第22話 占われることなく、眠りにつく


 占いの館『グリムファンタジア』は都心部の街中にあった。駅から徒歩十分と近く、裏側に位置するのだが洋館風にアレンジされたレンガ調の屋敷は目立っている。専属の占い師は個別の部屋をあてがわれており、そこで占いを行うようになっていた。


 占い師によっては予約制だったりするのだが、そうではない場合もあるようで順番を待っている客がちらほらといる。そんな屋敷のエントランスホールに琉唯はいた。ミステリー研究会のメンバーと里奈の先輩がいるのだが、彼女の態度に琉唯は戸惑う。


 今川小百合いまがわさゆりという三年生の女子なのだが、まぁなんとも馴れ馴れしい。初対面だというのに態度はでかく、砕けた口調で話しかけてくる。別に口調は気にしないのだが、自分ばかり喋るのだ。


 琉唯と隼を見るや否や、「噂は聞いてる」とやれ、付き合ってるのか、どうして恋人じゃないのだとあれこれと聞いてきて、その勢いに若干だが気圧された。隼に至っては露骨に不機嫌そうにしているので、彼の苦手な人種だったようだ。里奈が「すみません」と小声で謝っているが、彼女は悪くない。


 明るく染めた茶髪をカールさせて、少しばかり派手な化粧をしている小百合は自分に自信があるようで、「私に恋人ができないのは運気が悪いせいだ!」と言っていた。多分、他の要因もあると思うと琉唯は思ったけれど、機嫌を損ねて何を言われるか分からないので口には出さない。


 小百合は琉唯に「確かに可愛い顔してるよねぇ」と食いついている。それがまた隼の気に入らないところなのか、ずっと琉唯の腰に手を回している。落ち着けと言うように彼の手をぽんぽんと叩くが、不機嫌なオーラは消えない。



「てか、あいつらおっそいわねぇ」

「えっと、占ってもらうほかの人ですよね?」

「そうそう。里奈は知らないかも、私と同じ三年だし」



 小百合はなんとも不満げに言う、遅いと。約束の時間を過ぎるとか、どういった神経をしているのだというように。といっても、まだ五分ぐらいしか過ぎていないのだが、彼女は待つというのが苦手なようだ。



「ごめんなさい、今川さん。遅れました」

「遅いわよ、二人とも!」



 入口からエントランスホールへ慌てて駆けてきたのは二人の男女だった。黒髪を長く伸ばした大人しげな女子と、短い栗毛が柔らかそうな幸薄げな男子は小百合に謝る。


 彼らは小百合の同級生で、小林伊奈帆こばやしいなほ渡辺輝幸わたなべてるゆきと名乗ると「待たせてしまってごめんなさい」と頭を下げる。そこまで待ってはいなかったので、琉唯たちは「気にせず」と言葉を返すのだが、二人は気にしている様子だ。



「五分前行動ぐらいしなさいよ、まったく。そんなんだから恋人に振られるのよ、伊奈帆は」

「それは……その……」

「それは関係ないだろ、今川」

「何、伊奈帆を庇うの? あんた、この前、好きだった奴が死んだばかりじゃん」



 もう心変わりしてんのと小百合がじろりと見つめれば、「関係ないだろ」と輝幸に言い返される。それがまた彼女の癇に障ったのか、「これだから男は嫌ね」と喋り始めた。


 どうやら、彼等には共通の友人である西田紗江にしださえという女子大生がいたのだが、彼女はこの前、自殺して亡くなってしまったらしい。その西田紗江に輝幸は片想いをしていたのだと、小百合が「こうもすぐに心変わりするなんてね」と鼻で笑う。



「伊奈帆も伊奈帆よ。すぐに心変わりするような男を相手にしたら駄目よ」

「いや、その……私は別にそういった感情は、抱いてないし……」

「なら、気を付けなさい。ほんっと、鈍いんだから」



 鈍いと周囲が見えなくなるわよと小百合に注意されて、伊奈帆はそうだねと苦く笑いながら頷く。酷い言われようの輝幸は少しばかり眉を寄せていたが、反論することはなかった。


 三人の関係は傍から見ていると仲が良いふうには感じられない。伊奈帆は諦めたように彼女の言葉に頷いているだけだし、輝幸は何も言わないけれど一歩引いている。歪に見えるその関係性に琉唯は大丈夫なのだろうかと少しばかり不安になった。



「まぁ、いいわ。真理恵も待ってるし、早く行きましょ」



 喋り倒した小百合は「ほら、あんたらも行くわよ」と里奈に声をかけるとすたすたと歩いていってしまう。なんと、自由な人だろうかと琉唯は思いつつも、彼女を追いかける里奈に着いていった。


 二階の南角の部屋に小百合はノックもせずに入っていく。「真理恵ー」なんて親しげに声をかけながら。


 室内はレトロ調の少し古めかしい書物机と丸いテーブルに椅子が四つというシンプルな室内はあまり飾りっ毛がない。そんな部屋の丸いテーブルの前に女性が一人、立っていた。



「あぁ、来てくれたのね」



 にこりと微笑んだ彼女が占い師である真理恵のようだ。ゆるゆるとウエーブかかった黒髪に赤のメッシュが散りばめられている。ゴシックテイストな黒のワンピースドレスに身を包む彼女は「こんにちは」と琉唯たちに挨拶をした。



