第20話 サークル勧誘を断るにはサークルに入るしかない
「今、なんと言った」
「サークル入ろうかなって」
大学のカフェスペースでジュースを飲みながら琉唯がそう言えば、隼がなんとも呆れたように溜息を零した。
琉唯は里奈たちの推理ゲームをしてから暫くサークルに入るかどうか考えていた。興味が無いのに入るのはどうだろうかと悩みもしたのだが、結果、サークルに入部を決めた。
その決定的な原因は隼にある。
「だって、おれにサークル勧誘がめっちゃ増えたんだもん」
ミステリー研究会がサークル勧誘をしているの見かけた隼を狙う女子たちが我先にとやってくるようになったのだ。うちのサークルはノルマが無いからだとか、初心者でも楽しめるからだとか、とにかく増えた。
もう隼を狙っているのはその発言と態度で分かるので琉唯は毎度毎度、断るのがしんどくなっている。何度、言っても彼女たちは隙を見てチャレンジしてくるものだから諦めてくれないのだ。
なら、もうサークル勧誘を受けないように何処かに所属するほうがいい。そうなると琉唯を狙うでも利用するでもなくて、隼をそういった目で見ていないミステリー研究会が無難と結論が出た。
「ミステリー研究会はおれを狙うでも利用するでもないし、隼にそういった感情を向けてないからね。ただ、廃部を阻止したいってだけだし」
「琉唯の主張は理解したが、放っておくこともできたのではないのか?」
「おれはそこまで精神が太くないんだよ、隼」
毎回、相手にするのにも疲れるし、文句を言われて良い気はしない。面倒で疲れるだけなのをずっと無視していられるほどの精神を持ってはいないのだと、琉唯はそれはもう露骨に疲労を見せながらジュースを飲む。
琉唯への負担について隼も理解はしているようで眉を下げていた。それでも一緒にいたいという気持ちは変わらないようで、仕方ないと隼も「琉唯に着いていこう」とサークルに入ることを決める。
「別に隼は入らなくてもいいとおれは思うけど」
「琉唯一人にはしない。と、いうか放っておけるわけがないだろう」
君は優しすぎるから一人で抱え込んでしまわないか不安だと隼に指摘されて、琉唯は大半はお前のせいだよと口を尖らせた。それは彼も分かっているので、否定はしない。
「ここで鈴木ちゃんと田中を待ってる」
「時宮は来るのか」
「時宮ちゃんも来るんじゃない?」
千鶴はよくカフェスペースに来るのでそろそろ来る頃じゃないだろうかと琉唯は返す。彼女は琉唯たちと唯一、まともに話せる人種なので貴重な存在だった。それは千鶴が琉唯を友人以上に思っておらず、それ以外に興味を持っていないのを隼が見極めているからなのだが。
琉唯は隼に好かれてから随分と交友関係が変わったなと一年の頃からの付き合いだった友人たちと最近、連絡をとっていないことに気づく。声をかけてくる女子たちの殆どは隼目当てだったので、千鶴や里奈のような存在は珍しい。
「どうした、琉唯」
「お前に好かれてから友達減ったなと」
「それの何処が悪い」
「お前は悪くないだろうけどね」
数少なかった女子友達も千鶴しかいなくなったし、同性の友達も「鳴神が怖い」と言って避けられている。先輩である浩也は千鶴の恋人なのもあってか、隼に威嚇されずに済んでいるので交流はできていた。
困っていることがないかと問われると、小さいことはあるのだが同学科である千鶴と隼のおかげで授業関係に関することで問題はない。ないけれど、と思うことはあるのだ。
「お前の一目惚れには困ったものだよ」
「確かに一目惚れもあるが、あの時の琉唯の言葉に俺は惹かれたんだ」
俺にも悪い所があると返した時に琉唯はこう言ってくれた。
『時と場合にもよるけど、はっきりと言うのは悪くないとおれは思うよ』
それで離れていくならそれまでの関係だったってことなわけで。本当に好きなら相手のことも、周囲の事もちゃんと考えられる人のほうがいい。琉唯は「それが判断できるのだからはっきり言っていい」と。
そうやって自分を認めてくれた人に出逢ったのはいつぶりだろうか。少なくとも親族以外では会ったことすらない。皆、「もう少し言葉に気を付けよう」と注意してきていた。彼ならば俺を受けれてくれるかもしれないと、そう感じて。
「琉唯は俺を受け止めてくれているだろう」
「うーん、なんていうか、放っておけないんだよなぁ」
こいつ、おれがいなくなったらどうするんだろうと隼を見るたびに思ってしまう。それほどに依存しているように見えるのだ、彼は。だから、心配になるし放っておけなくなる。琉唯の返しに隼は「それも君の優しさだ」と言われた。優しく広い器で受け止めているからこその悩みでもあると。
その優しさに惹かれて依存している自覚が隼にはあるようだ。「とても離れがたく感じてしまう」となんとも悩ましげに言われてしまう。
