第23話 状況が全てを物語る
「い、今川さんっ!」
「小百合さん!」
「触れるな!」
倒れる小百合に駆け寄ろうとした伊奈帆と真理恵を隼が制する。彼の声の圧に驚いて、二人が固まれば、「迂闊に動かすな」と冷静に指摘された。隼は倒れる小百合をなるべく動かさないように生死を確認する。
見開かれた眼に精気は無く、口から垂れる血が床を汚す。死亡していることは誰の目から見ても分かることだった。
「警察に連絡を、急いで」
「あ、わ、わかった」
「私は館長に伝えに行くわ」
隼の指示に伊奈帆がスマートフォンを取り出し、真理恵はこの占いの館の管理人である館長へと伝えにいくべく部屋を出て行った。残された人たちはただ、小百合を眺める、死んだということが信じられないように。
里奈と千鶴は声がないようで小百合から目が離せていない。聡は目を逸らし、輝幸は呆然としていた。隼は小百合の傍から離れて周囲を見渡している。それに習うように琉唯も周りに目を向けてみた。
テーブルには三つのティーカップとクッキーの乗せられた皿に、様々な形の砂糖が入った瓶、ミルクピッチャーが置かれている。小百合が口をつけたティーカップは彼女がもがき崩れた時に床に転がり、紅茶は零れて絨毯に染みをつくっていた。
傍にある台には真理恵が飲むはずだった紅茶の入ったティーカップと、ティーポット、二つめのミルクピッチャーがある。クッキーの包装は綺麗に畳まれてあった。
(なんで、ミルクピッチャーが二つあるんだろ)
人数が多いと聞いて二つ用意したのだろうか。琉唯は疑問に思いつつ、小百合へと視線を移す。小百合は恐らく毒殺されたのではないだろうか、吐き出された血が生々しく映る。
小百合の周辺には彼女が落としたティーカップが落ちているぐらいで特におかしなものはない。
「今川小百合に持病はあっただろうか?」
静まる空気を裂くように隼が輝幸に問う。彼はえっと顔を上げて目を瞬かせてから、「いや、聞いたことない」と答えた。
「今川は自分で健康には自信があるって笑ってたし……発作とか持病を持ってるなんて聞いたことない」
彼女の性格ならば隠さずに話してくれると思うと言う輝幸に、それはそうかもしれないと琉唯は思った。自分のことをだけでなく他人の事もべらべらと喋っていた彼女なら言いかねないなと。
「警察、すぐに来るって」
電話を終えた伊奈帆の手は震えている。彼女がスマートフォンを仕舞うのと同じく、館長を連れて真理恵がやってきた。少しばかり白髪の混じった老けた男性は倒れる小百合を見て声を詰まらせる。
隼が警察がもうすぐ来ることを伝えれば、館長は「すぐに他の方にも伝えよう」と部屋を出て行った。真理恵はその背を見送ってから小百合に近づいて「小百合さん」と囁いた、それは冷たくて。
目を伏せる真理恵に隼は輝幸に聞いた時と同じ質問をした。それに彼女は「聞いたことないわ」と返す。
「ならば、病気の可能性は低い」
「それって、殺されたってこと?」
「毒を盛られていたのならば、そうなる」
毒物による殺害ならば、本人が自ら飲んでいない場合は誰かに盛られたことになり、殺人ということになる。隼は「今川小百合はおかしな行動をとっていたか」と千鶴に問う、君は目の前に座っていただろうと。
千鶴はえっとと思い出すように間を置いてから「私が見てたかぎりではなかったと思う」と答えた。里奈と砂糖を選んでいる時に目を離してしまっているけれど、小百合がおかしな行動はとっていなかったと証言する。
それに伊奈帆が「私も見てたけど普通だった」と同意するように頷く。二人の証言が正しいのであれば、小百合が自ら毒を服用した形跡はない。そもそも、彼女は自殺をする様子など微塵も感じられなかったというのが全員の印象ではないだろうかと、隼に指摘されて皆が頷いた。