「小百合さんが言っていた後輩の子たちね」

「そうそう、里奈とこの子が入ってるサークルのメンバー。占いに興味があるらしいのよ」

「占いに興味を持ってくれるのは嬉しいわね」



 朗らかな印象の真理恵は「占いって小難しく考えなくていいからね」と話す。占いは選択肢を与えてくれるだけで、どの道を選ぶかは本人次第なのだと。出た運勢の全てを信じてしまうのもいいし、良し悪しを見て気になった箇所だけ取り入れるでもいい。ただの気休めだと一蹴するでもいいのだから。


 これが絶対ということはないと真理恵は言って丸いテーブルの隣に置かれた台の上からティーカップを手に取った。



「まずはお茶を飲んでリラックスしましょう。占いを希望する人は椅子に座って」



 真理恵に促されるように小百合と伊奈帆、輝幸が椅子に座る。あと一席、空いているがと琉唯が里奈を見遣れば、「千鶴さん、どうぞ」と千鶴に席を譲っていた。遠慮していた千鶴だったけれど、里奈の「わたしはミステリーの参考にできればいいんで!」という押しに負けて椅子に腰を掛けた。


 台にティーカップを並べながら「紅茶は大丈夫かしら?」と真理恵は聞く。参加しているメンバーに苦手な人はいなかったようだ。「この茶葉はお気に入りなの」と口に合えば嬉しいわとティーポットを手に笑む。


 ティーカップに紅茶を注いでから真理恵は少し大きめの瓶を手にした。透明な瓶の中は色鮮やかで、なんだろうかと琉唯が見遣れば、「これ、砂糖なの」と教えてくれた。


 星やひし形、兎や猫の形をした色のついた砂糖が瓶一杯に入っていた。その可愛らしさに千鶴が「かわいいですね!」と少しテンションを上げる。



「そうでしょう。妹も好きだったの、可愛いって」

「まだ、紗江のこと気にしてるの? いい加減に気持ちの整理つけなさいよ」

「そうだけれど……。思い出に浸るぐらいはいいでしょう?」



 小百合にそう返して真理恵は「小百合さんは砂糖二個だったわね」とハートの形をした砂糖をティーカップに入れた。それから自分が飲むだろうティーカップにひし形などの砂糖を入れてから、他に砂糖が必要な人はいるかと真理奈が聞けば、千鶴と伊奈帆、里奈が手を上げた。



「伊奈帆ちゃんは一つだったからしら。二人は……そうだわ。砂糖、好きな形の選んでいいわよ」

「え、いいんですか!」



 はいどうぞと真理恵が瓶を渡すと千鶴と里奈はどれにしようと目をキラキラさせている。こういう可愛いの女子って好きだよなと思いながら、琉唯は真理奈からティーカップを受け取った。



「琉唯は砂糖を入れないのか」

「紅茶はストレート派なんだよ、おれ」



 だから、砂糖もミルクもいらないと琉唯はティーカップに口をつける。鼻を抜ける紅茶の香りとフルーティーな味が口の中に広がった。これは美味しいと琉唯は頷く。



「あ、そうだ。お茶菓子を私、もってきたの」

「それ早く言いなさいよ、ほんっと動きが鈍いわね」

「ごめんなさい……。えっと、今川さんが好きなクッキーを持ってきたの」



 ほらと包装されたクッキーを見せる。それは最近、人気のあるショップのチョコチップクッキーだった。手作りが売りの店なので包装も手製のように見える。「じゃあ、お皿に出しましょう」と真理恵がそれを受け取って台の引き出しから皿を取り出した。



「僕も手伝うよ」

「あら、渡辺くん。ありがとう、このティーカップは小百合さんに」



 私はクッキーをと話す二人から砂糖を選んでいた千鶴たちに目を向ける。彼女たちは可愛いよね、これと話している。琉唯も少し気になったので「どんなのがあるの」と二人に声をかける。



「うさぎとか星とか、猫、ひし形とかの図形もあるよ」

「あ、うさぎ可愛い」

「可愛いよね!」



 少し大きめではあるけれどうさぎの砂糖は可愛らしかった。これは女子受けしそうだなと琉唯でも思うほどに。



「女子って好きだよな、そういうの」

「田中くん、こういうのに理解無いと恋人できないよ」

「鈴木、それ恋人ができたことない僕への当てつけか」



 悪かったな、こういうのに理解がなくてと聡はむっとする。恋人ができないという痛いところを突かれたからだろう。隼は興味なさげにその様子を眺めている。


 そうやって話していると、テーブルにクッキーの乗った皿が乗せられた。それに待ってましたといったふうに小百合が我先にと手に取って食べ始める。「これ、美味しいのよね」とにこにこしながら紅茶を飲む。その様子に遠慮はないのかと琉唯が少し呆れた時だった。



「うっ」



 小百合が口を押えたかとおもうと、げぽっと吹き出す。口元から血が零れ、目を見開きながらもがき崩れて――床に転がった。




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