「琉唯に迷惑はかけたくはないが、君からは離れがたい。自重はしているんだが……」
「あれで自重していると?」
「俺は常に君を抱きしめていたいが?」
常に傍に居て抱きしめていたし、独占していたいと思っていると隼はさらりと言ってのける。それを聞くと多少は自重しているのだろうなと琉唯でも納得はできた。
「おれ、返事を返せてないけど」
「俺は諦めないからゆっくり考えほしい」
諦める選択はないので琉唯の気持ちに整理がついてからでいいと隼は笑む。なんと、こいつは綺麗に笑うんだと琉唯は少しばかりぐらついた。絶対に諦めないと宣言するほどに好きだという気持ちをぶつけられて。
隼から貰う愛情というのは心地が良い。不愉快にも感じない温かさがあって琉唯は好きだった。それが揺るがないと分かってしまっては、心がふわふわとするわけで。
「確実に落としにきている……」
「当然だろう、好きなのだから」
「うぅ……」
「今日も告白されてるね、緑川くん」
うぐぅと言葉を詰まらせている琉唯に千鶴が声をかけた。隼が好きだと発言したところで来たからなのか、彼女は「毎日、よく言うよね」と笑っている。その後ろに里奈と聡がいるのだが、彼らも聞いていたようで「これが噂の」と興味津々といったふうに目を向けていた。
どんな噂だよと琉唯は突っ込みたかったけれど、あることないこと広まっているには知っているので聞くのを止める。変なものだったらそれはそれで嫌だったからだ。
そんなことはいいやと琉唯は里奈と聡に「サークルのことなんだけど」とミステリー研究会に入部することを伝えた。二人はそれはもう驚いたように声を上げる。
「え、ほんとに!」
「うん。ちょっといろいろあって……」
琉唯は隠しておくのもと入る理由を説明した。それを聞いて里奈は「それは大変だったね」となんとも申し訳なさげにしている。聡もそうなるよなといったふうで、「ごめんよ」と謝った。
「僕たちは鳴神や緑川を友達と思っても、それ以上は抱かないし、利用しようとかはしないから安心してほしい」
「鳴神くん目当てでサークルに入ろうとする女子がいたら断るようにしますね!」
「そうしてくれると助かる」
隼がサークルに入れば、近づきたいという女子がやってくるかもしれない。そうならないように里奈と聡は気を付けると約束してくれた。
琉唯と隼が入ってくれるとなってミステリー研究会存続のためのノルマはあと一人となった。あと一人と聡が呟くと里奈は顔を上げ、琉唯も視線を移す。全員の視線を集めたのは千鶴だった。
見つめられて千鶴は「わたし!」と自身を指さす。
「もう期限が近いので一番、入ってくれそうな人がその……」
「うん、鳴神にも緑川にも友達感情以上を抱いてない人物だし」
「いや、まぁわたしはひろくん一筋だけどさ。そもそも、恋愛感情ないし、二人に。それはいいとして……えぇ……」
自分に回ってくるとは思っていなかったようで、どうしようかなぁと千鶴は悩んでいる。里奈に「お願いします!」と縋りつかれて、うーんと彼女は腕を組んだ。
彼女を巻き込んでしまったなと琉唯は少しばかり申し訳なくなる。けれど、こうするしかなかったので許してほしいと手を合わせれば、それを見た千鶴が「仕方ないなぁ」と折れた。
「緑川くんにはひろくんを紹介してもらったし、その借りを返すって感じでサークルに入るよ」
「ありがとうございます、時宮さん!」
「ミステリーあんまり詳しくないからね、私」
そこは許してねと千鶴に言われて二人は「大丈夫!」と元気の良い返事を返した。これでミステリー研究会の廃部危機は免れたことになる。
まぁ、手助けできたしいいかと琉唯が思っていれば、隼に呼ばれる。なんだろうかと見遣れば、一口だけ飲んだカフェオレを渡された。
「何、どうしたの」
「俺はブラックしかコーヒーが飲めない」
「なんで、買ったんだよ」
「自販機の入れ間違いだ」
どうやら補充ミスがあったようで、ブラックコーヒーのところにカフェオレが入っているらしい。買ったものは仕方ないと口をつけてみたが、甘すぎて一口で断念したのだという。
琉唯は飲めるだろうと言われて、飲めるというかカフェオレは好きなので頷いた。捨てるには勿体無いからと差し出されて、琉唯はそれもそうだよなと受け取る。
「あ、これ新商品じゃん」
生クリームの入ったものではなかっただろうかと琉唯が口をつける。砂糖の甘さではないにしろ、ほどほどに甘くてこれは苦手な人はいるかもしれない。それでも甘党の琉唯にとっては好きな味だった。
「間接キスじゃん」
「……狙ってやったろ、隼」
「何のことだろうな?」
間接キスという千鶴の突っ込みに琉唯がじとりと隼を見遣れば、彼はなんでもないように返した。これはきっと狙っていたなと言われなくても気づくように。
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