ならば、これは殺人なのか。琉唯はこの中に犯人がいるかもしれないと考えて背筋を冷やす。殺害された遺体を見るのは初めてではないけれど、慣れないし、慣れたくもない。
「琉唯、大丈夫か?」
「……大丈夫、ではあるけど……」
表情に出ていたようで隼が心配げに声をかけてきた。大丈夫か、そうでないかならば、大丈夫ではあるけれど、少し怖いといったところだろうか。不安に思っているのは他の人も同じだろう。だから、琉唯は大丈夫ではあると返した。
すっと隼の目が細まってまた周囲を見渡す。彼は何か探しているような目つきだったので、琉唯が「どうした?」と聞いてみると、「気になる箇所はあるか」と問い返された。
気になる箇所とはと首を傾げつつも、強いて言うならばと二つあるミルクピッチャーのことを伝える。彼はふむと顎に手をやってから台に置かれたピッチャーを指さした。
「そこに置かれたミルクピッチャーを使った人はいるだろうか?」
「え? 僕が使ったけど……」
輝幸は「今川の紅茶を渡す前に使った」と話す。彼女は紅茶には砂糖とミルクを入れるので、自分が渡すついでに入れてあげたのだという。さらにテーブルに置かれたミルクピッチャーを使った人を確認したが、誰も触っていなかった。
「今日は人数が多いからミルクピッチャーを二つ用意したのだけれど……」
「そうだよなぁ。人数が多いなら二つあってもおかしくないよな」
ミルクピッチャーはそれほど大きくはないので使う人が多くいれば、一つでは足りないだろう。真理恵は市販のミルクポーションを用意しようかとも考えたけれど、二つ用意することにしたのだと教えてくれた。
それはそうかと納得した琉唯だったが、隼は何か考えている様子だった。引っかかる点があったのかもしれない。なんだろうと琉唯も考えてみるけれど、他におかしいところなんてあったか。
「一つ聞くが、この手作りが売りの人気店で売っているクッキーを今川小百合が好きだったのは、三人とも知っていただろうか?」
「え? はい、好きだって。その、これを持っていくと機嫌よくしてくれるので、私がよく買ってきてます」
「そうだね。僕も知ってるし、小林が持ってくるのは定番になってたかな」
「私もそうね。伊奈帆さんが持ってくるからいつもお皿は用意しているの」
このクッキーを買ってくるのは伊奈帆でそれを皆で食べるのが定番の流れらしい。殆どは小百合が食べてしまうのだが、彼女の機嫌が良くなるのでそうしていたと。それを聞いてから隼は「彼女の好みを皆、知っていたということだろうか」とさらに問う。
「砂糖を二個とミルクを入れることも」
「えぇ。彼女、なんでも人にやってもらってたから……」
何度もやれば覚えるわと真理恵が答えれば、伊奈帆と輝幸も「見てたから」と頷く。三人とも小百合の好みを分かっているようだ。なるほどと隼は呟いてゆっくりと台とテーブルに置かれた物たちを見遣る。
「ハートや星型などの砂糖を入れたのは時宮と鈴木、小林、今川と占い師の彼女か」
「瓶から出したのは真理恵さんと時宮ちゃんと鈴木ちゃんだね」
「三人が同じ瓶から出しているのか」
「うん。でも、砂糖の形は違ってたよ」
小百合はハート型で、千鶴と里奈は兎の形を選んでいたのを琉唯は覚えていた。様々な形の砂糖が瓶には入っていたので、二人がどれにしようか悩んでいたのを見ていたのだから。
「おれも中身を見たけど……あれ?」
「どうした」
「ハートって無かったような……」
瓶の中にハート形をした砂糖はなかった気がする。琉唯はいろんな形のが入っていたので、入ってる個数が少なかったのかなと首を傾げた。
「あぁ、そういうことか」
「え?」
「琉唯、君はやはりよく見ている」
あとは警察の捜査次第だと言う隼の眼は獲物を捕らえたかのように鋭かった。
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