、それが自分のためであるのは理解しているので文句をいうこともできない。彼は安心させたいだけなのだから。



「まず、前提条件として今川小百合と親しい人間であり、彼女の好みを理解している存在が二人以上は必要な事だ」


「待ちなさい。おじさんはまだ聞くとは……」


「この条件に今回は当てはまっている。小林も渡辺も真理恵も今川小百合と親しく、彼女の好みを理解していた。そうだろう?」



 田所刑事の制止など無視して隼は真理恵たちに問う。えっと三人は声をかけられて顔を見合わせながらも頷いた。さっきも言ったけれど、彼女は自分のことも他人の事もべらべらと喋るタイプで、何でもやってもらうスタイルだったからと。


 この三人は前提条件に合う人物であり、今川小百合が警戒もせずに関われる人間に当てはまる。その証拠に彼女は特に気にするでもなく、三人と接していた。全く警戒されないという状況を作らねば殺害はできない。



「おそらくだが、紅茶に毒が混入していたはずだ。ティーカップなどに痕跡が出ているのではないだろうか?」


「……確かに、そうだな」



 田所刑事は隣にやってきた若い刑事から捜査情報を聞いたようで、隼の推理を認める。ティーカップや零れた紅茶から毒物反応が見られたのだという。隼は「ならば、毒を仕込める人物は限られるはずだ」と真理恵と輝幸へと目を向けた。



「渡辺と真理恵は彼女のティーカップに触れている。小林は彼女に触れてすらいないので仕込むのは難しいだろう」


「それは僕たち二人のどちらかが犯人だって言いたいのかい!」


「端的に言えば、そうだ」



 隼はオブラートに包むことなく、はっきりと言った。少しは包んでほしいものだったけれど、彼は他人に使うほどのそんな優しさはないのだろう。犯人扱いされた二人は露骨に表情を変える。これには田所刑事も痛む頭を押さえてしまう。



「紅茶に仕込むなんて、無理よ。みんなも飲んでいるじゃない」

「紅茶に仕込む必要はない。別のモノに仕込めばいいし、隙を見て混入させることもできる」



 例えば砂糖やミルクを入れる時などにそっと入れることができればいい。誰にも怪しまれず、見てもいない状況ならば気づかずに行えるかもしれない。そう隼が言えば、真理恵は「砂糖は入れた人がいるじゃない」と反論した。


 砂糖は小百合だけではなく、真理恵や千鶴たちも使っている。千鶴と里奈も自分で選んでいるのだからと言われて隼はすっと目を細めた。



「あ、じゃあミルクを入れる時は? あの時、誰も見てなかったし」



 千鶴の言葉に里奈と聡は確かに見てなかったなと気付く。伊奈帆も真理恵もそういえばと思い出したように輝幸を見た。その視線に輝幸は「僕じゃない!」と声を上げる。なんで、殺さなければいけないんだと言うように。



「殺す理由なら三人にあるだろう」

「え?」

「三人に共通しているのは、自殺した西田紗江と友人または姉妹であることだ」



 西田紗江と聞いて三人は黙った。その反応に隼は「仮説だが、今川小百合が関係しているのだろう?」と話しを続ける。例えば、西田紗江は自殺の原因は今川小百合にあるのではないかと。


 もしそうならば、西田紗江に片想いをしていたと言われている輝幸や、彼女の姉である真理恵には殺す動機というのが存在する。仮にそうだったとしても、今川小百合を殺していい理由にはならないと隼は「復讐する人間の動機など知らないが」と興味なさげに付け足した。



「俺たちサークルのメンバー以外の三人は今川小百合に何かしら思うことがあった、あるいは殺意、または不満を抱いていたのではないだろうか?」



 今川小百合の態度というのは自己中心的であったのだから、親しくしていた三人には思うところもあったはずだ。隼の指摘に三人は顔を見合わせるけれど、返事を返さなかった。それが答えであるというのは誰が見ても分かることだというのに。


 隼は「それが今回の事件を起こすための鍵でもある」と、彼等に目を向けた。伊奈帆はおどおどと落ち着きなく、輝幸は怯えて、真理恵は不安げに隼の事を見つめる。



「じゃあ、犯人は渡辺さんか?」

「ち、違う! 僕じゃない!」

「でも、入れるタイミングはあったし……」



 聡と里奈は輝幸に疑いの目を向ける。一人、また一人と彼を見ていく。輝幸は「僕じゃない!」と声を上げた。琉唯はみんなの視線に疑問を抱く、本当にそうなのだろうかと。


 隼は言った、「琉唯の気づきで犯人は割り出せた」と。自分が指摘したのは二つあるミルクピッチャーと、ハートの形をした砂糖のことだけだ。うんっと首を傾げて琉唯は「本当に渡辺が犯人か?」と口に出した。


 それに聡や里奈が「え?」と不思議そうに目を瞬かせる。違うのかと言ったふうの周囲に隼は「何か勘違いしているようだが」と口を開く。



「俺は一言も渡辺、君が犯人だとは言っていないが?」

「え?」

「いや、犯人は紅茶に毒を入れるタイミングがある人って……」

「確かに渡辺もその中に含まれているが、もう一人、いるだろう」



 聡の疑問に隼は答えながら一人に視線を向ける――獲物を捕らえたように。


 琉唯はその視線の先にいる人物を見て、あっと気付いた。そうだ、彼女なら可能なのかと。



「私だって言いたいの……?」



 真理恵は震える声で問い返せば、隼は「君以外に考えられないが」と答えた。



「君以外に今川小百合を殺害することはできない。西田紗江の姉である君だけだ」



 皆が皆、真理恵を注視する。それは驚きと疑問、不安の色を見せながら。

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